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後部座席を見てみれば  作者: 牛髑髏タウン
後部座席を見てみれば
2/12

「で、やっぱり後部座席なんだな、アンタ」

「ええ、まあ……。その、実は直接よりも鏡越しのほうが姿を見せるのが楽なんです」

「そういうもんか?」

「霊ってそういうものなんですよ」

 そういうことにしておく。

「……。なら後部座席のほうがいいか。隣じゃあミラーごしだと目しか見られないしな」

「ごめんなさい……。しばらく近くにいればあなたも霊感体質になってきて、直接姿を見せられるようになりますよ」

「まあ無理はすんなよ」

「お気遣いありがとうございます」

 たしかに我ながら何の気遣いなのかよくわからないが。

「それにしても色々とややこしい仕組みがあるんだな、幽霊ってのは」

「しばらくこの状態でいますので……。だいぶ詳しくなりました」

「へえ……」

「あの、聞かないんですか? 私のこと」

「そういや名前も聞いてなかったな」

「名前は、斑鳩玲子です」

「玲子さんか。幽霊だけに?」

「……いえ、あの生前から玲子ですから」

「はっはっは。冗談だよ。幽霊経験はどのくらいになるんだ?」

「ゆ、幽霊経験……? え、いえ、まだ三週間くらいですけど」

「三週間で、まだ、なのか。幽霊道は案外長いんだな。幽霊になってからずっとこの山の中か? 寂しくないか?」

「寂しいです。ここ、車が滅多に通らなくて……」

「そうだよなぁ。俺も、今晩もう五時間くらい走ってるけど、ほとんどすれ違わないもん」

「おかげで全然進まなかったんですよ」

「進まない? ああ、このヒッチハイクのことか」

「ヒッチハイクっていうか、勝手に乗ってるんですけど。でもこんなに長いこと同じ車に乗っていられたのは初めてです。今日は今までにないくらい進めてます」

 なんだか嬉しそうだった。こっちも悪い気はしない。

「良かったじゃないか。……どこへ行きたいんだ?」

「山を降りたいんです」

「地縛霊とかじゃないんだな。どこへでも行けるのか」

「行けるんですが、車に憑くっていうか……車に乗らないと移動できないんです。相性のいい車を見つけるのに苦労してます」

「相性? もしかしてあんた、国産車って生理的に受け付けないのぉ、みたいなタイプか?」

 昔、そういう女がいたんだよ。

「い、いえ、そういう好き嫌いの話じゃなくて……波長のあう車っていうか何ていうか……」

「よくわからんな。そんなに相性のいい車が少ないのか?」

「何日かに一台くらいです……。それに、乗っていられるのも運転手の人に気づかれるまでですし……」

「なんで?」

「気づいた人は慌てて車を止めちゃいますから」

 そして彼女は、みんなすぐ気づいちゃうんですよね、と呟いた。

「俺もすぐ気づいたしな」

 彼女はちょっと呆れた顔をした。

「よく言います。……三十分以上気付かなかったくせに……。新記録ですよ? ……でもまあたしかに、あなたみたいに気づいても慌てずに運転し続けてくれる人は初めてです。大体、まともに運転できなくて、そのまま乗り続けてると事故にもなったりして危ないですし……」

