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ZS  作者: 芦丸なぎさ
3/4

第ニ話 + 越境

 


淵に立っていた。




足元には、全てを呑み込まんとする、まるで底無しのような仄暗い穴が口を開け、誰かがおちてくるのを待っている。




落ちるのを、


堕ちるのを、


墜ちるのを──────







 おちてみようかな







漠然と、そう思った。


どのみち自分はもうじき死ぬんだし、今ここで奈落に身を預けるも、迫りくる死を待つも、どちらも同じことだから。


おちて、“世界”を受け入れよう。

代わりに何かを失うかもしれない。

それは、自分の命かもしれない。



それでも


私は、現実を受け入れなければならない。







   □ ■ □ ■ □







 本日も晴天なり。


 違う。

 今は夜だ。しかも、真夜中だ。

 凄いことに、嵐まで来ちゃってるという特典付き。

 椎崎ツカサは夜の学校に忍び込んでいる。 泥棒じゃないぞ、失敬な。

 学生が夜の学校に忍び込むといったら、アレだ、アレ。漫画みたいなお約束のパターンだが、宿題、学校に置きっぱなしってやつ。懐中電灯持って、何か肝試しみたいーとか言ってる場合じゃない。

 本当に怖いんだぞ、これ。

 明るければ5分で行ける距離を15分かけて、ようやく教室まで辿り着いた。カタカタと、風が窓を叩く音がこだまする。

 こんな時に嘉耶が居てくれたら心強いんだろうな。 そんなことを漠然と考える。幼い頃から嘉耶に頼りっきりだったから。

 あとは、古くなったせいで開けるのに一苦労も二苦労もかかる木製の扉を開けて、教卓の真ん前にある自分の机の中から、嘉耶の講義の後に忘れてきた分厚い英語のテキストを取り、また15分かけて来た道を戻り、宿直に気付かれないよう、且つ何事もなかったように家に帰るだけだった。


 だけど、今日は違った。

 扉を開けたら、教室じゃなかったのだ。


 なんて表現しよう。


─────戦地。


 そう、それ。


 がっちりした鈍色のアーマーを着込んだ人、手に剣を持ち、敵とおぼしき人物に斬りかかっている。

「────え?」

 血が、腕が、剣が、首が、飛ぶ。

 硝煙と荒れた土と血の臭いが、辺りに満ちている。

 ツカサは急に嘔吐感を覚え、口を押さえた。


これは─────現実?

 教室の中が戦場?

 有り得ない。有り得る訳がない。 教室は実は次元移転装置だったのか?

 有り得ない。まず物理的に不可能だ。


これは────夢?


 そうだ、夢だ。そうでなければ、こんなこと現実であるわけがない。

 そう思うと、妙に気分が落ち着いた。

 夢を夢だと認識する明晰夢。これはきっとソレだ。


 ふと顔を上げると、一人の人物の姿が視界に飛び込んできた。

「………嘉耶?」

 ツカサの一直線上に立っていたのは、普通戦には出ないはずの女の子で────倉本嘉耶の、『顔』をしていた。


「────危ないッ!」


 少女が叫ぶ。

 ツカサは一瞬、その少女の美しさに呆然とした。

 年は、ツカサと同じか少し上くらいの、“少女”と“女の人”の中間あたり。真っ直ぐな金髪と、透き通った蒼い瞳。

 街中を歩いたら、きっと万人の視線を一身に浴びるであろう、不自然過ぎるほどに整った、倉本嘉耶と同じ顔の少女。

が、走ってくる。

 ツカサはただ立ち尽くしていた。


危ない? 誰が?


──────僕が?


