表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第4話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/34

剣気凛然 5.


 凛は、目の前に置かれた「黄金の聖域」を静かに見つめた。

 別皿に分けられた具材たち。そして、一切の不純物を許さず、波紋一つ立てずに澄み渡るスープ。


(……見事。具材を分けることで、出汁の輪郭をここまで鮮明に保存するとは)


 凛は箸を置き、まずはレンゲを取った。

 淡麗塩の真価は、一口目の「温度」と「塩味えんみのキレ」で決まる。

 ゆっくりと、その透き通った液体を唇に運ぶ。


(……っ!?)


 触れた瞬間、脳内に真っ白な閃光が走った。


 鶏ガラの芳醇なコク、魚介の繊細な旨味。それらが調和を保ったまま、猛烈な熱量を持って喉を駆け抜ける。まるで、研ぎ澄まされた名刀の刃渡りを舌でなぞるような、鋭くも官能的な衝撃。


「……信じられません」


 凛の口から、無意識に溜息が漏れた。


 脳が、焼ける。


 退魔の修行で極限まで高めたはずの五感が、たった一口のスープによって「多幸感」という名の暴力に制圧されていく。

 凛の背筋にゾクゾクとした戦慄が走り、その硝子玉のような瞳が、快楽にとろけそうに潤んだ。


「このスープ……雑味が、微塵も……一ミリも存在しない……」


 凛は静かに、しかし確かな「決意」を固めた。


 おもむろに立ち上がると、制服のポケットから黒いヘアゴムを取り出した。

 そして流れるような所作で、肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪をまとめ上げ、後頭部で潔く一つに縛る。


――本気マジだ。


 その瞳に宿ったのは、退魔師としての殺気ではない。一杯の『麺』に心血を注いだ職人の生き様に対する、求道者としての剥き出しの敬意であった。


「……最後の一滴まで、私の魂に刻ませていただきます」




 凛は両手でどんぶりを鷲掴みにした。




 隣では、拓馬が震える手で箸を動かしていた。

 彼が狙いを定めたのは、黄金の「味玉」だ。


「では……行くぞ」


 刹那、拓馬が箸で味玉を中央から両断する。


 パカッ、という軽妙な音と共に、中から溢れ出したのは――。

 ドロリと溢れ出したのは、琥珀こはくの如き輝きを放つ、芳醇にして濃厚な「至福」そのものだった。

 慎ましくも広がっていく黄金こがねの黄身。それがどんぶりの中の具材と溶け合い、未知なる旋律ハーモニーを奏で始める。


 拓馬は震える箸で、宝石の欠片を宿した白亜はくあの器――白身の半身を優しく、かつ確実に掴み取り、一気に口中へと運び込んだ。


(くっ!? これは……っ!)


 口内で弾ける、プリズムの如き閃光。


 直後、押し寄せてきたのは、出汁の旨味と、秘伝のタレが織りなす塩味と甘味の奔流。そして、追撃のように鼻腔を抜ける微かな生姜の芳香。


 旨味、塩味、甘味、香り。

 四重奏カルテットが生み出した「味覚の特異点」がビッグバンとなって膨張し、巨大な波となって拓馬の理性を呑み込んでいく。


 彼は抗うことを諦め、静かに待ちわびていた太麺へと箸を伸ばした。


 流れ出た黄金をたっぷりと絡め、ゆっくりと、しかし力強くすすり上げる。

 四重奏に「スープ」という名の嵐が吹き込み、口内は灼熱の歓喜に満たされる。何より、このモチモチとした官能的な食感は――。


(!……こ、これは、自家製麺か!?)


 咀嚼そしゃくするたびに広がる、圧倒的な小麦の生命力が口内で弾ける。


(間違いない……この高密度な多加水麺、店内で打っているのか)


 正体を知った瞬間、もはや箸は止まらなかった。


 拓馬はなりふり構わずどんぶりを左手で持ち上げ、一心不乱に麺をすすり続けた。


 白濁したスープに醤油ダレの香ばしさが重なり、食欲を極限まで加速させる。クリーミーな口当たりの豚骨醤油は、エリート退魔師として積み上げてきた矜持きょうじを、一滴残らず魅了し、屈服させていく。


 とろけるような炙りチャーシュー。


 快い(こころよい)音を立てる厚切りメンマ。


 そして、最後まで誇り高く立ち続ける、薫り高い海苔。


 レギュラーメニュー『豚骨醤油ラーメン・味玉乗せ』。


 それは、原点にして頂点。


 村上という男が放った、回避不能の「魂の一撃」だった。


 もはや、語る言葉など残されていない。


 気が付けば拓馬は、一言の文句も発することなく、最後の一滴までスープを飲み干していた。



「――はい! 完食いただきましたぁーっ!」



 沈黙を切り裂いたのは、バッシングの手を止めた佐竹の、割れんばかりの絶叫だった。


 佐竹の絶叫が響く中、凛もまた己のどんぶりと向き合っていた。別皿の具材は、既に一つ残らず彼女の胃に収まっている。残るは、黄金色に澄み渡った淡麗塩のスープのみ。


「…………」

 

 凛はスーッと深呼吸すると、おもむろに動いた。


 細く白い指先が、熱を帯びた陶器に深く沈む。そのまま躊躇ちゅうちょすることなくどんぶりを傾け、自らの顔を覆い隠すようにして、黄金の液体を煽り(あおり)始めた。


 ゴクッ、ゴクッ、と。

 喉が鳴るたびに、村上の魂が、烈火の熱量が、凛の内側へと流れ込んでいく。

 

 その光景を、信也は息を呑んで見つめていた。


 今日転校してきたばかりの、触れれば壊れそうなほど美しい少女。その彼女が今、なりふり構わず自分の大将のラーメンに食らいついているのだ。

 



 凛は胸の奥が、熱くなった。




 得体の知れない「鬼気」への恐怖も、今の圧倒的な「満足感」の前では些細なことに思えた。


 凛がどんぶりをテーブルに置いた。その底には、一滴の濁りも、一筋のスープすら残されていない。


「…………ふぅ……」


 凛の頬が、蒸気と幸福感でほんのりと赤く染まっている。


「……至高……」


 虚ろな瞳でどんぶりを眺めながら、ポツリと凛がつぶやいた。


 その瞬間、信也は無意識に喉を震わせていた。


「――っ! こちらも、完食いただきましたぁっ!!」


 信也の声が、佐竹に負けないほどの高らかさで店内に響き渡った。


「ご完食、ありがとうございましたあっ!」


 厨房の奥で、村上がニヤリと不敵に口角を上げた。


 拓馬は脱力したように背もたれに体を預け、凛は縛った髪を解きながら、満足そうに目を細めた。

 

 異能の戦士たちによる、絶対に負けられない「戦い」。


 その火蓋は今、この上ない清々しさと共に、完膚なきまでの「敗北」をもって切って落とされたのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