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後部座席を見てみれば  作者: 牛髑髏タウン
玄関の戸を開けてみれば
11/12

「あの……どこへ行くんですか?」

 私は運転席の荘司さんに尋ねた。

 荘司さんは電話を終えた後、マンションの駐車場に停めてあった車の助手席に私を乗せて、発進させた。

「天神先生のところだ」

 私が初めて聞く名前だった。

「てんじん……先生? 私、知ってる人ですか?」

「知らない人だ」

「どんな人ですか?」

「まあ……会えばわかる」

 先生……という呼び方からして、荘司さんより年上なのかな。

 どうも荘司さんはそれ以上説明してくれそうも無かったので、私は話題を変えた。

「この車、あの時の車ですよね」

「あの時?」

「私と会った時ですよ。ほら、あの山道で」

「ああそうだよ。そりゃ、俺の車はこれしかないしな」

 私は後ろを振り向く。私が初めに乗った後部座席。

「シート、綺麗ですよね」

「運転席以外は、まだ乗った奴がいないからな」

 私は自分を指さした。

「私が初めてってことですか? やった」

「残念ながら、お前もまだだろうが」

 一瞬後、言われた意味がわかって口をとがらせる。

「身体は乗ってなくても、心は乗ってます」

 ……むっ。鼻で笑われた。

「シートベルトもできない癖に」

 私はむくれる。そりゃ、そうなんだけど。

「必要ないですもん」

「あっ」

 急に荘司さんが声をあげた。慌てている。

「お前、カラオケボックスで幽霊のままフラついてた時に言ってたよな。身体から離れすぎるとだんだん薄くなるとか」

 あ、それか。荘司さんは私がこうやって車で移動して大丈夫なのか心配してるみたいだ。私は首を振った。

「たぶん……アレは、身体から離れすぎたからって言うよりも、いよいよ危なかったからなんじゃないかっていう気がするんです」

「どうしてだ」

「だって、さっきまで私、駅までの道を往復したりしてたんですよ? 身体がその道のどこかにあったとしても、数百メートルは離れてたんです。カラオケボックスのビル内で離れすぎだったなら、今夜は既にアウトの筈です」

「ふむ……なるほど」

 荘司さんはしかし笑顔にはならなかった。

「だとすると、やはり時間のほうが問題か」

「時間……ですか?」

「ああ。もう夜七時だ。俺が最初に帰宅したのが夜六時だから、お前が身体から出ちまってから、一時間経っちまってる。あの合コンの時の飲み過ぎてから死にかけるまでの時間からすると、まだ七時間かそこらは大丈夫かもしれんが、いずれにせよ今晩中に見つけないと……」

 言われて、私はようやくグズグズしてる場合じゃないって実感がわいてきた。なんでそんなことにも気が回らなかったんだろう私。

 急に不安が襲ってきた。

 どうしよう。どうしよう。

「そ、荘司さん……わ、私……」

「お、おい、落ち着け。不安にするようなことを言って悪かった。本音を言えば、あの夜は普通に飲み過ぎで危なかっただけなんじゃないかと俺は思ってるんだ。この幽体離脱が原因じゃない」

「……ど、どうしてそんなこと言えるんですか」

 あの夜。荘司さんの言うとおりなら、本当に呼吸が止まって死にかけていたらしい。やっぱり、私が身体に戻ったら回復したことから考えると、身体から出て行っちゃってるのが原因なんじゃないかって気がする。

「幽体離脱が原因なら、出ていった瞬間から危なかった筈だ。どうして何時間も経ってから危なくなるんだ? すぐに呼吸が止まり、心臓も活動をやめてもおかしくないだろ?」

「……そうかもしれませんけど」

「今思うとお前のアレは、急性アルコール中毒の症状だったんだよ。回復したのは俺の……処置のおかげか、たまたまか。お前が身体に戻ったタイミングは偶然重なっただけだろ」

