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後部座席を見てみれば  作者: 牛髑髏タウン
飲み会と聞いて来てみれば
5/12

続編を書くにあたり、別作品とすべきかどうかを迷ったのですが、設定上ここまでの部分のネタバレを含んでしまう部分もあり、独立作とするのはどうかなと思いまして、章分けをして連載の続きという形にしてみました。一度完結としたものを続行してしまう形になってしまい、申し訳ありません。

 昔の友人、真崎とはなんだかんだで付き合いがあり、たまに酒を飲む仲だった。遊びといえば酒を飲む以外にも色々あるにも関わらず、酒くらいしか奴と俺をつなぐものはない。

 真崎は俺と違って交友関係も広く、俺とサシで飲むこともあれば他に誰かいることも多い。あまり大勢で騒ぐことが得意ではない俺だが、そんなことは構わずに奴は飲み会があればたまに俺を誘ってくる。奴のおかげで俺も大勢で飲むことに慣れた。


 今日も飲み会だと言われて誘われた。

 しかし、待ち合わせの改札口に着いた時、俺は騙されたと思った。真崎と、知らない男が一人。それから……知らない女が三人。

 その五人の導かれし者たちに俺という六人目の仲間が加わった時、何が起こるのか。俺は瞬時に理解した。これは、もしや噂に伝え聞くアレではないのか。自分が来てはいけない場に来てしまったことを悟る。

 俺も情報屋の端くれ、そういう集まりがあるらしいことは知っていた。しかしそれはサンタクロース等と同じように、実際には存在しないものだと思っていた。「サバト」「仮面舞踏会」と並んで「物語にしか登場しない、現実には存在しない三つの宴」の一つに数えられている、あれである。


「もしかして、合コン?」


 俺は、妙におしゃれな格好をした真崎の奴に小声で聞いた。真崎は親指を立てて片目を強くつぶった。おそらくは親指で目を突いてくれという意味のジェスチャーに違いない。

 俺も二十五歳を迎えた男だ。こう見えて社交性は無い訳でもない。初対面の相手と飲むことは真崎とつきあっていればよくあることだ。酒も飲めない訳ではない。

 ただ……女性は、苦手なのだ。伊達に、二十五年間彼女を作らずストイックに生きてきた訳ではない。当たり前だ、伊達や酔狂でそんな生き方してたまるか。女性を楽しませるような能力を持ちあわせていないのだ。

 とはいえ、ここでだだをこねて帰る訳にもいくまい。恐らくは独り身で寂しい俺に出会いの場を提供しようという真崎の優しさもあるのだろう。感謝を込めてあとでたっぷりとお礼をしてやりたいところだ。

「じゃ、行きましょうか」

 真崎は女性陣の先に立って歩いて行った。女性陣はなんとなくこっちをチラチラと見ながら、あるいは互いに話しながら、真崎についていく。

 自己紹介とか、そういうのは店についてからなのか。俺は一人、いまいち勝手がわからない。

「あの子、さっきからこっち見てっすよ」

 いきなり話しかけてきた奴がいた。真崎といた、もう一人の男だ。俺とは初対面。赤いジャケットが目に痛い。言われて男の指差すほうを見ると、女性の一人が俺の視線に気づいてか、くるりと背を向けた。長い髪がウェーブしている。茶色い。最近の女は皆同じ髪型になるな、と俺は思った。

「なんか皆若そうだな」

 俺は隣の男につぶやいた。女性陣は皆、なんか二十歳そこそこくらいに見える。真崎は俺とタメだが、この男も俺たちと同じくらいか? 男どもに比べて女性陣はだいぶ若い気がした。

「え? 真崎さんだけじゃないすか? 僕は二十歳っすけど、真崎さんだいぶ上っすよね」

 と思ったらこの赤ジャケも見た目より若かった。

「……俺も真崎と同じ二十五だよ」

 俺は憮然として言う。真崎がサバを読む気だったらどうしようと思いながら俺は年をばらした。

「マジっすか? 女の子たち、大学一年らしっすよ?」

 マジっすか? 若すぎっすよ。

「……いいんすかねぇ」

 何かいけないんすかね。

「おーい、お前ら、何遅れてんだよ」

 いつの間にか距離を開けられていた。慌てて真崎たちに追いつく俺と名前も知らない第三の男。

 やれやれ。帰りたいな……。絶対気疲れするだけで終わる自信があった。


 *


「かんぱーい!」

 合同コンパ、略してゴーコンが始まった。

 俺たち男三人は「とりあえずビール」。俺の右隣に赤いジャケットの謎の男が座り、その向こうに真崎がいる。前に並んでいる三人は右から、レモンサワー、カシスオレンジ、スクリュードライバーを頼んでいた。……スクリュードライバー? 自らレディキラーとは……。

