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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第4話

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剣気凛然 2.


 放課後。

 バイト先の『麺屋 烈火』へ向かう途中、僕は奇妙な違和感に付きまとわれていた。


 首筋を、チリチリと微弱な静電気が撫でるような感覚。


 振り返っても、夕日に照らされた見慣れた通学路があるだけで、怪しい人影などどこにもない。


……気のせいだろうか?


 ショートカットしようと、僕は駅前の裏通りへと足を踏み入れた。


 大通りの喧騒が嘘のように遠のく。


 そこは、赤錆びたトタン屋根と、室外機の低いモーター音が響く薄暗い路地裏だった。


 壁一面に這う苔の匂いと、どこかから漂う夕飯の煮物の匂いが混ざり合い、ひどく懐かしいのに、足を踏み入れるのをためらってしまうような不気味さを感じた。


(――本当に、貴方は隙だらけですわね。背後にまとわりつく小蝿にも気付かないなんて……鈍感にも程がありますわ)


 不意に、脳内に冷ややかな声が響いた。


『えっ? マヤさん?』


(……はあ……今日一日、監視されている自覚はありますの?)


『監視? そう言えば……何か視線のようなモノを感じるような……感じないような?』


 僕は学校での違和感を思い出しながら言ってみた。


(お黙りなさい。……まったく、わたくしが居なければ、今頃どうなっていたことか)


 呆れたようなため息が聞こえた直後だった。


 僕の身体が、いや、正確には「足」だけが、僕の意思を完全に無視してピタリと動きを止めた。


『ちょっ、マヤさん!? 何するんですか!』


(少しだけ、身体をお貸しなさい……あのような古臭い術でコソコソ嗅ぎ回る猫の視界に入るなど、わたくしの誇りが許しませんわよ)


 有無を言わさぬ絶対的な圧力。


 次の瞬間、僕の膝が深く沈み込んだ。


 全身の筋肉がバネのように圧縮され、尋常ではない熱を持ち始めた。


 ちょっ!? え、嘘、待って――。


ドンッ!!


 路地裏のアスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れた。


 僕の身体は、まるで重力という概念を置き忘れたかのように、垂直に跳ね上がっていた。


 二階建てのプレハブを越え、雑居ビルの壁を蹴り、一気に四階建てのビルの屋上へと到達する。


 音もなく屋上のフェンスの上に着地した僕は、眼下に広がる夕暮れの街を見下ろし、心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えた。


(……ふん。他愛もない)


 頭の中で、マヤが満足げに鼻を鳴らす。


 相変わらず口が悪いが、彼女が無理やり僕を飛ばさなければ、僕は「誰か」に追い詰められていたということだろうか?


(最近、駄犬やら野良猫やらと目障りになって来ましたわね……不快ですわ)


 不機嫌そうに言うと、僕の身体の主導権が突然帰ってきた。


「ひえっ!?」


ドサッ!


 僕は屋上のフェンスから内側へと無様に転げ落ちた。


「いたたた……こんな入ったこともないビルの屋上から、どうやって出ればいいんだ?」


 周囲を見渡すと、屋上出口と書かれた階段への扉が目に飛び込んできた。


 僕は腰をさすりながら扉のノブに手を伸ばす。ガチャリと乾いた音がして、重い鉄扉があっさりと開いた。


「……よかった、開いた」


 鍵がかかっていなかったことに安堵の息を漏らしながら、僕は急いで薄暗い階段を駆け下り、バイト先の『麺屋 烈火』へと向かった。




   ♢   ♢   ♢




 一方、眼下の路地裏。


「…………」


 神代凛は、足音一つ立てずにその暗がりへと滑り込んだ。


 彼女が用いていたのは、神代家に伝わる『隠形歩法術』。気配も、霊子の波動すらも完全に遮断し、対象を確実に追い詰める伝統的な古式術だ。


 ターゲットである少年――狭間信也は、間違いなくこの路地に逃げ込んだはずだった。


 袋小路だ。逃げ場はない。


 だが。



「……消えた?」



 凛の硝子玉のような瞳に、微かな揺らぎが走る。

 無機質な路地裏には、夕風が通り抜ける音だけが響いていた。

 

 少年の姿は影も形もない。


 彼女はすぐさましゃがみ込み、ひび割れたアスファルトの表面を指先でなぞった。


「――足跡、それにこの霊子の残滓……跳躍? いや、あり得ません」


 凛はゆっくりと立ち上がり、ビルの上部へと鋭い視線を向けた。


「古式歩法ではない。いかなる術式のプロセスも経ずに、ただ純粋な『暴力的な脚力』だけで重力を振り切った……? これは――」


 計算外。


 彼女の完璧なデータの中に、一つの巨大な「エラー(未知数)」が生まれた瞬間だった。


 凛は静かに手帳を取り出すと、冷徹な声で呟いた。


「対象の身体能力、推定値を大幅に上方修正。……再調査の必要あり、ですね」

 

 凛は暮れなずむ夕日を睨みながら、その場を後にした。




   ♢   ♢   ♢




ピンポーン。


 伽藍洞がらんどうの一室に、無機質な電子音が響いた。


 拓馬は複数のモニターが並ぶデスクの前で、ゆっくりと顔を上げた。

 

 魚眼レンズが捉えていたのは、場違いなほど「日常」を纏った女子生徒の姿。

 今どき珍しい、紺碧のセーラー服。肩に掛けた竹刀袋が、放課後の部活動帰りという完璧な擬態を完成させている。


 だが、その少女――神代凛は、インターホンには目もくれなかった。


 斜め上に隠された監視カメラを正確に射抜くと、無表情のままスマホを取り出し、指先を高速で走らせる。


ブブブッ。


 拓馬の手元にある、秘匿回線の端末が震えた。


『神代です。開錠を』


 あまりに事務的なメッセージ。

 拓馬はわずかに眉を寄せると、重い腰を上げて玄関へと向かった。


 扉を開けた瞬間、冷たい初夏の風と共に、彼女が滑り込んでくる。


「本日付で着任しました。神代凛です。兄様あにさま、以後お見知りおきを」


 背筋を定規で測ったように伸ばし、凛が深々と頭を下げる。


 その徹底した「妹」の演じぶりに、拓馬のニヒルな仮面が、早くも微かな音を立てて軋み(きしみ)始めた。



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