 処置、という単語に私は顔が赤くなる。

「でも……だとしても何時間も経ってから危なくなるなんて変じゃないですか?」

「知らんよ。肝臓がしばらくの間は持ちこたえてたけど、ついに限界を迎えたってことじゃないのか?」

 ……私は反論はしなかった。腑に落ちないけれど、確かに急性アルコール中毒を起こしてもおかしくないほど飲んでしまっていたのは事実だ。

 荘司さんが苦笑した。

「しかしアレは本当にゾッとしたんだぜ」

「す、すいません……」

 あの時の、二度とアルコールを口にしないという私の誓いは、まだ守られていた。

「まったく、勘弁してくれよ。お前が死んだら俺は殺人犯だ」

「そんな。私が勝手に飲んだんです。強要された訳じゃないですよ?」

「事後に俺がそれを言っても言い訳にしか聞こえないよ。死人に口なしだ」

「死人に口なしですか……。なんか使い方が間違ってる気がしますけど」


 *


 そうこう話しているうちに、到着した。

 幹線道路からそれてずいぶん走った場所で、周りには民家が無い寂しいところだった。道を折れて車は門の内側へと進み、駐車場に停まった。

「ここだ」

「ここですか……」

 ぱっと見た印象は、巨大な立方体だなぁ、だった。

 小学校のグラウンドが何個か入りそうなとにかく広い敷地の中、ぽつんと建物が建っていた。縦横高さが同じくらいの長さに見える、五階建ての建物だった。

 コンクリート打ちっぱなしの無愛想な外壁。何かの研究所だろうか。

「荘司さん、ここで働いてるんですか?」

 駐車場から建物の入り口まで歩いて行く荘司さんに声をかけながらついていく。

「いや、そういう訳じゃない」

 違った。

「ここは研究所とかですか?」

「違う」

 また違った。

「ここ、何ですか?」

「占いの館」

 まったく予想外の言葉が飛び出した。

「うらない……? うらないって、あの占いですか? 水晶を使ったり、タロットカードを使ったり、大量の竹の棒を使ったりする」

「そうだ。その占いだ。水晶をピッチャーが投げて、それを竹の棒でバッターが打ち返し、野手がタロットカードでキャッチする」

「……ちょっと私の想像とは違ったみたいです」

 荘司さんも別にその手の占いに傾倒してる訳じゃないらしい。私は占いの類はどうも宗教めいたものを感じてしまって、あんまり好きじゃなかった。

 荘司さんはずんずん進んでいく。建物の周りは芝生だった。手入れはされているようだが、いかんせん見上げた建物に灯りが灯っていないので廃墟か何かに見える。正直、怖いのだけれど、入り口を開けて荘司さんは入っていく。

 私は入り口横の壁に嵌めこまれている看板の文字を見た。非常灯のおかげで何とか読める。そこには「岸本コンサルティング」の文字が踊っていた。いや……「踊っている」とは程遠い、整列して敬礼している感じの、かっちりした字体だった。私は緊張する。

「コンサルティング……全然占いの館じゃないじゃないですか」

 私が言うと、荘司さんは振り向いて言った。

「コンサルティングも占いも本質は一緒だろ。クライアントの悩みを聴きだして、解決に導く」

 コンサルティングってそういう意味なんだ。

「占いはちょっと違うんじゃないですか? 未来を当てるとかですよ」

 荘司さんは首をすくめた。

「いいや違うね。誰も未来なんか当てることは求めてない。お客が求めてるのは確実に訪れる不幸な未来じゃない。不確実でも幸せな未来だ。当てたって意味ないんだよ。望む未来に近づく方法が知りたいだけだ」

