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戦争の記憶

「その話は勘弁してくれ」


30年前も前の事なのに昨日のように憶えている。


一度話し始めたら理性では覚えたくもない快感とともに全て話してしまいなくなる。そして後から思い出して自慢するかのように話した自分を想像し、自分の穴という穴から汁が零れ落ちそうになるのだった。


戦友の岸本は同じ街に住んでいる。

お互いどんなに呑んだとしてもあの時の話はしない。ただ、戦争が日常だった時の何も無い一日の話はするだけだった。


もちろん、自分が話したらアイツも終わる。逆も然りであり、またそれを淡く期待している。

これはいつか、自分ではない第三者の手によって破滅させて欲しいという願望なのだ。


異常が日常であった。


帰ってきてから残した家族と過ごす内に、日常、常識、社会通念、暗黙の了解、相互干渉、相互不干渉について言葉に現さなくては分からないようになっていることに気づいた。


真実とは往々にして曖昧なものであるが、あの時自分を動かしていたのは罪悪感と恐怖、自己破滅の願望、そして自分の目の届く範囲内で同じような経験をして欲しくない。という気持ちであったと言いたい。


しかし実際は、ただ忘れるために働いていたのであった。いや、憶えている時間を短くするために働いたという方が正確か。


皆が我武者羅に働いた。戦地から戻ってきた身体は過労死さえ許さなかった。時給にしたら大したことはないだろう。しかし、寒さや飢え、病気に困ることはなく過ごすことが出来た。


30年も経てば世代は変わる。

隠居して久しいが、戦争が終わってから生まれた子供も人の親になり、社会を回している。その子供はもう戦争の残滓さえも残っていない街しか知らない。


社会学習にて、戦争の記憶を聴きたいらしい。街の学校から話をしてくれとお願いがあった。ああ、もう30年も経ったのか。話したい。話さなければならないと言う人もいるだろうが、あの時の話はしてはいけない。


「その話は勘弁してくれ」


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