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八刃列伝  作者: 鈴神楽
始祖系
17/22

矢に成る者と弓に成る者

遠糸の始祖の話

 十歳を少し超えたばかりの少女が二人、門で人を待っていた。

 一人は、少女なのに、髪の毛を短くした、鋭い目の少女。

 もう一人は、髪を伸ばし、優しげな顔を少女。

 そんな二人を見て、屋敷の中から剣を持った同年代の少年が来る。

白風シラカゼ様や神谷カミヤ様の戻りは、誰にも解らないぞ」

 少年の言葉に目つきが鋭い少女が言う。

「そんな事は、解っているもん!」

 苛立つ少年に、長髪の少女が頭を下げる。

「心配して頂き、ありがとうございます。でも、私達は、自分の仕事を終えて、自分の意思で待っています。どうか自由にさせてください」

「しかしな、こんな所でじっとしてたら体に悪いぞ」

 少年の反論に目つきが鋭い少女が、睨む。

「あんたには、関係ないよ!」

「何だと!」

 少年も睨み返す。

 すると屋敷の方から少年と同じ格好をした者達が声をかける。

「嫉妬は、みっともないぞ」

 少年は、振り返り怒鳴る。

「うるさい!」

 その時、長髪の少女が嬉しそうな声をあげる。

「神谷様達が帰ってきました!」

 その声に、反応して多くの人間が門に集まる。

 問題の男達、この屋敷に集う者達のリーダー、白風とそれと同等の強さを持つ隻腕の男、神谷、他にも剣を持った男達が居る。

 彼等は、異邪との戦いから帰ってきたのだ。

 そして、この屋敷こそ、彼等の拠点で、異邪によって身寄りを無くした子供達が引き取られて育てられた、門で待っていた少女達もそんな子供であった。

「お帰りなさい」

 目つきの鋭い少女が笑顔になって抱きつき。

「ただいま、遠糸エンシ

 白風が片手で抱きしめて挨拶を返す。

 長髪の少女が神谷の前に行き、頭を下げる。

「神谷様、お帰りなさいませ」

 神谷は、何も答えず、奥に戻っていく。

 白風が慌てて言う。

「気にしなくても大丈夫、霧宿キリヤドリ。誰に対しても、ああなのだから」

 悲しそうな顔をする長髪の少女、霧宿。

「悲しい顔を止めて欲しいのです」

 白風が手を叩いて言う。

「だったら、お前が神谷の新しい妻になれば良い。そうすれば、万事解決だ」

 顔を真赤にする霧宿。

「白風、少し恋愛の機微って物を考えてよ」

 偉そうに言う遠糸に白風は平然とした顔で答える。

「躊躇したら負けだぞ。人なんて弱い生き物なんだからな。絶対に後悔する事になる。あいつみたいにな」

 神谷を見る白風であった。



 そんな事があってから更に数年の年月が経過し、遠糸が剣術の鍛錬の終わりに呼び出された。

「お前は、百爪ビャクソウの剣士になる才能は、ないな」

 白風達の屋敷で、異邪と戦う術として剣術を教えていた老人の言葉に、遠糸が反発する。

「才能が足らないんだったらその分、頑張ります!」

 老人は、静かな声で問いかける。

「お前は、何の為に百爪の剣士を目指す?」

 遠糸が感情のままに答える。

「白風様の隣で戦う為です!」

 老人が首を横に振る。

「白風様の隣で戦うなど、百爪の剣士でも不可能じゃ。あのお方は、八百刃獣の力を授かった、選ばれた者なのだから」

「しかし、戦う力が無ければ、戦いについて行く事も出来ない!」

 遠糸の言葉に、老人が微笑む。

「白風様の事が好きなのだな?」

 頬を赤くしながらも遠糸が答える。

「そうだよ。何度も告白した。でも、答えて貰えなかった。せめて傍に居たいから、強くなりたいの!」

 老人が誠実な目で答える。

「自分だけの力を見つける事だ。百流オルに頼らない、自分だけの力を極めろ。それこそが、白風様の傍に行く為の方法だ」

「自分だけの力?」

 遠糸の問いかけに老人が頷き、遠糸の目を指差す。

「お前の常人離れした目、それを使う技を探すのだ」

 戸惑う遠糸であった。



「神谷様、行ってらっしゃるのですね」

 霧宿が、寝床から問い掛けると神谷が答える。

「東の地に邪神が現れたから倒しに行く」

 服を纏う神谷を悲しげな顔で見る霧宿。

「お連れ願いませんでしょうか?」

 神谷は首を横に振る。

「女を戦いに巻き込む気は、無い」

