表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第2話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/14

日常深層 3.


 深夜二時。


 ネオンの光も届かない、路地裏の湿ったコンクリートを佐竹恭平さたけ きょうへいは這いずるように歩いていた。


 乱れた髪、焦点の合わない瞳。かつて学校で後輩を怯えさせていた傲慢な影はどこにもない。


「……どこだ。どこに、いらっしゃるんですか……」


 一昨日、公園で味わった絶望と恍惚こうこつの余韻が身心からだの奥底で疼く。

 あの「朱い瞳の女神」に踏みつけられた瞬間の記憶が、脳内で無限にリピートされている。


 恐怖? 恋? それとも、これが愛なのだろうか? 

 

 いや……違う。

 

 それは、人生で初めて味わった『魂の充足』だった。

 彼女にひざまずき、蹂躙じゅうりんされること。それだけが、今の佐竹にとっての唯一の真実になってしまったのだ。


「女神様……どうか、もう一度僕を。僕に……罰を……貴方様の御御足おみあしで……」


 その時、ふっと夜の空気が冷たく変わった。


 路地裏のゴミ溜めに、不自然に輝く「鏡の破片」が落ちていた。佐竹が吸い寄せられるようにその破片を覗き込んだ。


 瞬間、湿ったコンクリートの水溜まりが、風もないのに激しく波打ち始めた。呼応するように鏡面も急速に黒く染まり、底なしの闇へと変質していく。


 冷ややかで圧倒的な『闇の気配』が近づいてくる。


「ああ……! 感じます……貴方様の波動を!」


 やがて鏡の中を、漆黒の影が横切った。黒く染まった鏡の中に、確かに佐竹は見た。


「ああ……ああああ! いらっしゃる! そこに……!」


 佐竹が頭上を仰ぎ見る。


 ビルの谷間を一陣の黒い風が駆け抜けていく。常人には見えない。だが、マヤという猛毒に脳を焼かれた佐竹には、残像の中にひるがえる長い黒髪と、冷ややかな一瞥いちべつ


 漆黒をまとって舞う「女神」の幻影が網膜に鮮烈に焼き付いた。


「待って……行かないでください! 僕も、そちら側へ……!」


 佐竹は狂ったように、夜の闇へと駆け出していった。


 恍惚の表情を浮かべて……




   ♢   ♢   ♢




 視界が目まぐるしく上下する。


 コンクリートの壁を蹴り、重力を嘲笑うかのような跳躍。信也の意識は、激流に飲み込まれた小石のように、マヤの支配する肉体の片隅で翻弄されていた。


(うわ、ああああっ! ちょっと、高すぎるっ! 落ちるって!)


「あらあら、もう気が付いてしまいまして?」


(そりゃぁ、気が付きますよ。こんなに体を乱暴に扱っていれば、どんなに寝起きの悪い人だって、一発で起きますって!)


やかましいですわね。少しは黙って景色を楽しみなさいな」


 ビルの屋上のふちに、音もなく着地する。信也の肉体は今、鬼気によって再構築され、しなやかで強靭な「マヤ」の姿へと変貌していた。


 風にたなびく漆黒の髪。夜の闇を射抜く朱い瞳。


 マヤは不機嫌そうに、自分自身の右手を眺めた。闇に浮かび上がる白い指先。だが、彼女の意識には、それが「にごったなまくらやいば」のように見えていた。


 何かが記憶の彼方でチラつく感触を味わう。


「……やはり、足りないわ」


(え……? 何が?)


 信也の問いに、マヤは答えなかった。


 彼女の胸の奥をチリチリと焼く、形のない焦燥。自分は「何者」なのか? なぜわたくしは……なぜ今、こうして「人間(信也)」などという不自由な器を借りているのか。

 

 分らない……かつて自分は何であったのか。 


 血を渇望するような衝動はない。でも「何か」があったはず。その光景、その手応え。それが、どうしても思い出せない。


 一つはっきりしていることがある。


……わたくしは「鬼」である。この鬼気を見れば疑いようもない。

 だが、角はない。しっくりこない。


 断片的ではあるが、わたくしは鬼を斬っていたはず。数多の鬼の返り血を浴びていたような――。


「わたくしを、わたくし足らしめる『核』……。記憶の片隅にある、あの雷光にも似た煌めきの刹那、それさえも霧の向こう……。ああ、忌々しい!」


 苛立ちに任せ、マヤが屋上の貯水タンクに触れた。


グシャッ!


