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控室トーク:歴史の味、未来の一杯

(エンディングの収録が終わり、万感の拍手(SE)がスタジオに響き渡る中、対談者たちは互いに軽く会釈を交わし、安堵の表情で控え室へと戻ってきた。先ほどの幕間とは違い、そこには明らかに「すべてが終わった」という解放感と、共有した時間の記憶が漂っている。)


(控え室の円卓の上には、幕間の時とは違う、明らかに個々人のために用意されたと思われる四組の飲食物が、美しくセッティングされていた。それぞれの席の前には、小さなメッセージカードが添えられている。)


あすか:(皆の後からひょっこり顔を出し)「皆さま、本当にお疲れ様でした!素晴らしい対談、感動しました!ささやかですが、番組から皆さまへ、労いの気持ちです。事前にこっそりリサーチさせていただいた、皆さまの『故郷の味』や『お好きなもの』をご用意させていただきました。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいね。」


(あすかはそう言うと、にっこり笑って静かに部屋を出ていった。残された四人は、少し驚いたようにテーブルの上を見つめる。)


ナイチンゲール:「まあ、ご丁寧に…。これは一体…?」


ルートヴィッヒ:(自分の席の前に置かれた、白鳥の形をした美しいカップと、幾重にも層になったチョコレートケーキを見て、わずかに目を見開く)「ほう…これは、ホットチョコレートか?それに、プリンツレゲンテントルテではないか。懐かしいな。」


芥川:(自分の席の前にある、温かそうな湯気を立てるお椀と、急須、湯呑を見て)「これは…しるこ、ですか。それに、玉露まで…。なんと、気が利いている…。」


ニーチェ:(自分の席の前にある、素朴な木製の皿に乗ったチーズと黒パン、そして透明なグラスに入った水を見て)「フン、私の好みまで調べ上げるとは、あの案内役も隅に置けんな。これは、なかなか良質な山のチーズとライ麦パンのようだ。水も、ただの水ではなさそうだな。」


ナイチンゲール:(自分の席の前にある、クラシカルなティーセットと、焼きたてのスコーン、クロテッドクリーム、ジャムの小瓶を見て微笑む)「まあ、英国式のアフタヌーンティーとは。恐れ入りますわ。」


ルートヴィッヒ:(早速ホットチョコレートを一口飲み、満足げに息をつく)「うむ、悪くない。濃厚で、甘美だ。疲れた神経が癒されるようだ。」


ナイチンゲール:「せっかくですから、皆さまで味見し合いませんこと?まずは陛下、そのお菓子について、ご紹介いただけますか?」


ルートヴィッヒ:(少し得意げに、プリンツレゲンテントルテを指し示し)「これは、プリンツレゲンテントルテ。我がバイエルンを治めた摂政ルイトポルト公に捧げられた菓子だ。チョコレートのバタークリームとビスキュイを何層にも重ね、最後にチョコレートで覆う。繊細で、気品のある味わいだ。まあ、私の城で供されるものには及ばないだろうがな。」


(彼はナイフで小さく切り分け、他の三人に勧める。)


芥川:(恐る恐る口にし)「…これは…濃厚で、しかし上品な甘さですね。チョコレートの香りが素晴らしい。」


ニーチェ:(意外にも、興味深そうに味わい)「ふむ…甘美だが、しつこくはない。複雑な構造が、単なる快楽以上のものを感じさせるな。悪くない。」


ナイチンゲール:「本当ですわ。層になったクリームと生地の食感が絶妙ですね。素晴らしいお菓子ですこと。」


ルートヴィッヒ:(満足げに頷く)「だろう?美しいものは、魂を豊かにするのだ。」


芥川:「では、次は…私のものを。これは、しるこ、と言いまして…小豆という豆を砂糖で甘く煮て、お餅を入れた、日本の伝統的な甘味です。冬に食べると、体が温まります。」


(彼はお椀を勧めながら、少し照れたように言う。)


ナイチンゲール:(スプーンで一口すくい)「まあ、優しい甘さですこと。このお豆の食感も面白いですわね。お餅も、もちもちとしていて…心が和みますわ。」


ルートヴィッヒ:(興味深そうに)「異国の味だな。だが、悪くない。素朴で、どこか懐かしいような…。」


ニーチェ:(少しだけ口にし)「…甘いな。だが、不快な甘さではない。豆の持つ本来の力が、砂糖によって引き立てられている、とでも言うべきか。異文化の味を知るのも、悪くない経験だ。」


芥川:(皆の反応に安堵したように)「お口に合ったようで、何よりです。」


ニーチェ:「では、次は私の番かな。これは見ての通り、チーズとライ麦パンだ。おそらく、私が思索のために彷徨った、アルプスの山々で食べられていたような、素朴だが滋味深いものだろう。特にこのチーズは、山のハーブの香りがする。そして、この水だ。(グラスを持ち上げ)おそらく、シルス・マリアの湧き水に近いものを用意してくれたのだろう。純粋で、力強い、生命の味がする。」


(彼はパンにチーズを乗せ、勧める。)


