舞踏会2
ー…アリ、メアリー。
うーん…。誰?
メアリーってば!!
誰? 誰よ、もう!!
メアリーは眠りからいきなり起こされ、がばりと上体を上げる。
ー男の子の声がしたような…。
腹を立てつつ、周りを見れば、メイドのジェリーが顔を覗き込んでくる。
「どうしました、お嬢様?」
年齢的には、ジェリーのほうが少し上で、姉みたいな存在だった。
メアリーは髪をかくと、ジェリーに聞く。
「ジェリー、私を起こした?」
「いいえ。起こさないように、花を変えたりはしましたが…」
テーブルの上には、シュウメイギクが凛と咲いている。
白とピンクで可愛らしい花であり、朝から心が清らかになっていく気がした。
ージェリーじゃないんだ…。じゃあ誰?
自分の名前を知っていて、尚且つ、小さな男の子など覚えがなかった。
腕を組んで「うーん」と唸ると、ジェリーが慌てて聞いてくる。
「私、うるさかったでしょうか?」
「いや、全然。気にしなくていいわよ」
「そうですか…。良かった」
ジェリーが本当に安堵したのが伝わってくる。
首になったら、明日からどうやって暮らそうか、分からない時代だった。
「うーん、分からない!!」
ぼすっと、布団を叩くと、ジェリーが聞いてくる。
「お嬢様、何が分からないんですか?」
「何でもない。こちらの話」
ジェリーに聞かせてもしょうがないので、黙っておくことにする。
ー男の子、男の子…。うーん、身に覚えはないな。
頭の中はメアリーを呼ぶ声を思い出そうとするが、余計、頭が痛くなってくる。
「…やめた、やめた!! あー!! ジェリー、起きるわよ」
「は、はい、お嬢様。ドレスは何色にしますか?」
「そうね…。今日は明るい気分にになりたいから、黄色かしら」
2人はドレスを選び始め、男の子のことなど、忘れていった。
支度が整うと、1階に下りていき、家族に挨拶する。
「ーおはよう、お父様、お母様、それにお兄様」
テーブルについた3人に挨拶すると、視線が集中してくる。
父親はジョージといい、新聞を読んでいる。
母親のエマは食事を待っているようで、椅子に座り、膝の上で手を合わせている。
兄のケントはメイドに水を頼んだらしく、ごくりと飲んでいく。
「ー朝食は…?」
「これからよ。メアリー、座りなさい」
「はい。失礼いたします」
しずしずとドレスを手に持って進むと、ジェリーに椅子をひいてもらい、座る。
間もなく食事が運ばれて来て、パンやサラダなどが、テーブルの上に並んでいく。
メアリーは牛乳を飲むと、母親のエマが聞いてくる。
「今日は体調はよくて?」
「今日は…いまいちです。妙な…その、夢を見て」
「夢? 何の話だ?」
肉を食べながら、ケントが聞いてくる。
2つ上の兄は文武両道で、憧れの存在だった。
仲は良く、困ったことがあると、彼に相談していた。
「それが…言ってもいいのかしら?」
最後は自分に問うことになり、尻つぼみになる。
ケントはフォークとナイフを置くと、口を拭きながら、メアリーに言う。
「何でもいいぞ。俺が頼りになるならな」
「もちろんです!! その…男の子に名前を呼ばれる夢を見て…」
「男の子? 俺の友達か?」
「…うーん、どうなんでしょう? お兄様の友達、お兄様の友達…」
確かに幼い頃、一緒に遊ばせてもらって、ツリーハウスという木の上にある家を隠れ基地にして、皆で遊んだが、その中の1人だろうか。
顔を思い出そうとするのだが、月日が経ち過ぎていて、よく覚えていなかった。
「分かりませんわ。子どもの頃の話なので」
正直に言うと、ケントが「そうか」と淡々と答える。
メアリーは一口、パンをちぎって食べると、咀嚼し、ナイフとフォークを持とうとした。
しかしエマが聞いてくる。
「それで? この前の舞踏会はどうでしたの? メアリー?」
「え…。えっと…」
目を流し、やり過ごそうとしたのだが、ケントが余計なことを言ってくる。
「そうだぞ、メアリー。大事な出会いはあったか?」
「それが、その、あの」
しどろもどろになったのは、舞踏会で出会った男性のことだった。
結局、一曲のつもりが、ニ、三回と踊ることになり、自然と離れていったのだった。
華麗に舞う華達ーお嬢様達は山程いたので、メアリーと手を放すと、あちこちの華達に手をつけていったのだった。
ーこういう場は苦手だって言ったくせに!! 全く、男ったら。