 そのまま振り返らず戦場に向う神谷とそれを静かに涙し、見送る霧宿であった。



 戦いから戻ってきた神谷は、村を失った人々を連れ帰った。

「村一つ無くなったのか?」

 白風の言葉に、一人の少女の姿をした者が答える。

「残念だけど、残ったのがこれだけって話しだよ。二桁の村が無くなったよ」

 少女の姿をした者を見て、白風が驚く。

「八百刃様、貴女様が居るということは、まだ敵が?」

 その少女もどき、八百刃が頭を掻きながら言う。

「今回のは、かなり大物で、黒染筆コクセンヒツの高位使徒、黒鳥コクチョウが離反して、この世界に逃げてきたの」

「しとめ損なったのですか?」

 白風と一緒に向かいに出た遠糸が突っ込むと、九色の髪色をした男が睨む。

「不遜が過ぎるぞ! 八百刃様がそんな失敗をするか。八百刃様がこの世界に来た瞬間に逃走をはかったのだ」

「言い訳は、駄目だよ、九尾鳥キュウビチョウ。どっちにしろ、逃げられたのは、あちきのミスだよ」

 八百刃の言葉に神谷が不機嫌そうな顔をして答える。

「そうだ、もう少しで滅ぼせた筈だったのを、貴女が来た所為で逃げられた」

 九色の髪色をした男、九尾鳥の反対側に立っていた精悍な顔つきをした男がいう。

「忘れるな、お前の力の源もまた八百刃様だと言う事を」

天道龍テンドウリュウも、何度も言わせない。この世界の人にとって、あの黒鳥を倒せなかった事実が全て。それを阻んだあちきがいけない。それだけだよ」

 八百刃が、精悍な顔つきをした男、天道龍に注意し、白風の方を向く。

「黒鳥が見つかるまで厄介になるけど良い?」

「構いません。それで、問題の黒鳥を探す術は、あるのですか?」

 白風の質問に天道龍が答える。

「相手が強力だから、少しでも動きがあれば私が見つけられる。動かなくても、長時間、同じ場所に居るだけで空間に歪みが発生するので発見が可能だ」

「そんなに時間が掛からないと思うよ」

 八百刃の言葉に、白風が頷く。

「了解しました。奥に部屋を設けます」

 八百刃が手を振る。

「気を使わなくても良いよ。この人達と一緒に暮らして、子供の世話をやって待つよ」

 両脇の使徒、八百刃獣が小さく溜息を吐いて、同情の眼差しをする中、白風が言う。

「八百刃様にそんな事をさせられません」

 八百刃は平然と言う。

「良いの良いの。さて、子供や老人が居るんだから、早く準備を開始しましょう」

 こうしてなし崩しのまま八百刃がお世話役もやり始めるのであった。



「ヤオお姉ちゃん、高い高いやって!」

「人形作って」

 子供達にまとわりつかれる八百刃に村を失った男の数人が近づく。

「少し話しを良いですか?」

「別に良いけど、離れたほうが良いよね?」

 男達が頷くので、八百刃は、子供達と別れて人気が無いところに移動する。

「それで、何の用? あちきは、戦神だから、実生活に役立つ御利益は、ないよ」

 男達は、頭を地面にこすり付けて懇願する。

「俺達にあいつと戦う力を下さい。倒せる力など、大それた事は、言いません。せめて一太刀を浴びせるだけの力を!」

 八百刃は、冷静な目で問い掛ける。

「何のための力?」

 男の一人が顔を上げて答える。

「俺達の村を潰したあいつに一矢報いたいのです!」

「他の人も一緒?」

 八百刃の言葉に男達は、頷くと八百刃があっさり断言する。

「却下。生き残った人達の事を優先しなさい。誰かを悲しませる為に戦うなんてあちきは、認めない」

 それに対して、男達が戸惑う中、一人の男が立ち上がる。

「俺の村は、全滅した。俺一人しか生き残っていない。悲しむ人間は、居ない。だからお願いします」

 八百刃は、小さく溜息を吐く。

「何も生まないわよ?」

「家族を殺した奴に一撃を食らわせられるのでしたら、それで十分です」

 男の言葉に八百刃が諦めた顔をして指を鳴らす。

「何の御用でしょうか?」

 現れた九尾鳥が頭を下げると八百刃が手をかざす。

「その力の一部を貸し出すわよ」

 九尾鳥が頷くと、光の玉が抜け出して、男の手元に落ちると弓と矢筒に変化する。

「それは、九尾弓キュウビキュウ羽矢筒ハネヤヅツ。そこに羽矢筒を使い、自分の魂を矢として、九尾弓で射れば、黒鳥にも通じる攻撃になる。本当に傷を負わせようと思ったら、命を捨てる事になると思って」