 そう思った瞬間、ツカサの身体は宙に浮いていた。少女と一緒に。

 勢いよく抱きついたら飛んでしまいましたみたいな格好になっている。いや実際そうなのだが。正しくは突き飛ばしたに近いのだが。

 二人の体は、ツカサの出てきた学校を通り抜けた。

「えっ?」

 少女の肩越しに、廊下が見えた。

 扉が、ぐにゃんと歪むのが見えた。


 扉が消えてしまったのと同時に、身体が地面に叩きつけられた。そして、爆音を聞いた。数秒の出来事だった。

 小高い所から低い方へ向かって斜面を滑る。その間も、少女はツカサの体を離そうとはしなかった。

 爆風によって舞い上がった砂や小石がぱらぱらと降ってきた。


 どれほど転がり落ちただろうか。


「かはッ」

 耳元で少女の声がした。

 少女はツカサを離すと反転し、身体をくの字に曲げて咳き込んだ。


「あの…大丈夫……?」

「う………」

 少女に問い掛けるが返事はない。

「あの…」

 体を少し揺らしてみる。

 少女の装備は薄い。黒い長袖の上に胸部と左肩を守る(アーマー)、右腕の金属装具、腰に細いサーベルのような剣を差しているだけだ。

 こんな少女が戦場で戦っているのか?