 一瞬。鬼気がぜ、分厚い鋼鉄が「獣に噛みちぎられた」かのように無惨に捻じ曲がった。


(ひっ……! マ、マヤさん、落ち着いて!)


「ふん。小作人の分際で、わたくしに意見なさるの? お黙りなさい! 心を覗こうなどと、身の程を知りなさい」


 マヤはピシャリと冷たく言い放つと、再び夜の街を見下ろした。遠く、路地裏で「駄犬」が自分を呼ぶ声が微かに響いた。


「……ふふ。少し、毒をてすぎましたかしら? まあ、多少の雑音も慣れれば気になりませんわ。……今日は気分が乗りません。少し、人里離れた山へ行きましょうか」


 不敵な笑みを浮かべると身をひるがえし、まことの夜は深淵に溶け込み、山間部の高原を目指し風のように跳んだ。


 背後から、漆黒。闇の風が五方向より迫っていることなど、まだ気づかぬままに。



 

   ♢   ♢   ♢




 翌朝、僕は案の定、酷い寝不足のまま登校した。


 明け方の帰宅。全身をきしませる奇妙な鈍痛が僕から眠りをさらに奪ったのだ。


「……おはよう、信也。……って、うわっ! めっちゃ、顔色悪いよっ!」


 昇降口で僕を待ち構えていた美咲ちゃんが、僕の顔を見て悲鳴に近い声を上げた。


「……おはよう、美咲ちゃん。ちょっと、引っ越しの片付けで遅くなって……」


「引っ越し? ああ、荻原さんから聞いたよ。一人部屋に移ったんだってね。でも、あんまり無理しちゃダメだぞ?」


 美咲ちゃんは心配そうに僕の肩を叩いた。


 落ち着くどころか、同居人が冷酷なあやかしで、昨夜はこの体を書き換えられて街を飛び回っていたんだ……とは口が裂けても言えない。

 

 正直に言うと記憶は混濁している。意識の底には、現実だか夢だか分からない光景を見たような……戦慄の残滓が感触としてこびりついている。


――何だろう……何を見たんだ僕は?


 マヤさんが中にいるせいで、僕の感覚は壊れてしまったんだろうか?


……心の奥底に、暗い影が生まれ落ちた気がした。


「それより、聞いた? 佐竹先輩のこと」


 美咲ちゃんが声を潜めて、周囲を伺いながら言った。


「佐竹先輩? ……また無断欠席?」


「そんなレベルじゃないわよ。自宅の部屋に引きこもって、ずっと何かを呟いてるんですって。『朱い瞳の女神様、どうかもう一度僕を踏んでください』……とか。そうだ! それだけじゃないの。昨夜、街のあちこちで『巨大な獣に噛みちぎられたような貯水タンク』が見つかったとかで、警察も動いてるらしくて……」


 都市伝説好きの美咲ちゃんは、頬を紅潮させて謎の獣の話に夢中だ。

 

「…………」


 僕は激しい目眩を感じた。


 マヤが昨夜しでかした「痕跡」が、着実に日常を壊し始めている。


(くすくす……。あの駄犬、随分と素直にしつけられましたわね。小作人、あなたもアレを見習ってはいかが?)


 脳内に直接響く、マヤの楽しげな声。僕はそれを必死に無視して、自分の教室へと急いだ。


 平和な日常。


 守りたかったはずの景色。


 けれど、僕の周囲では、マヤという「毒」が少しずつ、そして着実に世界を侵食し始めている。


 僕は、この狭間はざまでどう生きていけばいいんだろう?


 初夏の青空を仰いだ。


 どこまでも青く澄んだ空だ。


 その爽やかな景色が、今の僕には残酷なほどに恨めしい。


……まったく、とんでもない事になってきてしまった……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