 八百刃の言葉に、男は、即答する。

「覚悟の上です」

 八百刃は、他の男達に言う。

「護る人が居る人達は、戻って、新しい生活の準備。いつまでも白風のお世話になってる訳には、行かないんだからね」

 渋々退散していく男達と一人残った神器の弓矢を持った男が、屋敷の人間と相談を開始する。



「場所が掴めました」

 天道龍の言葉に、八百刃が頷き、傍で待機していた神谷が言う。

「俺達もついていくぞ」

 八百刃は、諦めきった顔をして言う。

「解ったよ。でも、駄目だと思った所で、あちきが動くよ」

 神器を持った男が言う。

「構いません。俺は、一撃を入れる、それだけですから」

 八百刃が指を鳴らすと、天道龍が、天を覆うような竜の姿に変化する。

『急がれよ』

 次々と乗っていく中、遠糸が駆け寄ってくる。

「私も連れて行ってください!」

 取り仕切り役の白風が否定する。

「駄目だ、危険な戦いに戦う力を持たぬ者を連れて行くわけには、いかない」

「それでも一緒に行きたいんです!」

 遠糸の言葉に八百刃が気楽に言う。

「そういうことなら、あちきがガードするよ」

 神器を持った男が言う。

「随分、簡単に言いますね?」

 八百刃があっさり言う。

「先がある戦いだからね」

 すると、もう一人、新しく百爪の剣士になった、かつて遠糸と霧宿へ門で話しかけた少年が駆け寄ってきた。

「遠糸が行くのでした俺も行きます」

「何を考えてるの、あたる!」

 遠糸が怒鳴ると問題の少年、あたるが反論する。

「お前も同じ様なもんだろう!」

 怒りを堪えている白風の肩を叩き八百刃が言う。

「あの二人のことは、あちきが護るから安心してよ」

 白風が複雑な顔をするが、八百刃に逆らうわけにも行かないので同意するしかなかった。



『まさか、八百刃様が来るとは!』

 黒鳥が叫び声をあげる。

 八百刃は、淡々と告げる。

「最初に断っておくけど、もう逃げられると思わないでね。確実に仕留めるから」

 黒鳥が、必死に空間を歪ませ、逃走を図るが、逆に空間が閉鎖されていく。

『無駄だ、お前の存在を逃がさぬ為、我がここに居る』

 天道龍の宣言に黒鳥が呻いていると、神器を持った男が、羽矢筒に手を入れて叫ぶ。

「お前だけは、絶対に許さない! 例え殺せぬとも、命に代えても、その身に俺の恨みを刻み込んでやる!」

 その言葉通り、自分の魂の全てを注ぎ込む気迫で右手を羽矢筒から抜く。

「少し、甘く見てた。九尾鳥、力を暴走させないように気をつけてね」

 八百刃が困った顔をしながら言い、九尾鳥も頷く中、神器を持った男は、己の魂が篭った矢を九尾弓に番えて射る。

 それは、強烈な一撃となり、黒鳥の全身にひびが入る。

 それを見て、神器の男が再び羽矢筒に右手を入れる。

「止めなさい、それ以上やれば、本気で命に関わる!」

 八百刃の言葉に神器の男が叫ぶ。

「この命であいつを滅ぼせるのなら満足です!」

 限界以上に魂の力を籠めた矢を再び九尾弓に番える。

「八百刃様、止めますか?」

 九尾鳥の言葉に八百刃が悔しげな顔をして首を横に振り、天道龍を見る。

「空間閉鎖の網を細かくして」

『了解しました』

 天道龍が返事をした時、神器の男の二撃目が黒鳥に命中する。

 粉々になる黒鳥に歓声があがり、神器の男が倒れる。

「……俺は、仇をとれたんだな?」

