万年竜事件
竜騎機将ナナカレイや最強に出てくるバハムートの元になる竜との対決のお話です
今ここに語られるは、三強の一人と数えられる事になる霧流の次期長の少年と時空を司る少女の愛の物語。
一人の少女が、居た。
広い屋敷を黙々と一人で掃除するその少女は、日本人にも見えるが、良く見ると日本人と異なる顔つきをしていた。
では、どこの人間だと言われて答えられる人間は、この世界では、両手で数えられる程しか居ない。
彼女は、異界で、邪悪な竜を封じる巫女であった。
しかし、それは、偽りの役目であった。
権力者達のパワーゲームの重りでしか無かったのだ。
少女は、霧流の次期長、六牙と出会い、彼の世界にやって来た。
少女の名前は、八子と名乗っている。
「八子さん」
いかにもこれから意地悪するぞと言う顔をした女性が、八子を呼ぶ。
「はい。何でしょうか養母様」
八子が駆け寄ると、その女性は、窓枠を指でなぞり、まじまじと指先を見る。
暫くの沈黙の後、その女性が頬を膨らませる。
「つまらない! 何でちゃんと掃除してるの! この場合、指についた埃を見せ付けて、嫌味を言う場面なのに!」
その女性は、霧流五子は、八子の二十倍は、生きている、八子と同じ、異界での女性であった。
その所為か、かなりの童顔で、八子と二人で出歩くと妹と勘違いされる。
八子の旦那である、六牙の母親でもある。
「そうなんですか?」
八子の素朴な質問に五子は、大きく頷き答える。
「嫁と姑は、陰湿で、粘着質的に争いあわないといけないのよ」
嫁VS姑物の漫画を見せる。
「家族で争わないといけないとは、この世界も大変ですね」
八子の言葉に、五子が拳を握り締めて言う。
「そう、だから貴女も、私のご飯だけ塩辛くしたりしなければいけないのよ!」
力強い発言に八子は、困った顔をする。
「でもそんな事をしたら体に悪いですよ」
拳を握り締め、五子が諭す。
「仕来たりを守るためには、多少の事は、目を瞑らないといけないのよ!」
辛そうな顔をして八子が頷く。
「解りました。頑張って意地悪になります!」
「違うだろ!」
そこに、出稼ぎから帰ってきた、十九の癖に二児の父親の六牙が怒鳴る。
「お帰りなさい、六牙」
八子は、抱きつき、六牙とディープキスをする。
唇を離すと、濡れた瞳で問いかける。
「お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも私?」
六牙が大きく溜息を吐く。
「その台詞を誰から聞いた?」
八子は、ガッツポーズをとって言う。
「一生懸命、テレビを見て研究したんです」
顔を押さえる六牙に八子が近付き言う。
「一刃と七華は、昼寝してるから今のうちにするのが、この世界の常識なんですよね?」
後ろで頷く五子を見て、六牙が怒鳴る。
「違う、こういうのは、母さんが居ない所でするもんだ!」
「そういうものなんですか?」
首を傾げる八子と五子に六牙が諦めの極致で言う。
「母さんで慣れてるつもりだったんだけどな」
そんな中、八子が熱い口調で言う。
「しないの?」
六牙の理性が保ったのは、そこまでだった。
「次も女の子をお願いね?」
情事の後の夕飯の席で五子が言うと、八子は、まだ三歳の長男、一刃に食事を食べさせながら頷く。
「頑張ります!」
六牙が聞こえないふりをしながら七華にミルクを飲ませていた。
同時に疑わなかった、そんな平和な日々がずっと続くと。
「親父は、何処行ってるんだよ?」
八子が、子供達を寝かせに行って、静かになった所で六牙が質問すると五子は、微笑み、答える。
「あれでも霧流の長だから、色々と雑務があるのよ」
六牙は、不自然な物を感じ、問い詰める。
「雑務って何だよ、いつもは、何時かは、継ぐんだからって、説明してくれるだろ!」
五子が真面目な顔をして答える。
「貴方達は、知らなくても良いこと。私とあの人で全て片付ける問題なのよ」
六牙が立ち上がり、怒鳴る。
「家族だろ! 話してくれよ!」
その時、坊主の衣装を身に纏った中年男性が庭に現れる。