「やさしいんだな」

 俺は素直に感心した。自分なら運転手が危なかろうが手段を選ばず行ける限り行こうとするかもしれんなと思う。

「そ、そんなことありません……。普通です。幽霊なんかになってみるとわかるんですよ。こんな寂しい思い、他の誰かにもして欲しいなんて思いません」

「そうか……」

 少し自分が恥ずかしくなる。

「まあ、だったら今日は乗ってけよ」

「そ、そんな……山を下りるまでかなり距離ありますよ?」

「どうせ元からそのつもりだ。夜通しドライブのつもりだったんだよ」

「ではお言葉に甘えまして……。そういえば、名前聞いてもよろしいですか?」

「三沢荘司だ。荘司でいいぜ」

「では荘司さんとお呼びします。荘司さんはどちらへ向かわれるんですか?」

「山をこえて、あとは考えてない。まあ気の向くままに走り続けてみるのもいいし、東京に帰ってもいい」

「そうなんですか? 突然ですけど、彼女はいらっしゃらないんですか?」

 本当に突然だった。

「いないよ。いるように見えるか?」

「さあ、見えるとも見えないとも……。私、恋愛経験が全然ないのでその辺はよくわかりません」

「まあ、アンタから見て魅力的か、という判断でいいぞ」

「それ、プロポーズですか?」

 ……。

「いや、悪いけど全然違うな。なるほどアンタ、もう少し男性経験を積んだほうがよさそうだな」

「そ、そうですかぁ……」

「ああ、まあがっかりするなよ。アンタ、美人だからモテると思うぜ。……もう手遅れでなけりゃ、だけど」

「手遅れじゃないですかね」

「かもしれん。まあ、幽霊だしなあ」

 いや待てよ。

「幽霊の男を探して恋人にするのはどうだ?」

「えーっ。一応、私、恋をするならちゃんと生きてる、元気のある人がいいんですけど」

「贅沢を言うなよ」

「死人同士連れ添ったところで未来がありません」

「死んでもお前を守る! いやアンタ最初から死んでるやん、みたいな夫婦漫才をやればいいじゃないか」

「バカにしてませんか?」

「してないよ。病める時も健やかなる時も愛することを誓いますか? どっちも金輪際無いけどな! みたいな漫才もできるな、とか思ってないよ」

 玲子はうなだれた。

「酷い……。せっかくいい男を捕まえたと思ったのに」

 そのセリフに俺は頭をかいた。

「おいおい、俺は確かにいい男だが、道連れにしてやるとかやめてくれよな?」

「あ、いえ、そういういい男ってことじゃなくて……。都合のいい男って意味です……」

「そうかそうか、あんたもいい性格してるよ」

 俺は思わぬ旅の道連れを得たことを喜んだ。二人でにぎやかに、しばらく延々と細い山道を飛ばした。

 また音楽を大音量でかけたりそれにあわせて大声で歌ったりした。

「あ、私、広瀬香美、結構得意ですよ、そういえば」

「え、マジ? 早く言えよ。カモン。歌いなよ。かけるからさ今」

 俺は画面を操作する。

「運転中にいじると危ないですよ?」

「大丈夫大丈夫」

 心配性の幽霊だ。

 得意と言うだけあって、彼女の歌はうまかった。広瀬香美の高音を見事に歌い切る。しかも、喋ってる時のオドオドした感じとは打って変わって、ノリノリだった。そのギャップが楽しくて、テンションが上がる俺。

「なんだよ、うまいじゃん。つーか、お前喋る時より声高いのな」

「え、ええまあ……。広瀬香美さんのファ、ファンを敵に回しませんでした?」

 そう言って俺の顔色を伺う彼女。

「ああ、回してない回してない。うまいってば。しかしやっぱり女に生まれた奴が羨ましいなぁ。俺も高音が出せるようになりたいよ」

「裏声とか出せないんですか?」

「お前が最初に聞いてたあれが、俺が練習中の裏声だ」

「あ、あれですか……」

「お前は、音程が怪しい、と言ってくれたが…………むしろお世辞だよな」

「ええ……実は……。はい、怪しいは控えめすぎでした」

「ああ、あれは怪しいじゃない、まるで完全に違っていた。明白すぎる。現行犯逮捕だ」

「……そこまで貶めなくても……」

「あのなあ、今だから言い訳するが、お前、あの歌は一人しかいないっていう前提あればこそなんだよ。誰かが聞いてたらダメなんだよ。それをなんだお前、幽霊なのをいいことに勝手に潜り込みやがって。大体お前、シート汚したりしてねえだろうな。怪談とかで聞くぞ? 女がいた場所がびしょびしょに濡れてました、とか。アレは何なんだ? お茶でもこぼしてるのか?」