 そうかもしれない。それならコンサルティングも占いも目的は近いのかもしれない。でも。

「それはそうかもしれませんけど……コンサルティングと占いじゃあ手法が全然違うんじゃ……」

「客が満足しさえすれば手法なんか何でもいいんだよ。コンサルティングも占いも」

 そう言いながら、振り向いて建物に入っていく荘司さん。ところどころに非常灯が点いているだけの薄暗い廊下をずんずん歩いて行く。

「あのもう一度聞きますけど、ここ、荘司さんの職場って訳じゃないんですよね?」

「ああ、違う。俺は前に客として来たことがあるだけだ」

「黙って入って大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ」

「あの、その天神先生……でしたっけ。私の身体探しに協力してもらえる人がいるってことなんですよね?」

 イエス、と言って階段を上がっていく荘司さん。

「誰もいないみたいですけど」

「まあ営業時間外だからな。でも天神先生は今いらっしゃるそうだ。電話で確認した」

 私はさっきから、入っちゃいけないところに忍び込んでいる気がして落ち着かなかった。

「受付とか無いんですか?」

「無いよ。客がここに来ることはほとんど無いからな。普通はクライアントのほうへ出向く」

「でも警備もいないなんて無用心ですよ」

「確かにそうかもしれないな」

 そうこう話すうちに荘司さんは歩みを止めた。二階の一番奥の扉の前に私たちは立っていた。

「ここだよ」

「ほ、ホントにいるんですか? 結局私たち、この建物に入ってから誰にも会ってませんけど」

「先生以外は帰ったんだろ。先生は俺達を待っててくれてるんだ。さ、入るぞ」

 このドアの向こうに天神先生という人がいる。

 私が心の準備をする間もなく、荘司さんが二回、ノックをした。

「先生、遅くなりました、三沢です」

 少し大きな声で、ドアの向こうに声をかける荘司さん。

「…………どうぞ」

 ドアの向こうから、声がした。

「え、女性……?」

 声が女性だったので意外に思う。

 私は荘司さんの後に続いて部屋の中に入った。

 荘司さんの背中に隠れるようにして部屋を見渡した。十畳くらいの部屋。入って左側にオフィス机。右側にはソファが向かい合わせに置かれている応接スペースらしき空間。そこに……その人はいた。

「こちらへどうぞ。三沢くん」

 先生と呼んでいたからてっきり荘司さんよりもかなり年上の男の人をイメージしていた私の予想は外れた。天神先生は、荘司さんと同じくらいか少し上くらいの、女の人だった。束ねた髪を脇から肩に垂らしている。整えられた前髪と、花の髪飾りが上品だった。

 私は直感する。


 この人が……荘司さんが好きだった人だ。


 *


 私は一瞬で頭に昇った血を降ろそうと、荘司さんにバレないように深呼吸をする。

 荘司さんは言っていた。初めて会った山道で。なぜ旅に出たのかという私の問いに、失恋だと。そのことは忘れていたつもりだったけど、心のどこかに引っかかっていた。それが今はっきりわかった。

 あれはこの人の、天神先生のことだったんだ。

 最悪な日だ、と思った。来なければ良かった。

 荘司さんはどうも夜遅くにすみませんと言って、先生の向かいのソファに腰掛けた。テーブルごしに向かい合う。

「あの……はじめまして」

 私はそう言って頭を下げ、荘司さんの隣に腰掛けた。

 言ってから、聞こえないんだと気がつく。私は今、魂だけなんだ。霊感のある人にしか姿は見えず声も聞こえない。天神先生は私に気づく様子はない。

 荘司さんが一瞬こっちを見てから、また先生のほうを見た。

「今日は何の御用?」

「友人にトラブルがありました。幽体離脱と言いますか、体から魂が抜け出てしまったんです」

 荘司さんの口調がやけに丁寧なのが気に入らなかった。私にはそんな話し方したことないくせに。

「ということは今横にいらっしゃるのはその方ね?」

 先生の言葉に私は思わず顔を上げ、荘司さんのほうを見たままの天神先生をじっと見つめてしまった。

 驚いた。荘司さんが単刀直入すぎる説明をしたことにも驚いていたけれど、天神先生に私が見えているのにはもっと驚いた。そしてそれ以上に、全く面食らう様子もなく幽体離脱なんて話を受け入れてしまったことにも。普通、信じるだろうか。もしかして、幽霊関係が専門の人なんだろうか。

「はい。なんだ先生、見えているんですね。声は聞こえてますか? 彼女、斑鳩玲子と言います」

 荘司さんの言葉に、天神先生は首を横に振る。

「いいえ。見えていないわ」

 でもその言葉と次の台詞は矛盾していた。

「はじめまして、天神美弥子です。よろしくね、玲子さん」

 天神先生は、私のほうを向いてそう言い、微笑んだのだった。

「あ、は、はい、よろしくお願いします……」

 答えてしまってから、私は混乱する。今、いいえって言った。この人、私のことが見えてるの? 見えてないの?