ダン、とテーブルを叩くと、食器が揺れ、皆の視線が集まってくる。
メアリーはまだ怒っており、先日のことをまざまざと思い返す。
ー私の名前を覚えているのだって、気のせいだわ。全く、男ときたら適当に話を合わせるんだから。
結局、名前も知らず、自然と別れたのだった。
別にメアリーが目的だったわけではないと決めつけ、それなら話しかけてくるなと腹の中が怒りで渦を巻いている。
「何かあったのか? その、失敗したとか?」
「私は別に!! ちゃんとしましたわ」
ケントに向かって怒りの矛先を向けるのは、間違っているのだが、メアリーはスープに手をつけると、ふうと息を吐く。
「私、次は行きませんからね。もうたくさんですわ」
「それはいけないわ、メアリー。次も行きなさい」
エマが躊躇なく言い、ケントも加わる。
「そうだぞ、メアリー。そろそろ理想の男性を手に入れないと、女性は年をとっても魅力的だが、若いのはもっと男性を魅了する」
「…そういうものですか、お兄様?」
「そうだ。もっと社交界に行け」
「しかし…」
「ー行け。邸の主の私が言う」
「お父様…」
ジョージはナプキンを膝に乗せると、メアリーに命令してくる。
「次も行け。理想の相手、将来の相手くらい、自分で見つけなさい。それでこそ、価値がある」
「お父様…。でも」
あの空間に1人きりになるのは、うんざりだった。
よほど、家庭教師と問題を解いていたほうが楽である。
「嫌と言ったら…その、どうしますの?」
「駄目だ、行け。もっと社交の場に出ろ。ウィンストン家の娘として」
「…」
メアリーは何だか身体が重くなり、食事の手を止める。
あの場に行くのは苦痛であり、例の男性にも会いたくなかった。
ー何か起こりそうなのよね…。
一波乱ありそうで、難しい顔をする。
するとジェリーが言ってくる。
「お嬢様、お嬢様!! 朝食を召し上がらないと」
「ああ、うん。残したら悪いものね」
食べられない人達もいるのだからと、メアリーは肉を口にする。
領民がいるから食べていけるわけで、食べ物を粗末にするなんてあり得なかった。
使用人達だって、食べるのを我慢しているのかもしれないのだ。
ー小麦がたくさんとれたと聞いたのだけれど…。
主食がないとまずいのだが、無事に収穫できたのなら、安心だった。
最後にデザートのフルーツを口にすると、メアリーは家族に言う。
「次は行きますが、その次は分かりませんわよ」
「駄目よ。若いんだから、色んなところに顔を出さないと」
「俺とお父様で狐狩りに出かけるんだけど、一緒に行くか? 伯爵、子爵、男爵の友達が来るぞ」
「狩り!! いいですわね!!」
手を合わせ、喜んだのだが、ジョージが咳をする。
メアリーは女性ているよりも、男性みたいに走り回ったり、馬で駆けたりと、そのほうが気が楽だった。
「我慢しなさい、メアリー」
「…。はい、お母様」
渋々、言うと、ナプキンを置き、立ち上がる。
「ごちそう様でした。部屋に下がらせてもらいますわ」
「ちょっと待て。友達に合わせてやるから。…あ、来たかな」
玄関が騒がしくなったので、メアリーがケントの後に続くと、友達が10人くらい集まっていた。
「こ、こんなに行かれるのですか、お兄様?」
「まあな。狩りを楽しむのは多いほうがいい」
ケントは仲間に寄ると、何か言ってからメアリーの背を押す。
「妹のメアリーだ。よろしく」
「あ、あの、よろしくお願いいたします」
口々に「よろしく」と言われ、メアリーは視線を落とす。
じろじろ見るのはマナー違反なような気がして、遠慮したのだった。
ーでもお兄様、社交性があるのね。どの御方も負けずに体格がいいし。顔も申し分なさそう。
軽く見回すと、ケントの袖を引っ張る。
「お兄様、私は部屋へ…」
「ああ、また後でな」
「はい」
静かにドレスの裾を掴むと、踵を返し、待っていたジェリーとともに、部屋へ向かう。
ー私も男だったらな…。思いきり走ったり、大声で笑ったりしてみたいものだわ。
階段を上りながら、メアリーはため息をつく。
次の社交界のことを考えると、気が重かった。
ーあの人はいるのかしら…?
ふと男性のことがちらついたが、首を振って打ち消す。
いないほうがいいに決まっている。
「そろそろ家庭教師の先生が来ますわ、お嬢様」
「そう。じゃあ準備しましょうか」
ジェリーと話しながら、メアリーは廊下を歩いて行くのだった。




