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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 日菜子 夏の一コマより

作者: 綿屋 伊織

「体を動かしなさい!」


 日菜子の前でそう怒鳴ったのは、姉の麗菜だ。


「何ですか!公務がないとはいえ、そんなにダラけて!」


「ですけど……」

 カウチソファーに寝そべってポッキーをかじっていた日菜子は、バツが悪そうに姉に言った。

「せっかくのお休みですし、帰省中の春菜だってどうせ」

「春菜なら、宮城の植物を調べるって、朝から歩き回っています!」

「うっ」

「あなたも少しは運動なさいっ!」

「……はい」


 部屋を出ていく姉に、見えないように舌を出しながら、日菜子は思う。

「運動不足だとは、思いますよ?」

 日菜子はソファーにひっくり返ると、天井を見つめた。

「でも、折角のお休みなんですから、好きなことしていたって……」

 ごろりと寝返りをうつと、テーブルにあった雑誌の記事に目が行く。

「……水泳?」



「―――はい?」

 突然呼び出された水瀬は、またしてもお忍びの手助けとして、日菜子の宮城脱出(麗菜に言わせると逃亡)を手伝わされた。

 場所は、都内の有名スポーツ用品店。

「ですから、水泳です」

 日菜子は、水瀬を水着売り場まで連れてくると、今回のお忍びのワケを話した。

「せっかくの夏ですから、水泳でもやろうかと」

「それは……いいことなんですけど」

 水瀬は、首を傾げた。

「宮城にも、水泳施設はありますよ?」

「あそこは、利用したくありません」

「何でです?」

「……春菜がいるからです」

「春菜殿下がいらっしゃると、何か不都合でも?」

「いろいろあるんです」

「はぁ……?」


 水瀬は、水着を選ぶ日菜子の後ろ姿を見ながら、日菜子が宮城の水泳施設を使いたがらない理由に、大凡の察しをつけていた。


 ―――そりゃそうだろう。


 水瀬だってそう思う理由は一つだ。


 春菜殿下のナイスバディと一緒では、女の子として、姉として、それは傷つくだろう。

 そういう、ことだ。


「で―――どこで泳ぐんです?」


「どこか、いいところはありませんか?」


「うーん」

 水瀬は首を傾げながら答えた。

「僕も……プールとかって、ほとんど行ったことが」


「水瀬は、泳げないんですか?」


「いえ?」

 水瀬は答えた。

「子供の頃、日本海でシャケやブリとってました」


「……」


「あ、クロールとか、背泳ぎとかは、大学のプールで清掃員のアルバイトして覚えました。結構、自信はあるんですよ?」


「そ、そうですか―――水瀬」


「はい?」


「試着します」


「あ、はい……ちょっと待ってください?」


 水瀬は、試着室の中をいろいろ調べた後で、日菜子に言った。


「どうぞ」




 その日の夕方―――宮中、夕餉の席。


「一体、どうしたの?日菜子」

 麗菜が驚いたほど、日菜子は顔を真っ赤にして怒っていた。

「水瀬と、何かあったの?」

「……水瀬が、あんなヒドい人だと思いませんでした」

「?」

「今日、水着を買いに外に出ました」

「またそういうことを!」

「試着しました―――水瀬にも見てもらいました」

「―――へぇ?日菜子、度胸あるわね」

「いろいろ試したんですが、全部、どれを着ても、“いいんじゃないですか?”としか言ってくれないんです!」

「へぇ?」

「競泳やセパレート、ビキニ……全部、何着ても“いいんじゃないですか?”ですよ!?スク水にマイクロビキニまで手を出したのに!」

「あんた、それやりすぎ」

「水瀬……呆れてたんじゃないですか?」

 春菜がおずおずとした口調で言った。

「姉様、ヘンな所で意地になるから」

「そ、そんなこと、ありません」

「で?結局どうしたの?」

「い、一応、買ってきました。水色のワンピース……水瀬にどれが良いか選べっていったら、これがいいっていうから」

 そう言う日菜子の頬が赤くなった。

「水瀬も大変だ」

「ですねぇ」

 しみじみという身内の心情が、日菜子にはわからない。

「―――どういう意味です?」

「言葉通りのことよ―――それより」

「はい?」

「このお腹、よくオトコの前にさらせたわね」

 プニッ。

 プニプニ。

(↑効果音をつけると、こんな感じだろうか)

「……」

「うっわー。姉様スゴ」

「……っ!」

「こりゃ、水瀬とデートより、ダイエットの方が先ね」

 プニプニ。

「タマの方がスレンダーよ。これ」

「姉様……太りすぎ」

「確実に」

「……グスッ」

「泣いて済む問題じゃないでしょう?こんなの自業自得よ。あーあ。ただでさえ幼児体型なのに、さらにプニッだなんて―――水瀬に嫌われるわよ?」

「それに、姉様、泳げましたっけ?」

「ダメダメ。日菜子は浮き輪なしじゃ泳げないんだから。ね?カナヅチさん?」

「……わ、私っ!」

 日菜子は立ち上がって怒鳴った。

「ダイエットします!夏の終わりまでにウェスト引き締めますっ!」

「―――その前に、その生活習慣改めなさい」

「それも含めて!」

「じゃ、姉様?」

 春菜が日菜子の腕をとった。

「明日から、私がみっちり、水泳のコーチしてあげますね?」

「……えっ?」

「張り切って頑張りましょう!」



 翌日。

「?忙しいのかなぁ」

 突然、デートをキャンセルされた水瀬が首を傾げたのと同じ頃、宮城の水泳施設では、


「さぁ、バタ足からです!」

 妹の腕につかまりながら、必死に水泳の特訓に励む日菜子の姿があった。


 妹のビキニからこぼれるはち切れんばかりの胸元を目指してバタ足に励む日菜子は思った。


 ―――まるで、人参をぶら下げられた馬みたいです。


「頑張って下さいっ!」

 動くたびに、プルプルと震える胸。

 それは、日菜子が望んでやまない、この世で水瀬に次いで欲しい存在。

「水泳は、おっぱいの発育にもいいんですよ?」

 4歳から水泳を続ける春菜の言葉に、日菜子は奮い立った。

 夏一杯、日菜子は水泳にうちこみ、25メートルを泳げるまでになったのだが―――。



 どよん。

 夏の終わり。

 日菜子は鏡の前で落ち込んでいた。

「あら?どうしたの?」

「……ひっく」

 日菜子はボロボロ泣きながら、姉にすがりついた。

「あ……あ……」

「へ?」

 麗菜は、日菜子が手にしているのが、メジャーであることに気づき、そして、理解した。

「あーあ」

 麗菜は、思わず天井を仰ぎ見た。

「ウェストじゃなくて……そっちがまず減っちゃったかぁ」

 ただでさえ真っ平らなのに。

 麗菜は、そう言いかけて、何とか口を押さえることに成功した。

「―――ダイエットの最悪の法則って知ってる?」

 日菜子は泣きながら首を横に振った。

「決して、減っちゃいけない部分から減るの―――わかるでしょう?」


 日菜子が、バストアップ運動だけは熱心にやるようになったのは、これからのことである。


 合掌。



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