「じゃー自己紹介。俺はタダト。エミコちゃんは知ってるよね」

 口火を切ったのは真崎だった。なんとなく皆、笑う。女性陣はやはり真崎のツテか。エミコちゃん、というのがどれかわからないが、それが女性側の幹事らしい。

「僕はマザさんの後輩でフミヒロって言います。よろしく~」

 真崎と俺の間に座った赤いジャケットの男はフミヒロというらしい。……えーと。

「三沢荘司と言います。まあ、何と呼んでくれても。真崎の友達です」

 固い……のが自分でもわかる。愛想笑いを浮かべたつもりだが、うまくいった気がしない。

「エミコでーす。真崎さんとはとある縁で会いまして」

 俺から一番離れたレモンサワーの女が全く情報量の無い自己紹介をした。ショートカットの黒髪。肩を出した赤いドレス。全体的に攻撃的な印象。美人ではある。

「ヒロミです」

 真ん中のカシスオレンジの女だ。ポニーテールで、黒いドレス。ちゃんと食べているのか心配になるほど細い。どうでもいいが、苗字を言わないのがルールなのか? 俺一人だけバカみたいじゃないか。

 最後の一人、俺の前に座っている、スクリュードライバーを頼んだ女に皆の視線が集まった。さっきのウェーブの髪の女だった。白いワンピースにベージュのカーディガンを着ている。

「……?」

 何だ? 何も言わずに俺を、見ている。しかし好意的な視線ではない。完全に睨んでいる。

 こういう場では普通の男は淡い期待を抱いたり、淡くない期待を抱いたりするものなんだろうが、俺はそれどころではなかった。落ち着かない。早く終わって欲しい。それが態度に出てしまったのだろうか? だからこの女は睨んでいる、とか? 私といて帰りたいなんていい度胸ね、的な。

 三人とも困ったことに美人だった。真崎の手腕には感服する。だが、これは俺の勝手な印象だが、皆とっつきにくそうなタイプだと思った。自分が美人であることを自覚しているタイプ。男は自分を楽しませてナンボ。そういうタイプだ。であればすまないが、今日この場で俺にできることは黙ってビールをあけていく以外に何も無いだろう。

 この感覚は……ああ、あれだ、久しぶりに帰った実家で無口で人見知りな親戚の子供を前にして、どう話しかけていいかわからずお茶をおかわりしまくった、あの時と同じだ。俺は何も進歩していない。

「ちょっと……どしたのアンタ?」

 レモンサワーを頼んだ女……えーと、エミコちゃんの声で思考が中断された。

 自己紹介をしようともせず俺を睨み続けるスクリュードライバー女に、皆の視線が集まっていた。

「あの……」

 ふいに、話しかけられた。俺だ。身構える。

「は、はい」

 俺は、完全に油断していた。

「何してるんですか? 荘司さん」

 ……。

 ……。

 ……。

 その時になってようやく気づいたのである。

「玲子じゃん」


 *


 玲子。斑鳩玲子と会ったのは、つい三ヶ月前くらいのことである。詳しく話すとややこしいので簡単に話すと、ぶらり一人旅の途中、とある田舎で出会った女の子だ。当時はまだ高校卒業前だった筈だ。

 彼女は入院中だった。交通事故で意識不明だったのだ。そして、事故のあと実に三週間に渡って意識不明だった彼女と俺が出会ったのは、山の中だった。

 正確には、俺が出くわしたのは彼女の魂、つまり幽霊だった。生霊と言うべきかもしれない。とにかく、俺と出会ったその日、彼女は自分の身体へと戻り、目を覚ました。

 病院で俺は彼女とまた再会することを約束した。玲子が携帯電話を持っておらず、俺の携帯電話の充電も切れていた。

 しかし、だからと言って、玲子の家の電話番号を紙にメモしただけだったのがまずかった。東京へ戻った俺は失敗に気がついた。


 そのメモを無くしたのである。


 そして俺は玲子のいる病院の名前が思い出せないことにも気がついた。

 連絡を取る方法がない。そう短絡的に思い込んでしまった俺は、休みが取れ次第もう一度あの海辺のあたりへ行って、記憶を頼りに病院を尋ねて回ることにした。

 ところが、二週間後に目的の病院に辿りついた時、既に玲子は退院してしまっていた。

 その時の俺が慌てすぎていたのがまずかったのか、病院側は俺をストーカーか何かと勘違いしたようだった。友人であるといくら説明しても、病院は玲子の家の住所も番号も教えてくれなかった。あるいはそういう情報は漏らせない決まりでもあるのかもしれないが。

