天才の孫と竜殺しの少女
竜と対峙する安倍清明の曾孫、そして竜退治の一族の少女
安倍清明が死んだ十年後の物語。
峠の茶屋に一人の二十三の青年が居た。彼の名は安倍十干。
かの有名な安倍清明の曾孫に当たる男だった。
彼は決して無能では無かったが、しかし清明程の実力は無かった。
それを指摘され、暴れた挙句、処罰のかわりに悪事を行う竜退治の任についていた。
「俺は間違っていない。俺はあいつ等より数段実力は上だ!」
「でも、清明さんよりは実力は無いんでしょ?」
冷静な突込みをしたのは、十干の隣に座って居た、十三歳位の少女だった。
彼女は、十干が竜退治をすると言うことで組まされた少女で、霧流八華と言った。
幼い感じな上に身長も低い為、十歳未満にも見える。
細身のブスである。(昔はオタフクが美人)
十干としては、顔も体もまるで興味が無い上、足手まといにしかなりそうも無い小娘にこんな事言われて黙っては居られない。
「小娘。少し口の訊き方を教えてやる」
そう立ち上がったとき、普通の日本人と違った雰囲気の少女が出てきて言う。
「そこのお兄さん、小さい子に暴力を振ったらいけませんよ」
「黙ってろ!」
怒鳴る十干にその少女は、あっさり近づくと、足払いをかけて転がす。
受身もろくに取れず頭から地面にぶつかり気絶する十干。
そして八華が言う。
「お久しぶりです八百刃様」
南蛮の少女改め、何故か茶屋でバイトをしていた八百刃が頷く。
「お久しぶり、お父さんは元気?」
その言葉に首を横に振る八華。
「父上は死にました。ですから今回の仕事はあたしが行うことになったんです」
八百刃は腕を組み言う。
「でも、相方がこれじゃあ、大変だよね、白風に応援頼む?」
「いいえ大丈夫です」
力強く宣言する八華が、壁に立てかけていた、包みを指差して言う。
「あたしには、父上が残してくれたこれがありますから」
少しその包みを見てから八百刃が言う。
「これは確かに大きな力になるけどそれだけじゃ駄目だよ。霧流に流れる血の力を使う方法を考えなさい。これはその助けになるから」
「御助言ありがとうございます」
頭を下げる八華。
「ところで、なんでこんな所で働いているんですか?」
途端に情けない顔をして八百刃が言う。
「ここで貴方待ってる間に、卵料理食べてたら、お金が足らなくなったの。それで労働で返してる最中なの。出来たら立て替えてくれる?」
自分が崇める神からすがる様な視線を向けられて、何か大きな間違いがあるきがする八華であったが気を取り直して答える。
「解りました。ここの支払いはやっておきます」
すると嬉しそうな顔をする八百刃。
「ありがとうね。あちきこれでも仕事忙しいから」
そう言って手を天に向ける。
するとそこに一匹の竜が現れる。
「……天道龍」
霧流家の守護者たる竜の登場に驚きを隠せない八華。
そして八百刃は十二枚の護符を渡す。
「これがあればそっちのお兄さんも少しは役に立つはずだよ」
護符を受け取りながら八華が言う。
「最初からあたしが、他の八刃に助力を得ようとしないと解っていたんですね?」
そして八百刃は笑みを浮かべながら、天道龍が作った異界への門より消えていった。
「ふーん。それでこれが、お前達の神の造った護符か?」
十干は一文字ずつ動物の名前が書かれた十二枚の護符を受け取る。
「確かに強力な力を感じるな。しかし、あれが神様とは到底思えないが?」
その言葉に八華は卵料理を十人前食べて居た八百刃の事を思い出して敢えて答えなかった。
「まーとにかく強力な護符である事には変わりないから預かっておく」
そして二人は、悪事を働く竜の住む山に着いた。
そこは荒廃していた。
木々が倒れ、地面が抉れ、草花は焼け焦げるそんな中に、当然動物の死骸もあった。
動物の死骸を見れば、それがただの遊びだと言わんばかりの食べ方であった。
「かなり力を持った奴みたいだな」
十干が冷静にそう言うが、八華はそうは行かなかった。
「異邪は滅ぼすべき存在です」
強い意志を籠めた言葉だった。
そしてその姿が視界に入る。
堂々と全てを踏み潰す様に歩く、邪悪なる三頭竜。
「で……でかいな」
一歩後退する十干。
