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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第2話

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日常深層 1.


「……はぁ。また、怒鳴られちゃったな」


 換気扇が唸りを上げ、鼻孔をくすぐる焦がしネギ油の香り。そして、寸胴から立ち上がる濃密な豚骨の湯気。

 放課後のラーメン屋『麺屋 烈火』の厨房で、僕はいつものように、店主である村上のオヤジさん(大将)にカミナリを落とされていた。


 時刻は十八時を回り、ピークタイムの忙しさが波のように押し寄せてくる。今日は生憎あいにくバイトの佐竹先輩が休みで、ホールは僕と水木みずきさんの二人だけで回さなければならない。


 どうやら、無断欠勤のようだ。


 佐竹先輩が欠勤なんて珍しい。学校でも、僕を目の敵にしていたはずの先輩が、なぜか今日まで欠席を続けているらしい。いつもなら「おい狭間、ジュース買ってこいよ」と理不尽に絡んでくるはずの姿がない。一昨日はあんなに元気よく僕に嫌味を言っていたのに。


……なんだろう、この違和感は。


 嫌な先輩がいなくて快適なバイトライフのはずだ。なのに、なぜか背筋が寒くなるような静けさを感じる。日常の一部が、音もなくすっぽりと欠け落ちてしまったような、得体の知れない不安。


 僕は首を振り、その不安を振り払うように仕事に集中した。


 目が回るような忙しさだ。でも、不思議と嫌じゃない。むしろ、こうして体を動かしている間だけは、あの得体の知れない「震え」を忘れられる気がするからだ。



――そう、一昨日のことだ。



 バイト帰りの夜道で起きた、あの恐怖体験。あれは夢だったんだろうか?  気がついたら施設の自室で朝を迎えていた。同室のやつは「お前、夜中に幽霊みたいに静かに帰ってきたぞ」と言っていたけれど、僕にはその記憶がごっそりと抜け落ちている。


 自分が自分でなくなってしまうような、足元が崩れる感覚。


 そんなことを考えていると、店内の喧騒がふっと遠のき、耳の奥で鋭い金属音が鳴った。


キーン……。


(聞こえて? わたくしの声が)


 脳髄に直接響く、凛とした、けれど有無を言わせぬ女性の声。


……まただ。やっぱり、悪夢じゃなかった。


(わたくしが親切にも、朝帰りにならないよう体を運んで差し上げたのです。感謝なさい?)


 日が落ちてから――つまり「夜」が近づくと、彼女の声はより鮮明になる。まるで、僕の頭の中に住み着いているみたいに。


『今は仕事中なんです。あんまり話しかけないでくれませんか……マヤさん』


 僕は心の中で、恐る恐る返事をしてみた。


(つれないこと。ですが、あなたのような小作人は、泥にまみれて働かねば飢えてしまいますものね……おかわいそうに)


 まったくもって、ひどい言い草だ。  僕はため息をついた。


 昨夜、自室のベッドで寝ていた僕を叩き起こし、とんでもない美貌と高飛車な態度で『わたくしを楽しませなさい』と迫ってきた謎の少女。


 名を、マヤと言った。


まことの夜』と書いてマヤ、らしい。


 僕が名前を聞いたら、『まあ、無粋な方ですわね。まずは殿方が先に名乗るのが礼儀ですわ』と言い放ち、名乗ったら名乗ったで『わたくし知ってましてよ』とからかわれた。


 正直、苦手なタイプだ。


『……それで、何の用ですか?』


(そうですわね……用というか、報告かしら。わたくし、今あなたの居室へやにいますの)