 白風がその男を支えながら答える。

「ああ、見事に粉々になったぞ」

「これであいつらの所に行ける」

 そのまま二度と目を開ける事は、無かった。

「良かったのか?」

 神谷の質問に、白風が頭を下げる。

「貴女の邪魔しか出来なくてすいません」

 周りの人間が戸惑い、遠糸が代表して質問する。

「倒したんじゃないの?」

 九尾鳥が答える。

「高位の使徒は、あのくらいで滅びない。分散された所為で逆に捕捉が難しくなった」

 八百刃が頭を掻きながら言う。

「あちきがあげたチャンスだから自業自得だから気にしないで。それより、もう良い? 正直、これ以上時間をかけると殲滅が難しくなるんだけど」

 神谷が天道龍から飛び降りながら叫ぶ。

「まだだ! 俺の借りが返し終わっていない!」

 神谷の右腕から生えた刃が地面に漂っていた黒い闇を切り裂いていく。

『馬鹿な、人間が我の存在を斬るなど出来る訳が無い!』

 八百刃が油断なく場を監視しながら言う。

「神谷には、闘威狼の力を宿した刃があるからね。神谷の強い神を殺す意思を籠めて切り裂く事で、分散した状態なら十分に滅ぼせるよ」

「神谷独りで大丈夫でしょうか?」

 白風の言葉に八百刃があっさり答える。

「無理。だから、本人が限界の所で、あちきが止めをさす」

 その時、白風についてきた男の一人が九尾弓と羽矢筒をとった。

「九尾鳥、開放しなさい!」

 八百刃が叫ぶが九尾鳥が反応する前に、男が放った矢が暴走して、天道龍の閉鎖空間に穴を作った。

 困惑する男から白風が弓矢を奪い、睨む。

「馬鹿が、あいつが神器を使えたのは、八百刃様の御加護があったからだ」

「天道龍、追尾しろ!」

 八百刃が叫ぶ中、天道龍の閉鎖空間の穴から黒鳥の霧の大半が幾つかに別れて逃げていく。

 穴は、すぐさま塞がれ、残った黒い闇を神谷が斬り滅ぼすのであった。



 あの場の後始末を終えて、八百刃達は、屋敷に戻った。

「元の百分の一くらいになって、幾つかの固体になった。隠れたら天道龍でも見つけられない」

 八百刃が淡々と告げる。

 穴を開けた男が真青な顔をして言う。

「俺の所為です! 死んで罪を償います!」

 八百刃は、手を横に振る。

「気にするな、全責任は、あちきにある。責任を感じないでいいよ」

 神谷が、机を叩き怒鳴る。

「いい加減な事を言うな。処理可能範囲を明確にして居たのに、勝手に動いた俺が全て無駄にしたんだろうが!」

「あちきは、神様だよ。そんくらい予測して動いていた。あの可能性を考慮にいれなかった、あちきに全責任があった、それだけ」

 八百刃が強い言葉で言う。

 神谷がにらむが、八百刃の迫力から、目を逸らしてしまう。

 重い空気の中、八百刃が告げる。

「とにかく、後の事は、あちきが片付けるから、自分達の戦いをしなさい」

 その時、空中より白い子猫が現れる。

『そこまでだ、お前は、こっちに戻れ』

白牙ビャクガ待って、今回の事は、あちきの失敗だから、その後始末をしないといけないの」

 八百刃の返事にその猫、白牙が睨み言う。

『お前が責任を負わないといけない世界は、ここだけでは、無い。はっきり言っておくが、黒鳥が本来の力を失った時点でお前がここに居る理由は無い。最悪、この世界の人類が全滅した所で、お前がここに居続ける問題に比べれば小さな問題だ』

