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後部座席を見てみれば  作者: 牛髑髏タウン
飲み会と聞いて来てみれば
6/12

 玲子は眠りっぱなし、俺は黙りっぱなしのまま、合コンは一次会終了フェーズへと移ろうとしていた。

 どうやら真崎のほうはエミコちゃんと、フミヒロはえーと……誰だっけ……ああ、ヒロミちゃんだ……と。そんな感じで、2対2から1対1が二組という雰囲気に変わっていた。真崎とヒロミちゃんの席が入れ替わって、カップルはそれぞれ机に肘をついて隣席で向かい合う格好になっていた。俺は一人、ウーロン茶をすすりながら、ああ合コンでうまくいくってのはこんな感じなのか、と思って眺めていた。


「ふわぁ……よく寝た」

 玲子が脳天気な声で起きた。

「玲子……。起きたか。あのな、お前にちょっと言いたいことがある」

 伸びをする玲子を睨みつける。

「あ、荘司さん、おはようございます」

 おはようございますじゃないだろ。

「言いたいことは色々あるが……まずお前、酒強い訳でもないのにあんな強いの飲んでんじゃねえよ」

「あ、そだ……お酒……。あそうか、あれ、私、ここは……?」

 こいつ……記憶が無いとかいうんじゃないだろうな。

「おいおい、大丈夫かお前。酒飲んだ経験あんまり無いのか?」

 まあ、考えてみりゃ未成年か。こないだまで高校生だった訳だし。まだ飲みかたを知らん、ということか……。

「え、まぁ……ほとんど初めてです」

「スクリュードライバーが何と何を混ぜたもんか知ってんのか?」

「え、何かを混ぜたものなんですか?」

「ああ。無邪気さと凶悪さを混ぜたものだ」

「……わかりません……」

「バーボンだのテキーラだの……。それが何かもわからず頼むんじゃないよ。まして合コンで……」

「あ、合コン! そうだ、なんで荘司さん合コンに来てるんですか!」

「そうそれだよ。その話。お前な、俺ばっかり悪者にするが、お前だって来てんじゃねーかよ」

「え? あ、いえ、違うんです。私は別に……」

「別に何だよ」

「と、友達が人数足りないからって強引にですね……」

 ほほう……。俺は口を歪める。

「わかったわかった。いやあ、別にいいんだ。ああ、責めている訳じゃないんだよ、玲子くん。君ももう、花の女子大生だ。そろそろ男漁りを始めたい年頃だもんなぁ?」

「ひ、人聞きの悪すぎる言い方しないでください! ちょっと、合コンというのがどんなものか興味があっただけです! 美味しいお酒だって飲んでみたかったですし! で、でも、す、すぐ帰るつもりだったんです!」

 必死に言い訳をする玲子。うーん何というか……若いな、と俺は急に微笑ましくなってしまう。

「いや何もすぐ帰っちゃうことは無いけどよ。……ところでお前、なんか顔色悪いけど、大丈夫か?」

「顔色……え、悪いですか?」

「悪いっつーか、なんか異様に白い……というか、透けてるな」

「え、透けてるんですか?」

 ……。

 ぞっとした。

 まさか。

 嫌な予感がする。

 背中をぬるい汗が流れる。

 嘘だろ?