 そして俺は……諦めた。


 *


「合コン、ですよね、これ」

「まあ待て、落ち着け」

「荘司さん、私、来たんですよ」

「あ、ああ……ようこそ東京へ」

 歓迎ありがとうございます、と玲子は全く笑顔を見せずに言った。

「私、ずっと待ってたんですよ、病院で。電話を」

「いやあの、メモ無くしちゃってな」

「なんで無くすんですか!」

「す、すまんとしか言いようがない」

「でも病院に問い合わせてくれれば良かったじゃないですか」

「そのな、どこの病院か忘れちまってだな」

「なんで忘れるんですか。どうして忘れられるんですか」

「いや、ちゃんと探したんだぜ? わざわざもっかいあのあたり行って、病院をかたっぱしから尋ねてさ」

「来てくれませんでしたよね」

「……だってお前、すぐ退院しちゃうんだもん」

「一週間はいました!」

「二週間後に行った時にはいなかったよ」

「下手な言い訳です! どうして二週間もかかるんですか?」

「いや、なかなか都合がつかなくて……。病院も連絡先教えてくれないし」

「わ、私があの時どんだけ落ち込んだか……」

 その時、おずおずと声をかけた人がいた。

「ちょ、ちょっとお二人さん……取り込み中?」

 エミコちゃんだ。

 ふと横を見ると、フミヒロも、真崎も、怖い顔をしている。

「おい、荘司お前……、知り合いか? どういう関係だよ」

 俺は頭をかいた。参ったな……。説明のしようもない。

「前に海で会ったんだよ」

「ナンパかよ」

 呆れたように真崎が言った。いや、違う……と言いたかったが、じゃあ何なのかと言われるとよくわからない。

「こんな人知りません!」

 玲子はスクリユードライバーのグラスを手に取ると、止める間もなく一気に飲み干した。

 カンッと音を立ててグラスがテーブルに着地する。

「斑鳩玲子です。よろしくお願いします!」

 玲子は俺を睨んだまま、皆に自己紹介した。

「ちょっと……ルーちゃん、だ、だいじょぶ? なんか、そっちの彼……えーと、三沢さん、だっけ? と何かあったの?」

 ルーちゃんというのは玲子のことらしい。

「無い!」

 こええよ。エミコちゃん、ちょっと怯えてんじゃん。

「ま……まあまあ、玲子ちゃんもさ、落ち着いて。ほら、今日は盛り上がろう、な?」

 真崎がフォローした。

 しかしもはや、玲子の放つ怒りの波動によって場は完全に凍てついていた。導かれし者たちの中にこんな魔神がいただなんて。うっかり魔神の眠りを妨げてしまい完全にパーティのお荷物になってしまった俺は、隣のフミヒロと真崎に目で謝った。

 今日の合コンは大失敗だ、と隣のフミヒロの顔には書いてあった。


 *


 しかし三十分後。

 思いがけず、合コンはいいムードになっていた。

 玲子が寝てしまったからだ。

 そして俺は一人大人しく、ウーロン茶を飲んでいた。

 玲子はスクリュードライバーの後、皆が止めるのも聞かずに次々頼む酒をあっという間に空にしていった。バーボン、テキーラと、強力な魔法を連発し、平和だった合コンは完全に大魔神玲子の魔力によって壊滅状態に追い込まれた。

 しかし大魔神玲子はあっさり酒の力に負けて眠りについた。こうして、世界に、もとい合コンに平和が訪れることになる。魔神に荒らされた世界を人類は急速に復興させていった。真崎は持ち前のセンスで笑いを取り、フミヒロは若さで勢いに任せておどけ、盛り上げる。エミコちゃんはノリが良かったし、ヒロミちゃんも物静かに見えて案外話好きで、四人は意気投合。

 今日の合コンは大成功だ、と隣のフミヒロの顔には書いてあった。

 俺は四人の輪に入ろうとはしなかった。魔神を目覚めさせてしまった張本人でもあるし、二対二で盛り上がっているのなら邪魔になるだけだ。


「それにしても……良かったな」


 俺はしみじみとつぶやいた。

 玲子が元気になり、こうして都会の大学に通っている。俺はそれだけで、本当に嬉しかった。

 言い訳にしかならないが、この三ヶ月、玲子を忘れていた訳ではない。会ったのは短い間、たった一晩の事だったが、俺はこんな面白い女はいないと思ったし、尊敬もした。玲子の努力には……感動さえ覚えたのだ。今こうして、東京に出てくることができているのはひとえに玲子の頑張りによるものだ。俺はそれを知っている。

「あれから大学を受けて……受かったのか。よく間に合ったな」

 確か、俺と出会ったのが2月の頭のほうだった。それから一週間で退院したとしても、ギリギリだっただろう。

「無理……したんだろうな。あいつ、頑張るからな」

 俺は目の前の席で突っ伏して寝ている玲子の頭を撫でてやった。

「悪かったな。こんな形での再会で……」

 そうだよな、合コンの席で再会なんて……軽薄すぎるよな。お嬢様育ちのこいつからしてみりゃ、軽蔑の対象だろう。

 ……。

 …………んー? 待てよ……。

 ……。

「って、人のこと言えるか。お前も来てんじゃねーか」

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