しかし、八華は持っていた包みから中身を取り出す。
柄が無い刀だが、日本刀の様なかっこいい物ではなく、おざっぱな刀身に握る所があるだけの物だった。
八華はそれを握り締め斬りかかる。
「邪悪な異邪よこの世界から消えろ!」
強烈な暫撃で、中央の首を斬りおとす。
呻く三頭竜。
『人間の分際で我が体に傷を付けるとは! コールドブレス』
右の首から放たれた冷気を伴う息を、八華はあっさり避ける。
『甘いわ! ファイアーブレス』
左の首から放たれた火炎の息が、八華を襲うが、八華は、てにもった武器を構えて言う。
『竜牙刃その力で我を守れ』
手に持った武器、竜牙刃に籠められた力が、八華を守ったが、動きが止まった八華に三頭竜の尻尾が襲う。
大きく弾き飛ばされる八華に慌てて駆け寄る十干。
「大丈夫か?」
その言葉に大きく頷く八華。
「とにかく、首を一つ斬りおとしたから、後は二つだよ」
意外としっかりした言葉に安堵の息を吐いた十干だったが、突然苦々しい顔になった八華に驚く。
「どこか痛いのか?」
「もう再生が始まっているよ」
八華の言葉に驚き、十干が振り返るとそこには信じられないスピードで中央の首を再生させている三頭竜が居た。
そして再生した中央の首が言う。
『よくもやってくれたな、これで終わりにしてやる。サンダーブレス』
雷を思わせるそれが、八華と十干を襲う。
十干が死を覚悟し、目を瞑ったが、その耳に八華の言葉が響く。
「私の中にも竜の血が流れているのなら、私にも竜の術が使える筈! お願い出て、雷!」
竜牙刃から雷が発生し、三頭竜のサンダーブレスとぶつかり相殺する。
『馬鹿な人間が竜の魔法を使うだと?』
驚愕する三頭竜。
八華は竜牙刃を見つめて言う。
「硬いだけで倒した竜の牙を武器にしろって言ったんじゃないんですね。竜の死骸は竜の術を使う為の術具になると確信していたから……。父上ありがとうござます」
そして竜牙刃を構え直す八華。
『愚かな、例えお前が竜の術を使えようともその体で使える術では、程度が知れている。我に対抗出来る訳は無い。ドラゴンボム』
凄まじい爆発が、発生する。
八華は竜牙刃を構えて唱える。
『我が体に眠る竜の力よ、我が身を守れ、守竜盾』
八華が防御する。
そんな様子を見ていた、十干は顔を叩き言う。
「この仕事は私の仕事だ。行け式神!」
十干が自分で作った術符から鬼の式神を複数生み出して、三頭竜に攻撃させる。
『虫けらが邪魔だ! ドラゴンエアークエイク』
三頭竜を中心に衝撃波が走り、鬼の式神達を消滅させていく。
「馬鹿な……」
愕然とする十干。
「馬鹿!」
八華が体当たりして、十干と共に、三頭竜の尻尾攻撃を避ける。
「何呆然としているの! 今戦闘中だよ!」
その言葉に十干が言う。
「俺は清明の様な天才では無い」
その言葉に八華が首を傾げる。
「そうだ、所詮俺の才能ではあんな凶悪な竜を倒せない。奴等もそれを知っていて送った。身の程知らずの俺を始末する為にな!」
十干が吹っ飛ぶ。
「何するんだ八華!」
八華に殴られたのだ。
「うるさいよ! 天才じゃない? 才能がない? ふざけた事言ってるんじゃないよ。今必要なのはそんな雲を掴むような事じゃないよ!」
そして三頭竜を指差す。
「あいつを倒すにはどうしたらいいかって方法だけだよ!」
十干は首を左右に振る。
「無理だ。人の勝てる相手じゃない。お前が強いからといって、あんな化け物には勝てない」
八華はそんな十干を無視するように三頭竜の方を向く。
「あたし達は、異邪という化け物と戦い続けていたの。それは他人から見れば無謀としか見られない戦い。今でこそ勝ち目ある戦いも多いけど八百刃様の御加護を受ける前まではそれこそ、犬死って言っていい大量の死人を出したの。その中で、諦めず死ななかった八名、それが八刃の始まりで、その一人があたしのご先祖様。八百刃様の御加護を受けた今だって、命懸なことには変わりは無いよ。それでもあたし達は戦うの、異邪によって自分の大切な人を失わない為に」
八華は、竜牙刃を構える。
「父上も、あたし達の居るこの世界に破壊を撒き散らす異邪を認められず、その命と引き換えに退治した。あたしはその娘八華よ!」
