失ってからの参戦
萌野の始祖の話
それは、溶岩が流れる活火山。
生きるものを寄せ付けない筈のその場所に、それは、居た。
周囲の熱を吸収する存在。
『良い世界に来たぜ! この火の山がある限り、俺は、無敵だ!』
それは、熱を吸収する異邪、鋼鉄の体を持つそいつは、己の事を『鋼炎』と称し、多くの人をその力で支配していった。
そして鋼炎は、女を好んだ。
しかし、常に高熱を放つ体は、女を壊す。
『お前等、新しい女は、どうした!』
鋼炎が怒鳴ると、支配された人々を取り纏める男が暑さからとは、異なる汗を垂らしながら答える。
「もう、ここらには、女は、居ません。どうか、お許しください!」
必死に頭を下げる男に鋼炎が言う。
『そうか、仕方ないな』
鋼炎が嫌そうな顔をしながらも言った言葉に、男が安堵の息を吐くが、鋼炎は、続けた。
『この間の女についてきた、ガキが居ただろう。それを連れて来い』
「あの娘は、まだ八つにもなっておりません! とても鋼炎様のお相手が出来る訳がありません!」
反論する男に鋼炎も嫌そうな顔で言う。
『俺も、あんな小さなガキ相手じゃ、抱いた気がしないが、我慢が出来ないんだよ、この昂ぶりがな』
「どうかお許しください」
手が焦げるのを構わず、男は、鋼炎に縋り付くが、鋼炎は、無邪気とも思える笑顔で答えた。
『どうせ一緒だろ、俺が抱いたらどんな女だって壊れるんだからよ』
男は、絶望の中、了承するしか無かった。
「妹を差し出せって言うのか!」
全身にいくつもの火傷を持つ少年が怒鳴る。
「これも、皆を護るためだ、了承してくれ」
頭を下げる、纏め役の胸倉を掴む。
「そうやって、村中の女を差し出してきた。残ったのは、年端も行かない奴だけだ。女を犠牲にしてまで男だけが生き残ってどうなるって言うんだよ!」
視線を逸らす纏め役。
「俺は、あいつを倒す!」
火傷を持った少年の言葉に、後ろから少女がしがみ付く。
「駄目、あいつ、強い! 何度も負けてるよ!」
「だからって、お前を差し出せるか!」
火傷の少年が突っぱねる。
「また、あんな思いをしたいのか?」
纏め役の言葉に火傷の少年の顔に緊張が走る。
その様子を見て、少女が前に出る。
「あたし、行く」
「止めるんだ!」
火傷の少年は、必死に止めるが、少女は、答える。
「あたし、お兄ちゃんの事が大好き。だから、あんな姿を見たくない……」
「俺は、平気だ! 現にこうやって生きてる!」
火傷の少年が必死に言うが、纏め役と一緒に来た男達に押さえられ、少年の妹は、纏め役に連れて行かれる。
「絶対に助ける」
火傷の少年は、男達の監視から逃れ、鋼炎が居る山に向かっていた。
「ちょっとそこの、少し道を聞きたいんだけど良いか?」
「後にしろ! 俺は、あの化け物から妹を助け出さないといけないんだ!」
火傷の少年の言葉に鋭い目をした髪の短いその少女が言う。
「丁度良い、あたしは、そいつを倒しに行くところ、案内しなよ」
火傷の少年は、驚く。
「本気か?」
その少女が頷く。
「異邪なんかに、この世界を自由にさせない」
強い意志が篭った目に火傷の少年が頷く。
「こっちだ」
そして、駆けながらその少女が言う。
「あたしの名前は、遠糸」
そして二人は、問題の山に向かう。
鋼炎は、舌打ちした。
『こんなガキを相手しないといけないなんてな』
未成熟な火傷の少年の妹の体に苛立ちながら鋼炎は、その灼熱の手を少女に向けた。
少女は、辛い現実から逃れるように目を瞑り、逃れようの無い激痛の瞬間に恐怖した。
『グワァァァァァ!』
しかしあがったのは、鋼炎の悲鳴だった。
少女が目を開けると鋼炎の腕に矢が突き刺さっていた。
『馬鹿な! 人間の矢が俺に刺さる訳がない!』
「はやくこっちに来い!」
