影で支える男
谷走の始祖の話
一人の男が居た。
この男は、後の世に忍者と呼ばれる者の一人だった。
フリーの忍者として、様々な人間の下で仕事をしていた。
そんな彼、服部円蔵に同業者が言う。
「お前ほど腕なら高待遇で召抱えてくれる人も多いぞ」
しかし、円蔵は、答える。
「俺を使えきれる器の奴が居るかよ」
自分に絶対の自信とそれに相応しい実力を持つ円蔵に同業者達は、苦笑するしかなかった。
そんな円蔵の元に新たな仕事が舞い込んだ。
「待ち合わせは、ここで良い筈だな」
油断無く待ち合わせ場所を見回す円蔵。
「お待ちしていました」
その女性の声に、円蔵は、驚く。
その声は、円蔵の目の前から聞こえ、実際に目の前には、一人の女性が居たからだ。
「お前、いつからそこに居た!」
鋭い目で睨みつける円蔵に苦笑するとその女性は、一歩下がると姿が消えた。
「どこに行った!」
円蔵が忍刀とも呼ばれることもある小刀を構える。
「あまり戦闘は、得意では、無いので結界で隠れていました」
その声とともに再び女性が現れる。
円蔵は、舌打ちをする。
円蔵にとって、自分がロストするなんて事実が認められなかったからだ。
「それで、依頼の件ですが、どの様に聞いていますか?」
それに対して円蔵が答える。
「護衛の依頼とだけ聞いている」
それに対して小さく溜息を吐く女性。
「詳しいことを説明します。請けるかどうかは、それから決めてください」
「要らん、俺は、どんな依頼でも達成してみせる。それが俺の誇りだ!」
円蔵の言葉に女性は、首を横に振る。
「私からの依頼は、普通のとは、かなり異なりますので、まず聞いてください。自己紹介が遅れましたね。私の名前は、間結と申します」
彼女、間結の言葉に円蔵が言う。
「勝手にしろ」
「問題の場所に移りますので、ついて来てください」
間結がそう言って、移動を開始するので、円蔵もついていく。
そこは、篝火が炊かれた洞窟の中だった。
数人の男が間結を見て感嘆の言葉を上げる。
「まさか、まだ続けてくださるのですか!」
間結が頷く。
「当然です。彼等の為にも止める訳には、行きません」
奥に居た老人が首を横に振る。
「もう十分です。貴女達は、我々の為に十分な事をしてくださいました。この上、警護が無い貴女にもしもの事があったら……」
間結は、強い決意を篭めた顔で答える。
「私達は、あの者達、強い力で人を蹂躙する者達を認めません。この命を賭けて逆らう、それが私達の存在意味です」
戸惑う、男達。
そんな中、円蔵は、本体が無い影がある事の不自然に気付く。
それを察知して間結が言う。
「その方達は、私を護る為に影に成った、勇敢な者達です。私が今戦っているのは、闇を操る存在。それに対抗する為に、八百刃様から授かったこの影走鬼様の力を宿した勾玉を使って影を操る事になりましたが、その使用に伴い影にその存在が侵食されます。それが一定以上越えた場合、彼等と同じになります」
黒い勾玉を見せる間結が円蔵の方を向いて言う。
「私がお願いしたいのは、この勾玉を使用し、封印の陣が完成するまで私を護る事です。相手は、強大で、命の危険もありますし、彼等の様になる恐れもあります。報酬は、これです」
そう言って差し出されたのは、円蔵の今まで稼いだお金と同等の金。
「請けてくださるのでしたら、受け取ってください」
周りの男達が円蔵を見る目は、複雑だった。
「これ以上、無駄に命を捨てる必要は、ない!」
「おらがやるだ!」
「間結様の為にやってくれ!」
相反する意見があがる中、円蔵は、躊躇せずにそれを受け取る。
「これだけの報酬が貰えるんだ、何だって相手してやるよ」
間結が頭を下げる。