「しかし、ここは、やっぱりあちきが……」

 八百刃が更に何か言おうとしたが、白牙が無視して天道龍と九尾鳥を見る。

『後始末は、任せた。八百刃様の代行として、役目をまっとうしろ』

「「了解した」」

 天道龍と九尾鳥が答えると、白牙が、愚図る八百刃を連れて空中に消えていく。

 それを見送った後、人型に戻っていた天道龍が言う。

「安心しろ、動けば私が見つける。そして、九尾鳥が倒す。数は、そんなに無いからすぐに終わることだ」

 完全に蚊帳の外に出されて悔しそうだが、何もいえない白風達であった。



「もしかして、俺の所為かもな」

 解散した後、あたるが呟くと隣を歩いていた遠糸が言う。

「どうしてよ?」

 あたるが辛そうに言う。

「あの時、八百刃様は、色々な事をしていたんだろうけど、その中には、俺の安全を護る事もあった筈だよ。それをしていなければ、あの暴挙を止められたかもしれない」

 その言葉に遠糸も辛そうな顔をする。

「それを言ったら私もよ。あの時、無理についていかなければ、こんな事にならなかったのかも」

「違う、俺が余計だったんだ!」

 あたるが怒鳴ると反発するように遠糸も怒鳴り返す。

「私が悪かったのよ!」

 喧嘩するように睨みあい、そして糸が切れたように道の脇の茂みに座り込む二人。

「結局、私達は、何の力にも成れなかった」

 遠糸の言葉にあたるが頷く。

「強くなりたいな」

「私もよ」

 遠糸とあたるの二人の視線が重なり、そしてそのまま、自分の無力さを一時でも忘れる為に、お互いを求め合った。



「昨日の事は、気の迷いよ」

 そう呟きながら遠糸が、日もすっかり高くなった廊下を歩いていると、騒がしくなっていた。

 遠糸が首を傾げていると霧宿が来て言う。

「落ち着いて聞いて、あたる達が亡くなったわ」

 遠糸は、突然な事に理性がついていかない状態になった。

「どうして? 異邪の襲撃があったの?」

 異邪と敵対するこの屋敷には、異邪の襲撃が数え切れない程あった。

 突然の死も決して無いことでは、無かったのだ、しかし、霧宿は、首を横に振る。

「九尾弓を使う為に九尾鳥様の羽根を体内に取り込もうとして、失敗したの」

 遠糸の脳裏に昨夜の自分達の弱さを嘆くあたるが思い出され、感情のままに走った。

 屋敷の裏にある墓場に、新たな墓とその前で悔しがる男達をかき分けて、あたるの墓に駆け寄った。

「馬鹿、何で勝手に死ぬのよ! これじゃあ残った私一人が、弱いみたいじゃない!」

 遠糸が涙と一緒に出た言葉に、あたると一緒に百爪の剣士になった男が言う。

「あいつの気持ちも解ってやってくれ。あいつは、お前が好きだったんだ。お前が白風様を好きな事も知っていた。白風様に勝てないと半ば諦めていて、昨日の事件だ、力を手に入れようと無茶をするのもしょうがない事なんだ」

「うるさい! 私は、絶対にあたるを認めない!」

 遠糸が立ち上がると九尾鳥が居る部屋に向った。



「私にも試しを行わせてください!」

 遠糸の言葉に九尾鳥が首を横に振る。

「止めておこう、やはり常人に我等の力は、大きすぎる」

「あたるがやった事を私がやれないなんて納得できません!」

 遠糸の反発に九尾鳥が頭を下げる。

「あれは、私の間違いだ。私を幾ら憎んで貰っても良い。だから、これ以上、無駄に命を落とさないでくれ」

 遠糸は、まっすぐな目で断言する。

「私は、あたるとは、違います。絶対に試しに耐えてみせます!」

「しかし……」

 九尾鳥が何か言おうとしたが、隣に居た天道龍が首を横に振る。

「無駄だ、強い意志の元での判断だ、揺るがない」

 九尾鳥は、辛そうな顔をして、手の中に一枚の羽根を生み出して言う。

「これを体内に取り込み、拒絶反応を堪えられれば、繋がりが生まれて、私の力を貸すことが出来る」

 遠糸は、その羽根を手に取り、唾を飲み、動きを止めた。

 そこに霧宿がやって来て言う。

「そんな危険な事は、止めて! あたるさんも貴女に生きていて欲しい筈よ!」

 その一言が引き金になった。

「勝手に死ぬ奴の願いなんて知らない!」

 遠糸は、羽根を女性性器から体内に押し込む。

 次の瞬間、地面に倒れこみ、全身から冷や汗を、顔面から涙と涎と鼻水を、そして股間から尿を垂れ流す。

 拒絶反応による苦痛が、遠糸の全身を襲い、遠糸は、ただ転げまわるしか出来なかった。

 霧宿達、周りの人間には、それを見ていることしか出来なかった。



「八百刃獣の体を受け入れると言うのは、あれ程にきつい物なのですか?」

 寝床で霧宿が質問すると、神谷は、苛々した顔で答える。

「単純な激痛だけじゃない、体全体が異質な物に変わっていく本能的な嫌悪感と、流れる筈の無い力の激流に因る灼熱感。もしも死を選択できる状態だったら自ら死を選ぶ。俺や白風だけが試しを行ったわけでは、無い。何百人って人間が試しを行い、生き残ったのが俺と白風だけなんだ」