火傷の少年の言葉に妹は、反応して駆け寄る。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
火傷の少年が笑顔になって答える。
「あの化け物を倒す味方が現れたんだよ!」
遠糸は、九尾鳥から授かった九尾弓から、色鳥矢を射る。
『舐めるな!』
鋼炎が炎を出すと、色鳥矢が焼け落ちる。
しかし、遠糸は、かまわず色鳥矢を射続ける。
『無駄だ!』
鋼炎は、炎の壁を生み出して、色鳥矢を完全に防ぐ。
『お前の矢など効かぬ!』
小さくため息を吐いて遠糸が言う。
「やっぱり力押しは、無理だね」
無限に矢を収める、羽矢筒から、茶色の羽根がついた色鳥矢を取り出し、炎の壁がある手前の地に射る。
『羽撃』
色鳥矢が射た場所が盛り上がる炎の壁の下に穴を生み出す。
「一撃で決める!」
遠糸は、白い羽根が付いた色鳥矢を番える。
「これがあたしの全力よ!」
白い羽根の付いた色鳥矢は、鋼炎に直撃し、その体に大きな穴を穿つ。
炎の壁が消え、遠糸が笑みを浮かべる。
「勝った……」
激しい疲労からか、倒れる遠糸。
「あんた凄いな」
火傷の少年が遠糸に憧れを込めた目を向ける。
「どうしたら、そんな力がもてるんだ? 俺もその力が欲しい!」
遠糸は、鋭い目を火傷の少年に向ける。
「無理ね。この力を手に入れようとして、何人もの人間が死んだ」
言葉を無くす火傷の少年に遠糸が叫ぶ。
「逃げなさい!」
次の瞬間、遠糸を鋼炎の足が踏みつける。
『痛かったぞ!』
憎悪をぶつける鋼炎。
強烈な熱気は、傍に居るだけの火傷の少年の肌すら焼く。
当然、直に踏みつけられた遠糸の体には、激しい火傷が出来る。
その火傷を見て、火傷の少年は、母親を取り返そうと向かって体を焼かれた恐怖を思い出し、頭を抱えて震える。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ! あたしが護るから!」
妹が必死に火傷の少年を庇う様に立ち、全身がジワジワと焼けていく。
『もしも、火の山の力を得て、無限の回復能力を得ていなかったら、死んでいた! お前は、簡単には、殺さない。俺の物で中から焼き殺してやる!』
鋼炎が遠糸の服を破り捨てる。
しかし遠糸の目に恐怖は、無かった。
「あたしは、諦めない」
九尾弓に色鳥矢を番えようとする遠糸。
『やらせるか!』
鋼炎が九尾弓を持つ遠糸の左腕を掴む。
肉が焦げる異臭が火傷の少年達にも解った。
そんな状態でも遠糸は、九尾弓を離そうとしない。
『貴様、痛みが無いのか!』
鋼炎の言葉に、後ろから回答が来る。
「その子は、九尾鳥の体の一部を体内に取り込む試練に打ち克った。その程度の痛みでは、屈服は、しないよ」
鋼炎が振り返ると、ポニーテールの少女と炎の翼を持った鳥が居た。
『……何者だ?』
鋼炎の顔に恐怖が走る。
本能的に察知したのだ、目の前の少女が、尋常な存在では、無い事を。
「あちきの名前は、八百刃。聖獣戦神八百刃。貴方のしている事は、我々が決めている異界干渉法に違反しているから、今すぐ戻りなさい。さもなければ滅ぼすよ!」
圧倒的な気配に畏怖しながらも鋼炎は、火山が生み出す無限の力を信じ、抗う。
『誰が、お前の言葉に従うか!』
炎を放つ鋼炎。
その炎は、八百刃に届く前に、炎の翼を持つ鳥、八百刃獣の一刃、炎翼鳥によって防がれる。
「そいつの始末は、任せた」
八百刃は、鋼炎を無視して、鋼炎が知らない間に後退して開放された遠糸に近づく。
「遠糸ちゃんも無茶するんだから、白風からの返事が来るまで待ってられなかったの?」
遠糸が苦笑しながら言う。
「すいません。本当は、場所だけ確認する予定だったんですが、そこの子が犠牲になるかもって聞いて……」
八百刃がため息を吐きながら、力を注ぎ込み、九尾鳥からの力の増幅を促し、遠糸の傷を癒していく。