「え。ちょっと待ってください先生。玲子のこと、見えてる訳じゃないんですか?」

 荘司さんが私の代わりに尋ねる。

「見えてもいないし、声も聞こえないわ。残念だけれど。三沢君の視線でどっちにいらっしゃるのかわかるだけ」

 天神先生は……私を見たまま、そう答えた。見えていない? 聞こえていない? とてもそういう態度には見えない。どう見ても先生は私を認識しているとしか……。狼狽えているうちに、先生は視線を外して荘司さんに目を戻した。

「三沢君、玲子さんの言っていることが私には直接聞こえていないから、通訳をお願いね」

 私は先生が三沢さんではなく三沢君と呼んでいることが今更気にかかる。

「あ、はい。えーと玲子、先生に何か聞きたいことがあるか?」

 荘司さんは私のほうを見た。私も荘司さんを見て、先生を見て、先生がまた私を見ているのに気がついて、そして混乱した後に、やっとこさ答えた。

「先生、荘司さんとはどんな関係なんですか?」

 あれ、私急に何言ってるんだろう。

 しかもそれは先生に直接ではなく荘司さん経由で伝わるのだ。そう気がついて慌てる。取り消そうとする前に、荘司さんは呆れたように言った。

「あのな……。さっき言ったろ、客として来たことがある。それだけだよ」

 案の定、荘司さんは先生に尋ねはしなかった。

 なのに。

 先生は薄く笑って。


「三沢君、それで答えとして十分なの?」

 そう、言った。


「え? 先生、私の言葉が聞こえてるんですか?」

「え? 先生、どういう意味ですか?」

 私と荘司さんは同時に違う言葉を返す。私の質問は聞こえていない。でも先生は荘司さんの質問にも答えなかった。

「三沢君……玲子さんのトラブルを聞かせて貰える?」

 荘司さんはちょっと黙って、それから気を取り直したように咳払いして、話を始めた。質問の答えは求めないことにしたようだ。

 荘司さんは私との出会いの時のことは話さず、今日の出来事だけを話した。夕刻、駅からマンションへの道を尾行して往復した間、おそらくはマンションの前の通りにあるベンチに座った時に、身体から魂が抜けてしまったと思われること。抜けたことに駅で気づいてから戻った時にはもう無かったこと。荘司さんが帰宅するのを部屋で待って、一緒にもう一度探したこと。付近で救急車が呼ばれた等の騒ぎは何もなかったこと。

「前にもこういうことは?」

 先生の言葉に、荘司さんは(それが合コンだったということは伏せて)、前に飲み過ぎた時に私に起きた危機についても話した。

「あの事態は酒によるものだと思いますが、魂が出てることで危険があるなら一刻を争うと思ったんです。いや、幽体離脱に関係なくとも、誘拐の可能性もある訳で……。つまり、玲子の身体を今晩中に見つけて欲しいというのが、依頼です」

「わかりました」

 先生は立ち上がった。それから机のほうに歩きながら荘司さんに言った。

「捜索願いは?」

「まだです」

「玲子さんの番号は?」

「携帯電話ですか?」

「そう」

「玲子、携帯電話の番号を教えてくれ」

 荘司さんは私のほうを見た。

 私はポケットに手をやってから、舌打ちをした。

「……え、えと、本体のほうが持ってます」

「番号覚えてるだろ」

「お、覚えてないんです」

「何? なんで」

「だって買ったばっかで……。覚えなくても困らなかったし」

「……ちっ。先生、その……」

「わからないのね?」

「……はい」

「貴方は知らないの?」

 不思議そうな先生。

「いえ、その……はい」

 バツが悪そうな荘司さん。

「す、すみません……」

 小さくなる私。

「まあいいわ。それならそれもこっちで調べるから。そのほうが早い」

「あの、先生、やっぱり誘拐ですか」

「可能性は低いでしょうけど。こっちの捜索チームにも依頼を出しておきます。携帯電話の探知だけでも意味はあるわ」

 先生は机上の電話を取り、どこかへ電話し始めた。

 私は荘司さんに聞く。

「あの、携帯電話の場所ってどうやってわかるんですか」

「俺も詳しくは知らないけど、電話会社で取っている通信記録から、大体どのエリアで通信したかわかるんだよ。携帯電話の充電さえ切れてなけりゃ常に何かしら通信してるからな」

「え、そんなの、問い合わせて教えてもらえるものなんですか?」

 思い切り個人情報というかプライバシーの侵害ど真ん中だと思うんだけど。

「普通はダメだろう。この会社の力なのか天神先生の力なのかわからないけど、なんか特別なんだよ。もしかしたら法に触れてるのかもしれない」

「え。……もしかしてここ、やばい会社なんですか」

「んー。そういえば深く考えたことはなかったけど、あんまり敵には回さないほうがいいかもしれないなぁ」

 荘司さんはのん気だった。

 いや、考えてみればのん気なのは私だ。先生やこの会社は信用できるとしても、世の中には私の知らない裏の世界があるってこと。誘拐されてるんだとしたら、私の身体が無事な保証なんかない。私が身体に戻れるかどうかだけの問題じゃないんだ。