「ありがとうございます」
その夜、間結は、自分の作った陣に力を注いでいた。
その陣の傍で勾玉を弄りながら円蔵が言う。
「これは、便利だな」
そういって、篝火で出来た自分の影を操り、近くの小石を切り裂く。
「だが、こんな妖術に頼るからあんな風になる」
男達は、消え、残るのは、間結と円蔵だけなのに地面には、二つの影があった。
そして、敵が現れた。
「何なんだ?」
困惑する円蔵。
円蔵も事前に聞いていた、敵は闇の塊で、普通の攻撃が通じないと。
それでも実際見ると現実感が無かった。
しかし、確かにそこに気配があり、篝火の光を吸収する様に闇が前進してくる。
円蔵は、手裏剣を投げるが全て貫通してしまう。
「本気で、まともな手が通じないのかよ」
そう呟きながら円蔵は、勾玉に力を篭める。
円蔵の影が闇に迫る。
ようやくそれで闇の動きが止まったが、円蔵は、飛びのく。
円蔵の目前を闇が通り過ぎていき、闇は、当った壁を粉砕していく。
「こっちと違って、あっちは、闇が触れただけでこっちがやられるって事かよ。良いぜ、やってやる!」
円蔵は、培ってきた技術を使用して攻撃を避け、影で攻撃を続ける。
そして、朝日が差し込むと同時に闇は、消えていく。
「ようやくかよ」
汗を拭いながら円蔵が振り返ると間結が倒れていた。
「大丈夫か!」
間結が頷く。
「大丈夫です。ただの力を使いすぎの反動ですから。しかしこれで、次の新月を凌げば、封印の陣が完成します」
次の新月まで円蔵は、近くの村に泊る事になった。
「結局、あれは、何なんだ?」
円蔵の質問に村の男が答える。
「解りません。ただ、新月の度に現れ、村人をその闇に取り込む、災厄だということだけは、確かです」
頭をかき円蔵が言う。
「それから自分の村を救うためにあいつは、毎回、危険な事を承知して術を使ってるのか?」
村の男は、首を横に振る。
「間結様は、この村の者では、ありません。あの化け物の事を聞いて、やってきてくださった御方です」
信じられないって顔をする円蔵。
「嘘だろ? 何で自分の村でもないのに命を懸けられるんだ?」
「解りません。しかし、間結様達のおかげで村の被害が出ておりません」
村の男の言葉に円蔵は、納得いかない顔をする。
次の新月の夜、再び間結と円蔵は、洞窟に来ていた。
「お前は、どうして、あんな化け物と戦える?」
円蔵の質問に間結が答える。
「私の生まれたところには、恐ろしい蛇神が居ました。私は、その蛇神に仕える事しか出来ず、多くの者を見捨ててしまいました。それを償うため、人を超えた存在に蹂躙された人々を助けたいのです。これは、私の我侭。我侭に付き合わせる事になってすいません」
間結が頭を下げるのを見て円蔵が言う。
「気にするな、俺も報酬を貰っているからな」
そして、その日も闇がやってくる。
しかし、それは、一体では、無かった。
二つの闇が封印を成そうとする間結に向う。
「クソ! 何で二体なんだ!」
円蔵が、影で牽制をしながら叫ぶ。
そして、その牽制も一体が限界であった。
牽制を避けたもう一体が間結に近づく。
「行かせるか!」
円蔵は、勾玉を握り締めて影を伸ばし、進行を遅らせる。
しかし、その瞬間、円蔵の全身違和感が走る。
「もう限界なのかよ!」
その現象は、間結から事前に忠告されていた。
影が本体を侵食しようとしている前兆だと。
そしてその時は、諦めて逃げても良いといわれていた。
「逃げられるわけないだろうが!」
円蔵は、足の底から影に侵食される恐怖を押し殺し、影を使い続ける。
それでも、闇の歩みが止まらない。
確実に間結に近づいていく。
「行かせる訳には、いかないんだ!」