『無視をするな!』
鋼炎が再び炎を放とうとすると炎翼鳥がその前に出て告げる。
『愚か者が、お前程度の存在が八百刃様に危害を加えられると思うな!』
鋼炎は、怒鳴り返す。
『俺は、熱を力にする神だ! お前が炎を使う以上、俺には、勝てん!』
炎翼鳥は呆れた顔をしながら言う。
『試してみるが良い』
そして放たれた炎翼鳥の炎を鋼炎は、力に変えていく。
『凄い、凄いぞ! これだけの力があれば、この世界の全てを焼き尽くせる!』
しかし、炎翼鳥の炎は、止まらない。
段々と鋼炎の顔が引きつっていく。
『おい、これ以上は、無理だ! 止めてくれ!』
『所詮は、その程度の器。八百刃獣の一刃である私の力を食らうのは、小さすぎたな』
更なる炎と共に熱を力にするは筈の鋼炎は、焼けていく。
『止めてくれ!』
そのまま、灰一つ残さず昇華する鋼炎であった。
「本当にありがとうございました」
纏め役が八百刃に感謝する。
その様子を見ながら傷を癒した遠糸が旅の支度を整える。
そんな遠糸を見ながら火傷の少年が言う。
「俺も連れて行ってくれないか?」
遠糸は、首を横に振る。
「駄目よ、貴方には、大切な妹さんがいるでしょ?」
火傷の少年は、手に握った髪の毛を見せる。
「さっき、死んだ。俺を庇ってあの鋼炎の炎の余波を受け続けた所為だ。俺には、何も残っていない。俺も戦わせてくれ」
大きなため息を吐く遠糸。
「それじゃあ、次は、誰を犠牲にして生き残るの?」
痛烈な一言に火傷の少年が言葉を返せないで居ると遠糸が続ける。
「貴方が恐怖し、萎縮するたびに人が死ぬ。それを理解しなさい」
火傷の少年は、搾り出すように言う。
「……次は、絶対に恐怖しない」
必死の訴えだったが、遠糸は、信じない。
そこに炎翼鳥が来る。
『その思いを示す覚悟は、あるか?』
「炎翼鳥様!」
遠糸がクレームをあげるが火傷の少年が大声で答える。
「あります!」
炎翼鳥は、その羽根の一枚を落とす。
『真に戦う意思があるのなら、その羽根を体に押し付けて、己が一部とするが良い。先に言っておくが、私の炎は、お前が畏怖した者と比べ物にならない熱さだぞ』
その言葉に火傷の少年の脳裏に恐怖が蘇る。
「止めときなさい。貴方の妹さんも、貴方に生きていて欲しいでしょうから」
遠糸の制止が、逆に火傷の少年の決意を強くする。
「そうです、妹の為にも生きて戦いたい!」
そのまま羽根を拾い、胸に押し付ける。
「ガアァァァァァァ!」
人の物とは、思えない悲鳴をあげる火傷の少年。
慌てて遠糸が駆け寄ろうとするが、火傷の少年が渾身の力で拒絶する。
「俺は、耐えてみせる!」
遠糸が足を止めると、八百刃が来て言う。
「こっから先は、この子の意思だけが全てを決める。見守ってあげてなよ。生き残った時は、白風の所に連れて行きなさい。あそこなら戦う環境がある」
そう良い残し八百刃は、去っていった。
火傷の少年は、三日三晩苦しみ続けた。
そして、四日目の朝、遠糸が目を覚ますと火傷の少年は、井戸の水を飲み、立っていた。
「よく耐え切ったわね」
遠糸の静かな問いに火傷の少年も静かに答える。
「死ねなかった。妹が救ってくれたこの命を捨てるわけには、いかなかったからな」
遠糸は、相手の心を貫くような目で最終確認をする。
「人としては、強大な力かもしれない、でもあたし達が戦うのは、神とも呼ばれる化け物達。苦痛で死んで居たほうが楽だと何度も思った。それでも戦いの道を選ぶの?」
火傷の少年が答える。
「俺は、常に最前線で戦い続ける」
遠糸が手を差し出して言う。
「一緒に戦いましょう。貴方の名前は?」
火傷の少年は、手を握り返して答えるのであった。
「萌野だ」
こうして、萌野の始祖が八刃入りをするのであった。