「ハアッ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が口から漏れた。


「おい信也! どこから声出してやがる! 客が待ってんだ、さっさと三番テーブルに『特製』持っていけ!」


「わ、わかってますよ! 今行きますから!」


 大将の野太い怒声に背中を叩かれ、僕は慌ててどんぶりを運ぶ。


 いつもの、平和で騒がしいバイト風景。


 大将は厳しいけれど、こうして僕を叱ってくれること自体が、僕がまだ「こっち側の世界」にいる証のような気がして、少しだけ救われる。


「はい、お待たせしました……特製、一丁です」


 どんぶりを置くと、隣でテキパキと注文を取っていたバイトの先輩、水木純子さんが、僕の顔を覗き込んでクスクスと笑った。


「ふふっ、信也くん、また大将に怒られちゃった? 大丈夫、後でまかないに味玉一個おまけしてあげるから」


「……ありがとうございます、水木さん。水木さんだけですよ、僕の味方は」


 水木さんの涼やかで優しい笑顔に、張り詰めていた心がふっとゆるむ。


 彼女の存在こそが、この世界がまだ「正常」であることを証明してくれているようだ。


 僕は、この場所を守りたい。大将の怒鳴り声も、水木さんの笑顔も、全部。けれど、ふとした瞬間に脳裏をよぎる。あの公園で見た、マヤさんの『朱い瞳』。


 あれは幻覚なんかじゃない。そして今、彼女は僕の思考を完全に傍受ぼうじゅしている。まるで、逃げ場のない監視カメラだ。


 これって、いわゆる憑依? それとも精神感応テレパシー?  ……いや、そんな生易しいものじゃない。もっと根本的な、逃れられない「鎖」で繋がれているような感覚がある。なぜだろう?


 そう考えると背筋が冷たくなる。


『……施設の、僕の部屋にいるんですか?』


 厨房に戻り、食洗機に皿を入れながら心の中で問う。こんなに離れているのに、距離なんて関係ないと言わんばかりのクリアな声。


(ええ。あなたの部屋、少々カビ臭くてよ? まったく、掃除が行き届いていないこと)


『勝手に入らないでくださいよ……! それで、何をしてるんですか』


 僕にとり憑いているんじゃないのか? 


 別行動ができるのか?


 疑問は尽きないが、彼女には「何でもあり」なのだろうと考えるのを諦めた。


(冷蔵庫にあった、この黄色いプルプルした物体……プリン、と言ったかしら。これを所望します)


『……は?』


 僕はまた、変な声を出しそうになって口を押さえた。


(食後の甘味として頂こうかと思って。わたくしの糧になるのだから、光栄に思いなさい?)


 食後? 食後ってなんだ?


 あの「美しきお化け」が、僕の狭い部屋で、コンビニの百円プリンを狙っている?


『……同室の者はいるんですか?』


(あら、居てもいなくても、わたくしのプリンには何の関係もありませんことよ)


 さも当然の如く、女王様は言い放つ。


『……見られない様にしてください』


 はぁ……気分が滅入ってくる。


(あら、不愉快ですわね……まあ、いいでしょう。わたくしの姿は見えないと思いますわ)


『いえ、冷蔵庫が勝手に開いてプリンが虚空で食べられている光景はホラーなので……』


(わたくし、こっそり食べるのは上手ですのよ?)


 心なしか、マヤさんの声が弾んでいる。


 ああ、僕の日常が……。学校では幼馴染の美咲ちゃんに「最近おかしい」と怪しまれ、施設では園長の詩織さんに「悩みがあるなら言いなさい」と心配され、必死に守ってきた僕のささやかな生活が、音を立てて崩れていく。


『……好きにしてください』


 僕はガックリと項垂れた。胃がキリキリと痛む。


 守りたい。この日常を、なんとしてでも守りたいのに……はぁ。


――とても、みんなには言えない。僕の部屋に、あの「美しきお化け」が居座って、勝手に冷蔵庫のプリンを食べているなんて――。


(小作人。追加でもう一つ所望いたしますわ? さあ、献上なさい。よろしくって?)


 ラーメン店の喧騒の中、僕の頭に響いたマヤさんの声。


 帰りにコンビニに寄る用事が出来てしまった。


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