「あの、荘司さん。今更ですけど、ゆ、悠長じゃないですか? 警察に連絡したほうがいい気がしてきました」

 声が震えてしまう。

「落ち着けって。お前がやめてくれと言ったんだろうが。先生でわからなけりゃ警察にも頼るつもりだが、一番確率の高い探し方が先だ」

「それが悠長だって言うんです! なんで先生には居所がわかるんですか」

「わかるんだよ。先生にはわかるんだ」

 その言葉に私は怒りが湧いてくる。

「荘司さんはなんでそんなにあの人を信じてるんですか!」

「おい、何を怒ってるんだ。お前を助けてくれようって言うのに」

 私は言いそうになってしまった。


 私と会った時に言ってましたよね? 失恋したって! それ、あの人なんでしょう!?


 でも、すんでのところで口に出さずにこらえた。つもりだったけれど、結局口から出てきた言葉は大して変わらなかったかもしれない。

「……荘司さん、なんでここに連れてきたんですか。私に当てつけてるんですか? こんなことするくらいなら、私なんか放っておいて欲しかった」

「……何を言ってるんだ」

「ああいう人がいいんですか? 荘司さんの言う、色気って奴ですか? どうせ私はあんなに胸ないし、ガキですよーだ」

「訳のわからないことを言うな。急になんだ。とにかく取り乱すのは後だ。今は落ち着いて座ってろよ。子供すぎるぞ」

 私は反射的に怒鳴ってしまった。

「こ、こ……子供じゃない!」

「子供だろ。ついこの間まで高校生だった奴が」

 うまく言葉にならなかった。涙が出そうになって慌てて目をこする。

「子供扱いするのは失礼なのじゃない? もう18歳の女性なのでしょう」

 でも意外なところから援護射撃が来た。電話を終えた天神先生が口を挟んだのだ。

 私の言葉を天神先生が代弁した。やっぱり……。絶対この人、私の言葉が聞こえてる。

「先生、玲子の言葉、聞こえてるんですよね?」

 荘司さんもそう思ったみたいだった。

「いいえ。でもだいたいわかりますよ。私は玲子さんにずいぶん嫌われたみたいね」

「せ……先生は悪くありませんよ」

 先生に謝ろうとしていた私は、荘司さんの言葉に血が上ってしまい、再び何も言えなくなってしまう。

 すると先生は言うのだった。

「玲子さんに伝えてもらえる?」

「何をですか? ……僕が言わなくても先生の言葉は玲子に聞こえてますよ」

「三沢君が言うべきだと思うけれど。……ま、いいわ。玲子さん?」

「……」

 私は返事をしなかった。しても意味ないし。

「玲子さん、聞いてる? 私と三沢君の関係が気になるのね?」

 え。私は固まる。ずばり言われるとは思わなかった。何? どういう意味? 荘司さんとの関係? 二人に何が……。終わった関係じゃないってこと?

「何もない……と三沢君は言ったのでしょうけれど」

 先生は大したことを喋っている風でもなく淡々と喋る。

「臆病者には困ったものね」

 ……。

 ……。

 臆病者?

 私は急いでその意味を考える。

 わからない。

 わからなかった。

 わからなかったけれど、私は心が落ち着いていくのを感じていた。

 私は、荘司さんを見た。

 背中を叩いてみる。すり抜けたけど、荘司さんはそれに気がついて私に言う。

「なんだよ」

「何が……失恋、なんですか?」

「……は?」

「先生の言ったこと、聞いてました?」

「え? いや聞いてたけど」

「私、先生に比べれば確かに子供ですね」

「なんだよ、急にどうしたんだお前。いやに落ち着きやがって」

「別に」

 私は前を向いた。先生と目が合う。そんな筈がないのに、先生は私を見ていたし、私も先生を見ていた。

 なるほどね。天神先生って凄い人なのかもしれない。

「私の見たところ……」

 先生は再びこちらに戻ってきてそう言いながら、荘司さんと私の向かいに腰を落とす。

「……二人が出会ったのは三ヶ月くらい前かな?」

 どきりとする。当たっていた。

 荘司さんの口から言葉が漏れる。

「なんでわかるんですか?」


「その頃かな、三沢くんが明るくなった気がする」

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