叫ぶ円蔵も、闇の攻撃で左腕が抉られ、足は、もう影の一部と成っている。
そんな中、間結が言う。
「陣は、完成しました。その効果が出るまで多少時間が掛かりますが、私が死んでも大丈夫です。貴方の仕事は、終りました。逃げて下さい」
円蔵が振り返って見たのは、一片の後悔が無い少女の間結の顔であった。
「馬鹿を言うな、お前を護りきれず何が依頼達成だ!」
円蔵は、なんと勾玉を飲み込む。
「これで一蓮托生だ! おい、勾玉、俺の全部をくれてやるから、あいつを護る力を貸せ!」
自分が存在が影によって塗りつぶされる感覚に押しつぶされそうになりながらも、最後の力を振り絞って影を操る。
そしてその影が闇の一体を粉砕した。
しかし、そこで終わりだった。
円蔵の全身が影に覆われてしまう。
そんな円蔵の残った意識の中で見る。
もう一体の闇が、陣を張り終えて余力の無い間結に近づいていこうとしている様を。
間結は、搾りかすの様な力を練り上げる。
「簡単に死ぬわけには、行きません。円蔵や今まで私を護る為に存在すら懸けてくれた人達の為にも最後まで抵抗します!」
間結は、自分の手首を切り裂き、そこから流れ落ちる血で強固な魔方陣を生み出す。
荒い息をしながら、必死に闇の侵攻を防ぐ間結。
だが、封印の陣で殆どの力を使い果たした間結に十分な力は、無かった。
じりじりと魔方陣に進入してくる闇。
それを円蔵は、影の姿のまま見ていた。
『俺は、このまま無力な影になるのか!』
誰も答えるはずの無い影の世界の言葉に、答える者が居た。
『お前の覚悟は、見た。今なら我らの影を喰らい、戦う力に出来るだろう』
円蔵は、その声の先を見ると、先ほどまで単なる影でしか見えなかった者達が人の姿をして自分を見ていた。
『ただしそれは、我らの全てを受け入れる事を意味する。正気を保つ事など不可能。お前は、狂い死ぬだろう。お前がお前のまま滅びを望むのなら、我らは、無理強いは、しない』
円蔵は、笑みを浮かべて言う。
『問題ない! こんな思いのまま死ぬ位なら狂い死にしてやるよ! お前等の全てを喰らってやる!』
その言葉に答え、影達が円蔵に集まる。
影を一つ喰らう毎に円蔵は、影達の人生を取り込む。
その中には、間結の過去や、彼等の思い、異邪との死闘の日々があった。
そして、円蔵は、人の姿を取り戻す。
「いけ!」
その声と共に影が闇を切り裂くのであった。
それを確認した後、満足そうな顔をして意識を失う円蔵。
そのまま闇は、間結の生み出した封印の陣によって完全にその力を失うのであった。
そして、間結が円蔵に近づき言う。
「貴方達も無茶を。もう個は、保てないでしょう」
『間結、貴女を護りきれた、それで十分です。それにこの男は、まだまだ戦えます。その為に我々は、個を捨てましょう』
影達の答えに驚く間結。
「本当に良いの?」
『この者に言ってください、我、谷は、お前に全てを託すと』
『我、走も同じ。願わくはその力、異邪を滅ぼす助けにしてくれと』
影達は、そう伝え、自らのその意識を断つのであった。
目覚めた円蔵に間結は、二人からの伝言をした後、自分の気持ちを加える。
「二人の思いは、大切です。それでも、異邪と戦うのは、自分の意思でなければいけません。貴方は、貴方の人生を送ってください」
それに対して円蔵が苦笑する。
「服部円蔵は、あの依頼を全うして死んだ。いまここに居るのは、谷を走る者、谷走です」
意外な返答に間結が驚いている間に谷走が言う。
「奴等の記憶から異邪が、どれほど人を蹂躙してるか知った。知って戦う力があるのにそれを無視するわけには、行かない。共に戦いましょう」
こうして新たな八刃が生まれたのであった。