 悲しそうな顔をする霧宿。

「それでは、遠糸は、もう駄目なのですね?」

 神谷は、自分の右手の刃を見て言う。

「解らない。たいていの者は、直ぐに死に、死ななくてもその過酷さから死を選ぶ。もしも明日の朝まで生き残れたら……」

 そして、神谷は、悔しげに言う。

「俺は、生き残る自信がある。この屈辱を拭う為の力になるのだったら、もう一度、耐えてみせる」

「止めてください、一つでも人間には、大き過ぎますのに、二つでは、死んでしまいます!」

 霧宿が必死に止めるが、神谷の目は、力への渇望に満ちていた。



 翌朝、霧宿が井戸の前で体を清めて居ると後ろから声が掛けられた。

「……水を一杯頂戴」

 霧宿が振り返ると、とても正視できない遠糸が居た。

「……耐え切ったの?」

 遠糸が霧宿に寄りかかりながら凄惨な笑顔を浮かべる。

「これで、黒鳥の欠片を狩る力が手に入った。あたるが頑張っても手に入らなかった力を手に入れた」

「どうして? どうして、今更あたるさんと張り合うの!」

 霧宿の言葉に遠糸が答える。

「死んだあいつが間違ってるって証明するの。辛くても生き残った私が正しいってあの世であった時に自慢してやるんだから」

 霧宿は、その一言に遠糸の本心を感じた。

 遠糸は、許せないのだと、自分を残して死んだあたるを。

 だから、遠糸は、あたるが死んだ試しに打ち勝って、死んだあたるが悪いって証明し、その死がしょうがないものでない事、仕方ないことでない事を証明したのだと。

 そして霧宿は、二人の心残りを解消する為に、遠糸が戦い続ける事を確信したのであった。

 それは、同時に霧宿にもある決意をもたらす事になった。



 天道龍の探索結果を元に、九尾鳥が最初に旅に出た。

 次に白風、その次に神谷、そして最後に遠糸が旅に出て行った。

 天道龍は、一刻も早く黒鳥の欠片を見つけ出すために、屋敷の中で力を高めて居た。

 天道龍が篭る部屋に霧宿がやって来た。

「何の用ですか? すいませんが、あまり邪魔をして欲しく無いのですが?」

 天道龍の言葉に霧宿は、頭を下げて言う。

「質問が一つとその回答次第では、願いが一つあります」

 その必死な気配に天道龍が許しを与えると霧宿が話し始める。

「神谷様の力に成りたいという気持ちは、遠糸の思いにも負けないと思っています」

 その一言に天道龍も話の内容に気付く。

「やめておけ、八百刃獣の試しを乗り越えるには、強い肉体が必要だ。お前には、それが無い」

 霧宿が頷く。

「理解しています。聞きたいのは、もしも私が、天道龍様の子を宿した場合、その子には、天道龍様の力は、与えられるのでしょうか?」

 意外な言葉に天道龍が戸惑いながらも答える。

「可能だ。しかし、まともに生まれてくる可能性は、低い。それに、お前に人とは異なる生き物と体を一つにし、人とは異なる生物を身籠る覚悟は、あるのか?」

 霧宿は、服を脱ぎ、裸になって頭を下げる。

「覚悟は、ここに来た時から出来ています。どうか、子種を下さい」

 天道龍は、少し考えてから告げる。

「行為を楽しむ時間は、無いぞ」

 霧宿が頷き体を開くと天道龍は、人としての仮の体で、霧宿と体を交えるのであった。



 これより、数年の間に黒鳥の欠片の大半は、九尾鳥と白風達の手で滅び、天道龍の血を引く子供、霧流キリナガレを新たな探査役として残し、天道龍と九尾鳥は、元の世界に戻る事になるのであった。

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