「久しぶりだな、霧流の次期長」
六牙が慌てて頭を下げる。
「お久しぶりです、百母の長」
「堅苦しい挨拶は、抜きにしよう」
そう答え、八刃の一つ、百母の長、百母西瓜が家に上がる。
「何のようですか?」
敵意が篭った問い掛けに六牙が慌てる。
「母さん、百母の長に失礼だろ!」
西瓜は、平然と手を横に振り言う。
「気にせんで良い。霧流が今回の作戦に反対しているのは、重々理解してるからな」
六牙が眉を顰める。
「今回の作戦? 何の事ですか?」
「子供は、部屋に戻って寝てなさい!」
五子の強い反応に、六牙が嫌な予感を覚えて西瓜を強い視線で見る。
「説明して下さいますか?」
五子は、西瓜を睨み言う。
「その話は、あの人が居る時にして下さい」
西瓜が肩を竦めて言う。
「霧流の長なら暫く帰れないぞ。万年竜の影響で、外界からあふれだした、竜の始末に追われているからな」
その一言に、六牙が五子の方を向く。
「どういうことだよ! 俺は、何にも聞いていないぞ!」
五子が何か言おうとした時、その後ろから八子が言う。
「私の所為ですね?」
意外な言葉に戸惑う六牙に西瓜がフォローを入れる。
「そうです。貴女の世界から逃げ出していた、封印されていた邪竜、万年竜が自分を封印していた巫女の力に引き寄せられて、この世界に接近しているのですよ」
六牙が反射的に反論する。
「違う! あの竜は、確実に滅びていた!」
肩を竦める西瓜。
「竜の専門家の霧流の次期長の言葉とは、思えませんね。竜が肉体的に滅びようと、そう簡単に消滅する筈は、ないでしょ。種族によっては、特定の血を浴びるだけで、白骨から蘇る事も可能です」
六牙が、大きな声で断言する。
「霧流の次期長の俺が、本当に滅びているかどうかを見誤るか! あそこには、もはや竜の気配は、完全に無かった!」
頷く西瓜。
「そうです。万年竜は、あの封印から抜け出して居たのです。そして、封印をしていた巫女に復讐を企んでいた。あの世界では、自分の死骸にあった封印の為に手が出なかったのでしょう。そして、巫女が元の世界を離れた今、復讐の時が来たと思ったのか、この世界に具現化する準備を始めていたのですよ」
「大量の竜を事前に召喚して、それを触媒として新たな肉体を生み出すつもりだと言うのか!」
六牙の言葉に頷く西瓜。
「霧流の長は、貴方達に責任を感じさせない為に、自分だけで全てを解決すると宣言しています」
拳を握り締める六牙の横を通り過ぎて、西瓜が八子の前に立つ。
「我々の観測では、相手は、神と呼んでも問題ない力を持つ、上級異邪です。察知している以上、全力をもって対応する。その為に、貴女には、囮になってもらいます」
その言葉に六牙が驚き、五子が西瓜の前に立ち塞がる。
「その話は、断った筈です。あの人が、全てを解決すると、宣言したはずです! 元々、竜に関しては、霧流が主権を持っています。その決定を無視すると言うのですか!」
西瓜があっさり頷く。
「五子さん、貴女は、八刃を誤解している。我々は、仲良しグループじゃないんですよ。自分の身内に降りかかる、絶対的な脅威を打ち滅ぼす為だけの存在。その為ならルールなんて無視する。それが八刃ですよ」
淡々と告げる西瓜に、五子の目が激しく光ると空間が歪み、西瓜が弾き飛ばされた。
「八子さんには、触れさせません」
西瓜が嬉しそうに微笑む。
「凄い力だ。しかし、戦闘向きでは、無い。どんなに強い力でも、戦闘に特化した我々には、勝てません」
次の瞬間、五子の足元の床から無数の蛇が生まれて、五子の動きを封じてしまう。
「時空神の巫女として、三百年以上勤め、神とさえ言われた貴女に対抗するのに、事前準備を怠るほど、愚かでは、無いんですよ」
六牙が、一気に間合いを詰めようとした時、その前に爆炎を纏った獅子、百母家の人間が操る、輝石(宝石)から生み出された獣、輝石獣、爆炎獅子が立ち塞がる。
六牙が霧流に伝わる最強の神器、竜牙刃で斬りかかる。
「退け!」
竜すら打ち砕く、強力な一撃を、爆炎獅子は、身に纏った爆炎を使って受け流す。