 鳥肌が立つ。

 隣のフミヒロを向く。フミヒロはヒロミちゃんと何か盛り上がっている。ちょいちょいとフミヒロの肩を叩いた。

「なんすか!」

 すげえ怒られた。だがめげずに、玲子のほうを指さして尋ねる。

「なあ、玲子、目ぇ覚めてるよな」

「どこがっすか! 爆睡じゃないすか!」

 そう言ってフミヒロはうるさそうに俺を睨んでまた、ヒロミちゃんのほうを向いた。

 ……。爆睡。

「おい、玲子! ちょっと来い」

「え、は……はい……」

 玲子がテーブルを回りこんで俺の左隣に来た。

 そして。

 ……俺の目の前の席にはやはり、玲子が寝ている。

 もう間違いなかった。

「あれを見てみろ」

 俺に言われるまでもなく気づいたみたいだった。起きているほうの玲子が青い顔になった。

「え……私……?」

「そうだ。お前、また身体から出ちまってる」

「……えぇ?」

 あの時と同じだ。魂だけが……行動している。幽霊、いや生霊の状態……。

「とりあえず早く身体に戻れよ。お前、飲み過ぎてんだよ。魂が酔っ払っちまってるんじゃないのか?」

「……ち、違いますよう……!」

 玲子が慌てて身体のほうへ駆け寄り、寝ている本体に重なるようにして椅子に座った。身体と同じ姿勢を取る。

「えいっ」

 玲子は勢いよく身体を起こす。

「あれ、ダメだ」

 身体が分裂するように見える。霊体はがばっと起きているのに、肉体のほうはついてこない。

「もうちょい、ゆっくり起きたほうがいいんじゃないのか? 剥がれちまってるぞ」

「せ、接着剤じゃないんですから……」

 だがゆっくりでも急いででも、玲子の身体はぴくりとも動かなかった。いや、ぴくりとは動いてるか。呼吸に合わせて背中が上下している。生きてはいるみたいだが。

「ど、どうしたらいいんでしょう」

 玲子が困っている。しかし聞かれても俺も困る。

「さて、そろそろ時間だな!」

 突然のでかい声に驚いて振り向く。真崎だ。

「時間……?」

「一次会終わり、だね」

 エミコちゃんが真崎の横で立ち上がった。そしてヒロミちゃんに意味ありげな視線を送る。ヒロミちゃんは僅かに頷いた。なるほど……。何やら意思の疎通が図られたらしい。

「玲子ちゃん……起きないな。荘司お前、送ってってやれ」

 真崎が俺に向かってそう言う。

「あ、そうしてってよ、三沢さん。玲子、たしか蜜草寮だったっけ」

 エミコちゃんが答えた。

「確かその筈です。蜜草ならここからタクシーに乗ればすぐですから」

 ヒロミちゃんも同意する。

「じゃ、決まりっすね。僕たち、二次会行くんで!」

 フミヒロの一声に、おーっと四人は盛り上がっている。俺と玲子はとっくに戦力外通告だ。それはいい。それはいいとして……。

 ……参ったな。

「玲子、お前、あの二人に連れ帰ってもらったほうが良くないのか?」

 おれは横にいる(皆には見えないほうの)玲子に小声で話しかけた。

「えっと……ダメです。エミコにもヒロミさんにも、これ以上は迷惑かけられないです……。盛り上がってるみたいですし」

「迷惑かけていることを自覚しているのは何よりだ」

 たしかにあっちはあっちで、カップルずつに別れてどこかへ行くつもりなんだろう。真崎とエミコちゃんなんて肩まで組んでやがる。フミヒロは少し飲み過ぎだな。足取りがおぼつかない。ヒロミちゃんもちょっと困ってる感じだが……苦笑しながら支えている。