駆け出す八華。
十干の前では、ブレスを避け、竜の術を弾き、必死に斬りかかる八華が居た。
決して無傷な訳では無かった。髪が焦げ、顔にすら無数の細かい傷を作り、爆発や尻尾で何回も弾き飛ばされている為、かなりのダメージを負っている筈だが、決して怯んでいない。
十干は呆然とその様子を見ていたとき、自然と術符を探って居た。
最強の術が敗れた十干には何も出来ないはずと自分でも理解してる筈なのに。
その時、自分が作ったのとは違う符を探り当てる。
「これは、八華から受け取った護符」
その手の中には、八百刃が造った護符があった。
十干は、この護符を使うつもりは無かった。
悪事を働く竜を自力で倒して、自分の実力を認めさせるためだ。
しかし、その目論みは達成出来ない。
「だが、俺がここで小娘独りに任せて、何もしない訳には行かないな!」
そして、護符を構える十干。
書かれている文字の獣が十二支だと言うことは、直ぐにわかった。その使い道も思いついている。
『子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。時空を司る十二の獣よ我が意に答え、我が式神と成りてここに』
寅と書かれた護符に力を込めると、そこから虎の姿をした式神が生まれて、三頭竜の右首に噛み付く。
『人間の魔法が通じるか!』
三頭竜は、自分の魔力の波動で虎を弾こうとするが弾かれない。
「まだだ!」
十干は次に子と卯に力を込めると鼠と兎の式神が現れて、相手をかく乱する。
「回復させるぞ!」
そう言って未の護符に力を込めると、羊の式神が現れて、傷を負った八華を癒す。
『人間の術などに負けるわけが無い!』
フルパワーで虎・鼠・兎の式神を弾き飛ばす三頭竜。
「俺は、安倍十干だ。行くぞ」
丑・午・亥の護符に力を込めて、牛と馬と猪の式神が現れて三頭竜に突っ込ませ、後退させる。
十干は酉の護符に力を注ぎ、大きな鳥の式神を作り出すと八華の所に飛ばす。
「俺が頭を潰す。お前は上から止めをさせ!」
八華が強く頷き、鳥の式神に乗る。
「任せたよ!」
十干は自信たっぷりに言う。
「小娘、この京一の陰陽師、安倍十干の実力を見ておけよ!」
巳の護符に力を込めて、蛇の式神を生み出して、三頭竜の足を封じる。
『こんな馬鹿な事が、人の分際で我の動きを封じるとは……』
「これでどうだ」
十干は自分の最後の力を最後の三枚の護符に込めた。
竜の式神が、正面から中央の首を打ち砕き、怯んだその隙に猿・犬の式神は両脇の首を打ち砕いた。
その瞬間、八華が鳥の式神から飛び降りる。
『我が体に眠る竜の力よ、竜の牙を通じて全てを燃やす炎の触媒と成れ、竜烈炎』
八華の竜牙刃が三頭竜の体に深く突き刺さると、そこを中心として一気に炎が発生して三頭竜を燃やし尽くした。
「これはこれは天才十干殿ではないか、よく陰陽寮に顔を出せたものよのー」
陰陽寮(陰陽師の組織、転じてその組織が使っている建物の意味です)の廊下で十干の同僚とも言える、陰陽師が言う。
「ああ、悪事をした竜には到底歯が立たなかった。まだまだ未熟だな」
十干は平然とそう言った為、肩透かしを食らった陰陽師達は何とも言えない表情になる。
十干はそのまま堂々と廊下を進んで行った。
そんな後姿を長が見て言う。
「清明の呪縛から開放されたみたいだな。きっと稀代の陰陽師に成るだろう」
「一つ聞いて良いですか?」
八華の言葉に八百刃が皿を洗いながら答える。
「今仕事中だから手短にお願いね」
「何でこんな所に居るんですか?」
自分の家の近くの料理屋の奥で洗い物をする八百刃に問い詰める八華であった。
「八華が心配だから、仕事終わった後、様子見に来たんだけど、ここの卵料理が美味し過ぎてまたやっちゃたの」
少し顔を赤くして言う八百刃に、流石にお金を支払わないまま連れ帰れない白い子猫もどき白牙がテレパシーで言う。
『お前は、懲りると言う言葉を知らないのか?』
遠い目をして八百刃が言う。
「美味しい卵料理って人の記憶すら忘れさせるんだよ」
『もう少し神様としての自覚を持て!』
テレパシーで怒鳴る白牙に強く頷く八華であった。