家の一部が破壊される中、爆炎獅子は、六牙の腕に噛み付く。
肉が弾け、肉が焼けた匂いを漂う。
「邪魔だ!」
六牙は、噛み付かれた腕を犠牲にし、残った手で爆炎獅子の首を断つ。
驚いた顔をする西瓜。
「流石は、霧流の歴史の中でも、最年少で竜牙刃に認められた天才。楽には、勝たせて貰えないと言う事ですね」
何処か嬉しそうに西瓜が振り返り、六牙が片手で竜牙刃を構えながら、力を高めだした時、八子が六牙に抱きつく。
「離れろ! お前は、囮になんて絶対させない!」
八子は、西瓜の方の向き強い眼差しで言う。
「私が囮になります!」
「八子」
六牙が怒鳴る中、何故か残念そうな顔をしながら西瓜が言う。
「物分りの良い事です」
八子に近付こうとする西瓜の前に出ようとする六牙を押し止め、八子が告げる。
「六牙は、絶対に私を守ってくれるよね?」
その言葉に戸惑う六牙の胸に顔を押し付けて八子が告げる。
「私は、六牙が護ってくれるんだったら怖くない」
震える八子。
その時、ようやく六牙が気付いた。
万年竜は、元々八子が封じていたと考えられていた竜。
その脅威を誰よりも知っているのが八子だと言う事を。
「一刃や七華が居るこの世界を護って、六牙」
六牙はただ頷くしか出来なかった。
人の住まない無人島。
そこに五子と八刃の一つ、間結が協力して強力な結界を張った。
そして、その中心に八子が居た。
「一刃は、寂しがってないかしら?」
隣に立つ、六牙が呆れた顔をして言う。
「大丈夫だろう。あいつは、綺麗な女性が傍に居るだけで、そっちにしか興味が行かなくなるからな。将来は、絶対浮気性になるぞ」
小さく笑い八子が言う。
「そうね。その為にも万年竜は、滅ぼさないとね」
大きく頷く六牙。
その時、天が割れて、山と見間違う大きさの竜が降りて来る。
『我は、幾万の星の巡りを見続けた、偉大なる竜なり。瞬きすら生きられぬ塵芥の分際で、我を封じた、愚者の血族に罰を与えに来た。そしてその魂と引き換えにこの世界を我が住む世界にする』
圧倒的な言霊。
六牙ですら、硬直し、動けなくなった。
『さあ、罪人を差し出せ!』
強烈な言霊に、誰もが逆らえないと思った時、島より放たれた光の竜が、巨大な竜、万年竜の体の一部を砕いた。
それに続くように、強烈な光を纏った矢が、竜の力を奪う結界が、強烈な炎が襲い掛かる。
続いて、強大な鳥に乗った八刃の人間が次々に万年竜に飛び移り、その体を打ち砕いていく。
その光景を信じられない様子で見る八子。
「あの人たちは、恐ろしくないのですか? 声だけでもわかる筈です、あれが人の逆らえないものだと」
六牙が頷く。
「そうかもな、でも八刃が戦ってきたのは、そんなものなんだ。どんなに強大な力でも、絶対的な神が相手でも、自分の大切な者を護る為ならば向かっていき、滅ぼす。その為に、人である事を止めた者たち。それが八刃だ」
自分も竜牙刃に力を込め始めた。
『愚かな、お前達の力がどれだけ強力だとしても、無限の再生能力を持つ私には勝てない』
その言葉を証明するように、傷つけられた所がすぐさま再生していく。
舌打ちする六牙。
「厄介だな、再生能力を持つ化物でも、普通の大きさだったら、幾らでもやりようがあるんだが。あの大きさでは、どんなに上手くやっても、一度に滅ぼせない」
その時、五子が八子の隣に現れる。
「手は、あります。再生をさせなければ良いのです」
六牙が首を横に振る。
「竜の再生は、アンデッドの再生とは、異なり、物理的に再生だから、精神体を壊すだけでは、駄目だ。その上、あの竜は、自分の過ごした時をそのまま力に変換している。人の身で、その再生限界を超えるのは、不可能だ」
五子が頷く。
「だから時を止めるのです。そうすれば、再生が出来ません。時が止まった万年竜に対して止めになるまで、攻撃を集めれば良いのです」
六牙が五子の方を向く。
「幾ら母さんでも、あんな巨大な物の時を止められないだろう?」
五子は、六牙を強く抱きしめて言う。
