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八刃列伝  作者: 鈴神楽
第一期
10/22

その男最強だと思われるにつき

日本語が変なタイトルですが、読めば納得の焔の話です

 男は、逃亡していた。

 追跡者の数は、多数である。

 彼自身、かなりのコネを持っているが、彼を捕らえ様としている人間は、更に多くのコネを持っていた。

「ここならば、あいつの力もおよばないだろう」

 男は、小さく息を吐く。

 男が居る場所は、ジャングル奥地、かつて十三闘神呼ばれた、樹神アポポロスの管理する土地に逃げ込んでいた。

「それにしても、最強と呼ばれるお前が何で逃げる?」

 アポポロスの質問にその男が、白風焔ホムラが答える。

「このままでは、あのオオトリ夢斗ユメトと娘の結婚を認める事になるからだ」

 アポポロスが少し呆れた顔をする。

「事情は、知っているが、お前がその男が撮ったヤヤの写真を認めないと言えば済む話だろう」

 焔は、一冊の写真集を取り出し、アポポロスに渡す。

「都会の写真などには、興味は、無いぞ」

 アポポロスは、最初こそつまらなそうに見ていたが、暫く見た後、写真集を自分の後ろに置いてから言う。

「確かに見事な物だが、あくまで審査するのは、お前だろう」

 焔は、沈痛な表情で答える。

「駄目だ、鳳夢斗は、天才だ。あいつが撮る写真は、まさに数億分の一秒でも時がずれても、数万分の一ミリでも角度がずれたら成り立たない究極の写真だ。その夢斗が渾身の力を込めて撮ったヤヤの写真にケチをつけるのは、理性的には、可能でも、感情が篭らない。感情がない言葉にどれだけの意味がある?」

 アポポロスも困った顔をする。

「確かに。それより、お前に少し頼みたいことがある」

「何だ、匿ってもらっている礼だ、何でも言ってくれ」

 焔の答えにアポポロスが告げる。

「河の下った海に、強力な異邪が現れて、人々を襲っている。この村の人間も被害にあっているが、海は、ジャングルの外、手出しが出来ない」

 焔が立ち上がる。

「そういった事なら任せておいて貰おう」

 こうして、焔は、海に向かうのであった。



 焔がわざわざこんな所まで逃げてきたのにも意味があった。

 現在、八刃の最高権力者は、ヤヤの為、八刃系の伝手は、全滅し、一般的な伝手もトラブルが多いが、その分多くの人々と関係を持ったヤヤが勝り、現在、匿ってもらえるあてがあったのが、唯一、バトル時代の知り合いで、八刃と深い繋がりが無い、アポポロスだけであった。