「そ、そんなわけないじゃないですか。知りませんよ。私はシート汚したりしません!」

「ならいいけど……。あれはなんで濡れてるんだ?」

「雨とか……でしょうか? 幽霊は雨が降ってる時も傘もさせませんから……」

 タクシーかよ。

「そんな濡れてたら乗車拒否されるぞ?」

「で、できるもんならやってみてくださいよぅ……」

「全くだ。できるもんならやってみたほうが面白いな」

 その後、彼女にひと通りアルバムの全曲を歌わせた。

「いいね……うまい奴の歌を聞くのは」

「あ、ありがとうございます」

「いやあ素晴らしかった。久々に人の歌を聞いて感動したなぁ」

「そ、そんなに良かったですか? そんなに褒めても何も出ませんよ」

「何も出ない、なんてまた古い言い回しだなあ。今どき誰も言わんぞ。あんた実は凄い年いってるんじゃないのか」

「え、そ、そんなことありませんよ」

「何歳?」

「女性に年を聞くなと言いたいところですが十八歳です」

「若いな。俺は二十四だ……。だが俺の生きてる時代の日本では既に死語なんだ。つまりアンタは……本当は三週間前じゃなくて三十年前くらいに死んでるんじゃないか? その頃の日本ではまだ使われてた言い方かもしれない」

「嘘ですよぅ。私が物知らずだと思って馬鹿にしてるでしょう。少なくとも三週間前まではみんな使ってましたよ」

「じゃあ、この三週間でその言い回しはすっかり死語になったんだ。ナウなヤングは誰も使ってない」

「……え? ナウなヤングって何ですか?」

 ……。

「……いや、俺が悪かった」

「え? あの、どういう意味なんですか? 私、その言葉を知らなくって」

「俺が悪かった」

「教えてください。それはいったいどういう意味の……」

「……いや、ツッコミを期待してたんだが……。まさか知らない、とはな……」

 だが、ルームミラーを見ると彼女はいたずらっぽく笑っていた。

「そうだろうと思いまして」

「このやろう」

 それからしばらくバカ話をして、なんとなく黙った。静寂。道には街灯さえない。

「なんか、暗い道が続きますね」

 幽霊がポツリと言った。

「そうだな……。ちょうど県境くらいか。こっちのほうに来るのは初めてか?」

「そうですね……」

「少し休憩するか」

 道路脇のスペースに車を止めた。寒かったが、エンジンを切った車の外へ出て、車体によりかかって空を見上げた。

「なんだ、山奥なのに、やっぱプラネタリウム程には見えないもんだなあ」

「雲があるんですよ」

 声がしてから隣に彼女が立ったのがわかった。姿はまだ、見えない。

「霊感ってやつはまだついてないみたいだな」

「残念です」

「そうか……」

 目を谷のほうへ向ける。

「ダメだな。こう暗いと何があるのか……どこまでが山でどこからが空かもわからん。面白くないな」

「目が慣れてないだけですよ」

「そうかもしれんがな……。だが夜景のすばらしさはやっぱり都会には敵わないな」

「そうなんですか」

 そう言って彼女が、下を向いた。

「……東京、行ってみたかったな」

「行ったことないのか」

「ないです。ずっと……」

 そう言って彼女は来た道のほうを見やった。

「あっちの山むこうの小さな町で育ちました。高校までずっと家から通えるところでした。ほんとに……あそこから出たことが無くて」

「田舎者だな」

 彼女は笑った。

「酷い」

「方言は無いみたいだな」

「ええ、父も母も育ちは東京で、こっちへ移っても言葉が変わらなかったものですから……私も」

「そうか」

 俺たちは車に戻った。

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