 もう一度無事を確認しようと、肩を揺する。


ちょうどその時、


「閣下! 大将軍閣下!」

 何処からか、複数の男の声がした。


 ここが戦場であることを加味すると、一般兵だろうか。

「う………」

 少女が苦しそうに唸る。眉間に深い皺が刻まれる。仰向けに倒れているこの少女、どうやら気を失っているようだ。

 取り敢えずちゃんと生きている事に少し安堵した瞬間、ガサガサと草を分ける音と共に、どやどやと人が来る気配がした。

「閣下─────……」

 現れたのは、やはり兵士達だった。

 疲弊しきった顔が幾つも並ぶ。


 がっちりとしたアーマーを着込み、肩には何かの紋章と思われる印が彫られた剣を背負っていた。

「貴様、何奴!?」

 その怒号で、ツカサはハッと我に返った。

 顔を覗き込んでいたせいで、気絶した少女を押し倒したような、そんな体勢になっていた。

「曲者め、捕らえェ!」

 一人の咆哮で、数人が一斉に剣を抜く。


 ツカサの事を敵兵か何かだと思っているのだろう、獲物を狙う獅子のように、ギラギラと眼を光らせている。

「うわ、待っ………僕は別に怪しい奴ではッ」

 誰の目から見ても明らかにツカサが不利だ。しかもこの状況の中では、怪しい奴以外の何者でもない。

 この場にいる人の中で唯一事情を知る頼みの少女は動く気配すらなく、絶体絶命の危機。


 ツカサと兵士達との距離が次第に狭まる。

 こちらは丸腰であちらは完全装備。逃げようにも逃げられる状況ではない。

 冷や汗が背筋を伝い、脂汗が額に滲む。


 これは夢なのに。夢の中なのに。


 動悸が激しくなり、心臓が喉元まで迫り上がってくるような感覚に襲われた。


「あ…あの……」

 経過時間と比例して心拍数は上昇し、心臓は破裂しそうになる。

「起きて……ください」

 背後の少女に呟く。恐らく聞こえてすらいないだろう。

「神に祈る間をやろう」

 兵士の一人が告げる。

「我らの不注意とはいえ、閣下を危険なめに───不逞の輩め、成敗してくれるッ」

 ツカサの喉元へ、真っ直ぐ剣を向ける。

 剣先が、不気味に鈍色に光る。

 その瞳に、迷いはない。


───殺される。


 彼らは本気だ。本気で、ツカサに剣を向けている。

 きっとここで、斬られた瞬間に目を覚ますのだろう。

 明日学校へ行ったら、嘉耶に話してやろう。

 嘉耶は気絶してしまう美少女の役だったよって、金髪にしてもきっと似合うよって教えてやろう。

 何て言うかな。

 きっと、椎ちゃんは馬鹿だねって、笑いながら言うのだろう。

 目を醒ますためにも、ツカサは覚悟を決めた。大きく深呼吸して、兵士達を見る。

「僕は目覚めなきゃいけないんだ」

 ズボンに着いた土をはらう。

「現実に、帰らなきゃ」


「それは無理だ“ダディスト”」


 背後で、少女が動く気配がした。

 その声は、少女から発せられたものだった。

「ぅ……ぁ、頭痛ぁ」

「閣下!」

「閣下、御無事で何より!」

 兵士達はツカサの事など初めから知りませんでしたとでも言わんばかりのスピードで、少女の周りへ駆け寄った。

「ぅ……ん、私は平気だ。それより、あの少年はいずこ……」

 少女は自分を心配そうに見つめる兵士達の頭の隙間からツカサの姿を発見すると、がばっと立ち上がった。

というより、殆んど跳ね起きたと形容する方が相応しい。

 まだ少し視界がぐらつくが、そんなことを一々気にしている場合ではない。


───見つけた。世界の救世主。終焉の破壊者。



 つかつかと呆然と立ち尽くしていたツカサの前まで歩いてくると、横面に思いっきり張り手を喰らわせた。

 ぱんっ、と小気味よい乾いた音が響いた。

 その衝撃で、ツカサは尻餅をついた。

 不意討ちを喰らって吃驚したのと痛かったのと理由は半々。

「な……」

「何故あんなところで突っ立っていた!? 死にたいのか、貴様は!!」

 その美貌に似合わない、辛辣な言葉が並ぶ。

「……ごめん」

 言うべき言葉が見つからなくて、取り敢えず感謝の意味も込めて謝る。

 いきなり殴られた事に対する憤りが無かったとは言わないが、爆心地に居た自分を救ってくれた。 そして何より、今この瞬間が現実だと気付かせてくれた命の恩人に、一発ビンタを喰らった位で気を曲げるなどしなかった。

「ん」

 少女は頷くと、明後日の方を見つめた。

 あのキツい言葉の裏に、少女の、ツカサを心配する優しさがあったことを、この場にいる何人が気付いただろう。


「私の名はベガ・アンドロメダ。西の国、国王軍属───地位は大将軍だ」

少女が遠慮がちに右手を差し出す。 切り傷や、小さな火傷の痕が幾つか見てとれる。戦場を駆ける者の手だ。

 その右手を、ツカサはそっと握り返す。

 もしこれが現実だというのなら、この国がどこで、なぜ戦争をしているのかとか、わからない事は山ほどあるが、

「僕は椎崎ツカサです」

 礼儀として、名乗り返した。

 それに答えるかのように、少女───ベガは、少しだけ微笑んだ。

 目配せをして辺りを警戒した後、ベガは草の上に座った。

がしゃり、と金属製の鎧が音をたてる。

「座れ、ツカサ」

 有無を言わせぬ口調。ツカサは言われるがままにその場に腰を下ろした。

 それを見届けた兵士達は互いに合点して、数人ずつに分かれて集まり、辺りを見張る。

「ツカサ、おまえは“ダディスト”か?」

「何それ?」

 ベガの問いに、ツカサは答えられなかった。

 その言葉が何を意味するのかわからないから。

「では、質問を変えよう。ツカサ、おまえはどこから来た?」

 どくん、と心臓が畏縮した。

「答えろ。内容によっては、飛ばすぞ?」

 ベガの蒼い瞳が殺意に煌めく。

 飛ばす、とは恐らく首の事だろう。静かに、剣太刀の柄に手を掛けていた。

「に───日本」

「───何だと?」

 驚愕の表情を浮かべ、ゆっくりと柄から手を離す。

「おまえは、越境に成功したのか?」

 ヅカサに理解できない語句で、更に追及する。

「あの……越境って何?」

「境界を越える。そのままの意味だ」

 ベガは小さく溜め息を吐くと、ツカサの真正面で胡座を組んだ。

「おまえは、ここより外側のセカイの住人だな?」

 問い掛ける口調だが、確信に満ちた眼差しをツカサに向ける。

「ごめん。何の事か全然わかんないんだけど」

「当たり前だ。普通の人間が知っている訳がない」

「じゃあ訊くなよ……」

正直な感想を述べつつ、小さく溜め息を吐いた。

 目の前の少女が、ふ、と鼻で笑ったのが聞こえた。



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