 そして、何よりジャングルは、アポポロスのテリトリーな為、何があっても直ぐに解り、十分に逃走する時間があるからだ。

「ヤヤもあの男が写真を撮る邪魔だけは、しない。詰り、あの男が海外に撮影旅行に出るまで逃げ切れば私の勝ちだ」

 そんな逃げモード百パーセントの発言をする焔を情けなさそうに見る、この国でも指折りの使い手達。

「あれが、最強だと? 娘から逃げてる男が、強い訳無いだろう」

 男がぼやく中、そこから見える海の中からそれが現れた。

 一見すると巨大な鯨だが、それは、大きな力を持つ者であった。

 それは、早い段階で存在が確認されていた為、通常兵器も準備が整っていた。

 戦闘機からの爆撃が始まった。

「俺達の出番なしだな」

 余裕の態度をとる男達。

 一人焔だけが落ち着かない表情だった。

「八刃の関係者は、来ていないな?」

 苦笑する男達だったが、次の瞬間、青褪めた。

『こんな攻撃が通用するとでも思ったのか?』

 それは、魂に直接、語り掛けてきた。

『我は、大海の魔王。海と共にある限り、我は、無敵!』

 次の瞬間、無数に発生した竜巻が戦闘機を一瞬で全滅させた。

 言葉を無くす、使い手達。

 次の瞬間、圧倒的な実力差に、多くの使い手が逃げて行った。

 残った、根性と腕に覚えがある使い手が攻撃を開始する。

『神炎』

 核にも負けない強烈な炎。

『雷撃陣』

 雨の様に降り注ぐ雷撃。

『天翔ける龍の閃き』

 明治の抜刀名人が使いそうな、強烈な暫撃。

 それらは、確かに大海の魔王に直撃した。

 そして、ダメージも与えた。

 しかし、大海の魔王は、平然と答える。

『それで終わりか?』

 海水が蛇の様に蠢き、残った使い手達をあっさり蹴散らす。

 先程まで余裕の態度だった男も、絶望する中、焔が安堵の息を吐く。

「八刃の関係者は、居ないみたいだ」

 その言葉に、男が怒鳴る。

「お前は、馬鹿か! あの化け物が見えないのか! こんな所に居たら死ぬぞ!」

 焔が平然と答える。

「この程度で魔王を名乗るとは、随分と元の世界は、平和だったのだな」

 大海の魔王が焔の言葉に反応する。

『塵芥の分際で!』

 空間を埋め尽くすような海水の蛇。

『カーバンクルパラソル』

 全ての海水の蛇を受け流す焔。

『まだだ!』

 更に数が増えた海水の蛇。

『オーディーンバトルアックス』

 焔は、両手を振り回して、次々と海水の蛇を切り刻みながら大海の魔王の頭上まで移動する。

『無駄だ! どんな攻撃でも、海と共にある私には、通用しない!』

 大海の魔王が自信たっぷりに宣言する中、焔がその力を解き放つ。

『アポロンサークル』

 凄まじい熱量が大海の魔王を覆う。

『無駄だ!』

 大海の魔王の言うとおり、全身を覆う火傷が瞬時で癒されたが、それで終わりだった。

『馬鹿な!』

 驚愕する大海の魔王の周囲から海水が消滅していた。

「終わりだ、『ハデスボール』」

 強力な重力の塊が、大海の魔王を海から遠ざけ、そのまま命の炎を吸い取ってしまった。

 絶命し、消滅していく大海の魔王。

「さて、戻るか」

 焔の平然とした態度に残っていた男達が言葉を無くす。

 それでも、一人の男が呟く。

「魔王に勝つなんてお前は、本当に人間か?」

 苦笑する焔。

「あいつは、魔王と言うには、弱かったが、私より大きな力を使えた。正面からぶつかりあえば負けていただろうな」

「圧勝した様に見えたが?」

 男の言葉に焔が答える。

「相手が自分から、海から切り離せば無力と馬鹿正直に言っていたんだ、勝てないほうが問題だな」

 そのまま去っていく焔を畏怖の視線だけが見送る。

「普通は、考えついても、あの巨体の周りの海水全てを蒸発させるなんて真似が出来るか……」

 最初に焔に声をかけた男が重苦しい雰囲気の中、続ける。

「最強の鬼神エン。恐ろしい男だ」



 ジャングルの仮住まいに焔が帰った時、それに気付いた。

「間結の結果? 馬鹿な、ここがばれたのか!」

 慌てて、結界から脱出しようとした時、その前に一人の男が現れた。

「お久しぶりです、白風の長」

オボロ、お前がここに来たという事は、時間稼ぎだな?」

 焔の言葉に、間結マムスビの長の息子、朧が頷く。

「はい、直接戦えば、手も足も出ませんが、時間を稼ぐ事なら可能です」

 焔が大きなため息を吐いて言う。

「ヤヤが直接こっちに来るつもりだな。だがな、それでも私は、逃げ切る」

 その時、朧の後ろから一人の女性が現れた。

 その気配を察知した瞬間、焔の顔が引きつる。

「何で貴女がここに?」

 その女性が呆れた顔をして言う。

「それは、私が言いたいわ。貴方が逃走を図るから、首に縄を結びに来たのよ」

 攻める視線に焔が頭を下げる。

「すいません、お義姉さん!」

 現れた女性は、焔の妻の姉、希代子キヨコだった。

「話は、聞いてるわ。昔、未知子ミチコが貴方を連れてきた時の事を思い出すわね」

「それは、……」

 冷や汗を垂らす焔に希代子が続ける。

「未知子が貴方の書く本は、良いって言うから、何冊も見せられたわね。素人に毛が生えたレベルの本を!」

 焔は、俯き大量の冷や汗を垂らしている。

「お義姉さん、あの頃の話は、……」

 希代子は、笑顔で答える。

「そんな貴方が、プロとしてやっている夢斗くんの写真を見ないって、どの口で言うのかしら?」

 何も言えなくなる焔。

 そんな姿を見て、朧の部下が小声で質問する。

「どうなってるんですか?」

 朧が苦笑しながら言う。

「白風の長は、あの人、自分の所為で亡くなった奥方の姉、希代子さんだけには、逆らえないのだ。こうなったら逃亡すら出来ない、詰みですね」

 この後、焔は、希代子と二人、日本に向かう飛行機に乗り、移動中、説教を続けられるのであった。

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