 俺はため息をついた。そして真崎に答える。

「わかった。玲子は俺が責任もって送り届けるから」

「やたっ。よろしくね、三沢さん。蜜草寮って言えばここらへんのタクシーならわかるから」

「頼んだぞ、荘司。仲良くなー」

 どっと笑う四人。立ち尽くす俺を尻目に部屋を出て行った。

「やれやれ……」

 俺はテーブルに突っ伏したままの玲子の身体をかつぎ起こす。

「す、すみません……」

 横でペコペコと謝る中身。

「謝るくらいなら手伝って欲しいがな」

「す、凄く手伝いたいんですけど……」

「う、重い……。お前、見かけによらず重いんだな」

「正体無くしてたら誰だって重いですよぅ」

「しかも酒くせぇ……」

「い、言わないで下さい……」

「まあ酒臭いのはお互い様だが」

 俺はしゃがんで、椅子から背中に玲子の身体をどうにか乗せる。そして立ち上がる。

「よ、腰痛になったらお前のせいだぞ」

「腰痛なんてまたまた。そんな年じゃないですよ」

 玲子が笑った。本質的に脳天気なところはあの時と変わっていないようだ。安心した。

「お前、腰痛なんて遠い先の話だと思ってるだろ」

「違うんですか?」

「違う。今そこにある危機。それが、腰痛だ」

 俺は重い玲子を背負ったまま、店員に挨拶して店の外に出た。勘定は真崎らが済ませたらしい。助かった。

「よっこらしょ」

 店外に置かれたベンチに玲子の身体を腰掛けさせる。

「お前、牛乳飲んだほうがいいぞ」

「……? なんでですか?」

「いや、成長がな……。まあもう遅いか」

「成長……? 別にこれ以上身長伸びなくてもいいです」

「身長じゃなくてな」

「……?」

 霊体は、肉体とは反対側の隣に腰掛けた。

 俺は玲子の身体をベンチに座らせたまま倒れないように支えつつ、タクシーを携帯電話で呼び出した。

「あ、待ってください」

 電話を切った俺に玲子が慌てて声をかけた。

「なんだ?」

「今の時間に寮に帰るのはまずいです」

「……は?」

「蜜草寮は女子寮で、その……門限があるんです」

「もん、げん」

 俺は、目を閉じた。

「やっぱお前、三十年前から来たんだろ。今の時代にそんなものがある訳がない」

「あ、あるんだからしょうがないじゃないですかぁ」

「バカかお前。そんなもんがあるならどうして合コンなんかに来た」

「あ、いえ、ちゃんと事前に届け出れば外出も外泊も認められるんです。ただ、合コンなんて書けないんで……」

「適当な嘘書いときゃいいじゃねえか。お通夜とかさ」

「え、縁起でもないこと言わないでください! 私、そういう冗談嫌いなんです」

 まあそりゃ、嫌いにもなるかもしれない。あんな思いしたんじゃな。

「だから……私、今日は実家に泊まるってことにしてあるんです」

 ふっ。こいつ、喋れば喋るほどボロが出てくるな。

「……お前、はなから外泊の予定か。さすがだな」

 俺は、中身のほうを見ながらにやりと笑い、肉体のほうの頭をポンポンと叩いた。中身の玲子は首をぶんぶんと左右に振った。

「ち、違いますよ! て、徹夜でカラオケとかもあるのかなって思ってただけです。途中で帰るっていったら盛り下がっちゃうかなとか、色々考えちゃって……」

「オールなんてするの学生のうちだけだぞ」

「私、思いっきり学生なんですけど」

 そういやそうだ。歳の差を感じる。

「私その、こういう夜遊びって初めてだし、勝手がわかんなくて……」

 俺は苦笑した。

「夜遊び……ねぇ。あのなお前、東京に来て浮かれてるのかもしれんが、ちょっと危機感持ったほうがいいぞ。合コンに来て酒かっくらって爆睡するなんざ、隙だらけもいいところだぜ」

「……え、ええ……。自分でもびっくりしちゃいました。お酒ってあんなになっちゃうんですね……」

「ペースの問題だよ。ウイスキーなんて割らずにがぶ飲みするようなもんじゃねえんだよ。下手すると……」

 死ぬぞ、と言いそうになってから慌てて言葉を引っ込めた。

「私、もうお酒なんて飲みません」

「酔っ払いはみなそう言うんだよ」

「し、失礼です。私、酔っ払いじゃありません」

「酔っ払いはみなそう言うんだよ」

「違います。私、意識ははっきりしてます」

 ……ほー。

 俺は、目の前で強く主張する幽霊から、視線を隣で眠りこけている肉体へと向けた。

「はっきりしているのか……」

「……わーっ。違うんです。それは違うんです」

「お前、頑張って大学入ったかと思えば、酒を覚えて、合コン行って……。そんな生活がしたくて東京に出てきたのか。だいぶ俺の中では印象が変わってしまったぞ」

「えっ。いやその……。すみません……」

「お父さんは悲しいぞ」

「いつ私のお父さんになったんですか」

「玲子はもうちょっと真面目な子だと思っていたのにな、どこで育て方を間違えたのやら……」

「そ、そんなの荘司さんが勝手に思ってただけじゃないですか……。それに私、友達の間では品行方正で通ってますよ。……たぶん」

「ふっ。それも今日までだがな……」

「なんでですか」

「今日のあの友達……エミコちゃんとヒロミちゃんだっけ。あいつら、お前がお持ち帰りされたって思ってるぞ」

「お持ち帰りって何ですか?」

 ……そう来るか。

「テイクアウトって意味だ」

「……わかりません」

「ま、わからなくてもいいけど」

「教えてください!」

「気まずくなるからやめておいたほうがいい」

 玲子はぽかんとしている。やれやれ。これは世代の差なのか、都会と田舎の差なのか、それともこいつが物知らずなだけか。

「じゃあ言わないでくださいよ」

 まったくだ。

「さてと……じゃあどうするんだ? ほんとに実家帰るのか?」

「まさか……。こんな時間から行ける場所じゃないのは知ってますよね。大丈夫です。ちゃんと考えてます」

「そうか、ならいいが……」

 まあさすがにノープランてことはないか。

「野宿します!」

 ……。

「……え、今なんてった?」

「野宿します」

 ノープラン同然だった。

 俺はデコピンをした。

「お前……東京なめてんのか」

「いたぁ……都会なら二十四時間営業のコンビニもあるし、野宿しても飢えや寒さで死ぬことはないって友達が前に言ってましたけど」

「お前、結構お嬢様育ちかと思ってたがな……そんな生活してたのか」

「と、友達の話です。私は野宿とか初めてなんで……初めてづくしですね」

 あはっと笑う玲子。もう一回デコピンをした。

「悪いことはいわん。お前に東京はまだ早い。さっさと荷物まとめて帰れ」

「何をおっしゃいますか、私はもう東京ばな奈だって食べましたよ」

 だから何だ。

「荘司さんは食べたことあります? 東京ばな奈」

「無いな」

「ほぉら、もう私のほうが東京マスターですよ」

「教えてやろう。東京マスターは東京ばな奈なんて食べないんだ」

「え!? じゃあ何を食べるんですか」

「知るか」

 東京マスターってなんだ。

「お前がいた田舎じゃあ野宿も平気だったかもしれないがな、東京で野宿はやめておけ」

「わ、私のいたとこで野宿なんかしたら危ないです。下手したら野犬とか狼とかに襲われると思います」

 わお。そりゃ危ない。

「でもな、東京にも飢えた狼がいるんだよ。若い女が公園で寝るなんて自殺行為だ」

「本当なんですか? し、知りませんでした。東京にも狼がいるなんて……」

 マジで言ってるのか……。

「……一応聞くが、お前の住んでたとこにも隠喩ってあるよな?」

 世間知らずなのか冗談なのかわからん奴だ。

 クラクションの音が響いた。

 タクシーが止まっている。

「仕方ない、とりあえずカラオケだな」

「え、カラオケですか!?」

「嬉しそうにしてんじゃねえ。ホテルにでも連れ込んでやろうか?」

「そ、それは困ります……」

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