「時空神の巫女として勤める為に、新名様の力で、私の時を止めていた力を全て、あの万年竜に向けます」
慌てて八子が言う。
「そんな事をしたら、養母様の止められた時が、一気に進みます!」
六牙が驚いた顔をする。
「死ぬきかよ!」
五子が微笑み答える。
「あの人と出会い、巫女を辞めた時、本来ならば死んで居てもおかしくなかったのです。新名様の恩情で、孫まで抱け、幸せな人生でした」
「止めてください! それでしたら、私がやります! きっと私でしたら、肩代わりする事が出来ます!」
八子の言葉に、五子が首を横に振る。
「子供には、母親が必要よ」
「母さん!」
自分を抱きしめる六牙に五子が微笑み語りかける。
「もう、二人の子供の父親の貴方だったら解るわね?」
五子は、万年竜にその両手を向ける。
そして万年竜の時が止まり、同時に、五子の時が急激に動き出す。
五子には、老化すら起こらなかった。
それは、三百年と言う時が、人が風化するには、十分な事を示すように、一瞬で、骨すら残らず、消えて行った。
「母さん!」
六牙が自分の母親が居た事を唯一示す服を、握り締めて力一杯叫んだ。
その後ろでは、八刃の猛攻の前に、その万年竜の体が完全に崩壊を開始した。
『愚か者が! 我が肉体を滅ぼした罪は、この様な小さい世界では、償えぬ! 再び、降臨した時には、この世界を完全に消滅させよう!』
六牙は、竜牙刃を握り締めて叫ぶ。
「八子! 俺をあいつの魂のある場所へ移動させてくれ!」
八子が頷き、本来なら禁とされた、人の上位世界転移を行った。
そこは、人には、認識すらまともに出来ない世界。
その世界に、万年竜の魂があった。
「愚か者が、偉大な私に逆らうなど、許されないって事が解らないとは!」
「強き者の押し付けだ!」
意外な言葉に万年竜が振り返るとそこにいたのは、人の姿をした六牙が居た。
「馬鹿な? ここで人がその姿を維持できる訳が無い!」
六牙は、竜牙刃を万年竜に突き刺す。
「残念だが、俺は、人じゃない。偉大なる、天道龍様の血をひき、時空神の巫女の母の力を受け継ぎ、同じく時空神の巫女の力に護られた、お前を、傲慢な竜を打ち滅ぼす為の存在だ!」
六牙が力を込めると、竜牙刃は、万年竜の魂を吸収し、完全にその存在を抹消した。
「親父は、地下倉庫に潜ったよ。何でも、霧流の家宝の中には、過去に行く為の道具があるらしいが、多分戻ってこない。俺達が辛くないように、出て行ったんだよ」
建て直し終わったばかり縁側で六牙が誰とも無く言う。
七華にミルクをあげながら八子は、答える。
「何時か、迎えに行けますかね?」
六牙は、庭で遊ぶ一刃を見ながら言う。
「あいつが立派な長になった時、迎えに行くさ。その時は、付き合ってくれよ」
頷く八子は、圧縮してある、崩壊した万年竜の体の一部をその掌の上に出して言う。
「その為にも、この子達に新しい武器を作ります」
頭をかく六牙。
「そうそう、万年竜の死骸の始末もあったな。あそこまででかいと始末に困るな」
苦笑する八子。
「流石に隠しておけないから、表に一時的に預ける事にするんでしょ?」
頷き六牙が大きく溜息を吐く。
「そうだが、あれは、あれで大きな力を持ってるから厄介だ」
そして、八子が言う。
「私は、もう子供を産まない」
その言葉に六牙が何も言わない。
「養母様に一度も抱いて貰えない子なんて、不幸だもの」
八子の言葉に六牙が頷き言う。
「ペットでも飼うか?」
八子が微笑む。
「それは、良いわね。いっぱい飼いましょうね」
六牙が広い庭に向けて手を開き言う。
「この庭を埋めるくらいいっぱい飼おう」
二人は、失った家族を補うように、捨てられた動物や絶滅しかけた動物を飼うのであった。
その後、万年竜の死骸は、色々な形で八刃と関る事になり、七華の生き方に大きく影響を与えた。
そして、万年竜の魂を吸収した竜牙刃は、竜魂刃と化し、霧流の長の証となり、牙から生まれた竜牙刀は、はるか未来の異界に受け継がれる事になるのであった。
この万年竜の死骸がナナカレイに出てくるバハムートの元になっています。