ルートヴィッヒ:(少しだけかじり)「…ふむ。確かに、力強い味だ。野趣があるな。私の好みではないが、不味くはない。」


芥川:「パンの酸味と、チーズの濃厚な風味がよく合いますね。噛みしめるほどに、味わい深い…。」


ナイチンゲール:「ええ、とても健康的で、栄養がありそうですわ。このお水も、本当に清らかで、体が浄化されるような気がします。」


ニーチェ:(満足げに)「だろう?華美な装飾などなくとも、本質的な力を持つものは、それだけで十分なのだ。」


ナイチンゲール:「では、最後に私のおすすめを。こちらは、英国の伝統的なスコーンです。温めて、このクロテッドクリーム…濃厚なクリームですね、それとジャムを塗っていただきます。紅茶はアールグレイを用意してくださったようですわ。」


(彼女はスコーンを割り、クリームとジャムを塗りながら説明する。)


ルートヴィッヒ:(上品に口にし)「…ほう、これは…なかなか。クリームのコクとジャムの甘酸っぱさが、この素朴な焼き菓子とよく合う。」


芥川:「紅茶と、とても相性が良いですね。なんだか、午後の穏やかな時間を過ごしているような気分になります。」


ニーチェ:(少しだけ試して)「…悪くない組み合わせだ。甘さと脂肪分が、適度な満足感を与える。合理的な間食、とでも言うべきか。」


ナイチンゲール:(微笑んで)「お気に召したようで、よかったですわ。」


(それぞれの紹介と試食が終わり、四人はリラックスした様子で、自由に会話を始めた。)


ルートヴィッヒ:「それにしても、芥川君の国の『しるこ』とやらは、興味深かったな。豆を甘く煮るとは、我々の感覚にはない発想だ。」


芥川:「ええ、日本には他にも、豆を使ったお菓子がたくさんありますよ。饅頭とか、羊羹とか…。」


ニーチェ:「ほう、豆か。大地の恵みを、直接的な形で摂取するというのは、理に適っているかもしれんな。私の国のソーセージも、肉の力を凝縮したものだが…」


ナイチンゲール:「まあ、ソーセージ!私もドイツのソーセージは好きですわ。イギリスのとはまた違った、しっかりとした味わいがありますわよね。」


ルートヴィッヒ:「しかし、ナイチンゲール嬢。君があのような…その、行動的な女性だとは、最後まで信じられん思いだ。私の知る貴婦人たちは、刺繍をしたり、詩を読んだりして過ごすものだったが。」


ナイチンゲール:(苦笑し)「ええ、ですから、家族からは随分と心配されましたわ。でも、私には、じっとしていることの方が苦痛でしたの。」


芥川:「私は…むしろ、ナイチンゲールさんのように、強い目的意識を持って行動できる方が羨ましいです。私は、いつも迷ってばかりですから…。」


ニーチェ:「迷うのは、君の意志が弱いからだ、芥川君。だがまあ、君のその弱さが、ある種の文学的な価値を生んでいるのかもしれん、というのは、皮肉なことだな。」


ルートヴィッヒ:「それにしても、この『歴史バトルロワイヤル』とかいう催しは、一体何だったのだろうな?まるで、夢を見ているようだ。」


ナイチンゲール:「本当に。不思議な体験でしたわ。でも、皆さまのような、異なる時代、異なる分野の方々と、こうして一つのテーマについて深く語り合えたことは、非常に有意義でした。」


芥川:「ええ…私も、最初は戸惑いましたが…皆さまのお話から、多くのことを学ばせていただきました。特に、ニーチェ先生の著作について、直接ご本人から解説を伺えるとは…望外の喜びでした。」


ニーチェ:「フン。私の思想の深淵に触れるには、まだまだ時間が足りんだろうがな。だがまあ、君たちが、私の言葉の欠片なりとも持ち帰り、自らの生に活かそうとするならば、この茶番にも多少の意味はあったのかもしれん。」


ルートヴィッヒ:「私は、疲れた。早く、私の静かな城へ帰りたいものだ。…だが、まあ、君たちのような、奇妙だが、ある意味では純粋な魂と語り合えたことは…悪くない思い出になるだろう。」


ナイチンゲール:「ええ。願わくば、この出会いが、それぞれの世界に戻った後も、何か良い影響をもたらしますように。」


(四人は、それぞれの飲み物を静かに味わいながら、しばし無言で互いの顔を見つめ合う。激しい議論を交わした相手が、今はただ、同じ時代に生きた(あるいは生きられなかった)一人の人間として、目の前に座っている。その事実に、不思議な感慨が込み上げてくる。)


芥川:(ぽつりと)「…また、いつか、どこかで…こうして、お話しできる機会があれば、良いのですが…。」


ルートヴィッヒ:「ふん、どうだろうな。時空の采配は、気まぐれだからな。」


ニーチェ:「未来は、自らの意志で掴み取るものだ。再会を望むなら、またこの舞台に立つだけの価値を、自ら創造してみせることだな。」


ナイチンゲール:(微笑んで)「ええ、きっと、また。私たちの魂は、時空を超えて繋がっているのかもしれませんわ。」


(控え室には、温かい紅茶の香り、チョコレートの甘い香り、チーズとパンの素朴な香り、そして小豆の優しい香りが混じり合い、穏やかで、少しだけ切ないような空気が流れている。彼らの時空を超えたお茶会は、まもなく終わりを告げようとしていた。)

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 ええっと……今回のテーマは孤独なんですよね。  なんか美学とは何かというテーマかと勘違いしそうになってました。  さて、今回のテーマ孤独に関していうならば、ナイチンゲールの意見一択でしょう。他の三…
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