みんなの質問コーナー
(休憩時間が終わり、対談者たちは再びスタジオの席に戻った。幕間の和やかさの名残か、先ほどまでの激しい論戦の緊張感は少し和らいでいるように見える。しかし、それぞれの瞳の奥には、依然として強い意志の光が宿っている。スタジオの照明が調整され、中央のあすかにスポットライトが当たる。)
あすか:「さて、皆さま、短い時間でしたが、少しはリフレッシュしていただけましたでしょうか?白熱した議論、本当に素晴らしかったです!各ラウンドで、皆さまの魂からの言葉がぶつかり合い、『孤独』というテーマが持つ、想像以上の深さと広がりを感じることができました。」
(あすかは、手にしたタブレット端末のようなものに目を落とす。)
あすか:「そしてですね、この熱い議論をリアルタイムでご覧になっている視聴者の皆さまからも、たくさんの質問やコメントが寄せられているんですよ!『ニーチェ先生、怖カッコいい!』『芥川先生に共感しかない…』『ナイチンゲールさんの行動力、見習いたい』『陛下、お城に住みたいです!』などなど…反響がすごいんです!」
(あすかは顔を上げ、いたずらっぽく笑う。)
あすか:「そこで、エンディングの前に少しだけお時間をいただいて、『質問コーナー』をお送りしたいと思います!これまでの議論の中で出てきた、ちょっと難しかった言葉や、さらに深く聞いてみたい点について、この私、あすかが、皆さまに代わって質問させていただきますね。議論の補足解説、そしてテンポ調整も兼ねて、ということで!」
(あすかは、まずニーチェに向き直る。その表情は、好奇心と敬意、そして少しの挑戦的な色合いを帯びている。)
あすか:「では、トップバッターは、やはりこの方でしょう!ニーチェ先生!先生は繰り返し『超人』について語られましたが、正直、私たち凡人には、そのイメージがなかなか掴みにくいんです。『超人』って、具体的にはどんな人で、どうすればなれるんでしょうか?例えば…私でも、頑張ればなれますか?」
ニーチェ:(少し呆れたような、しかし面白そうな表情で)「フン、君が超人にかね?まあ、可能性はゼロではないかもしれんがな…。まず理解すべきは、『超人』とは、単に能力が高いとか、道徳的に優れているとか、そういう既存の尺度で測られる存在ではないということだ。」
あすか:「というと?」
ニーチェ:「『超人』とは、まず『神は死んだ』という事実…すなわち、絶対的な価値基準が失われたニヒリズムの時代を認識し、それを嘆くのではなく、むしろ新たな価値創造の好機と捉える者だ。そして、他人の評価や社会の常識、”汝、〜すべし”という古い道徳に縛られることなく、自らの内なる『力への意志』に従い、自分の人生に意味を与える者だ。」
あすか:「自分の意志で価値を創造する…。」
ニーチェ:「そうだ!そして何より、『永劫回帰』を受け入れる覚悟を持つ者だ!この人生が、苦しみも含めて、全く同じように永遠に繰り返されるとしても、それを『もう一度!』と望むことができる強さ!それが『超人』の証だ!どうすればなれるか、だと?まずは、自分を縛るあらゆる鎖…特に、弱者の道徳であるキリスト教的な憐れみや同情、平等思想から、自らを解放することだ!そして、孤独を恐れず、自らの道を歩み、絶えず自己を超克し続けること!なれるかなれないかではない!なろうと意志すること、それが第一歩なのだよ!」
あすか:「なるほど…厳しい道ですが、力強いお言葉、ありがとうございます!ちなみに、先生は『弱さ』を徹底的に批判されますが、人間が持つ、例えば…誰かを思いやる気持ちや、困っている人を助けたいという感情も、全く不要だとお考えですか?」
ニーチェ:(少し考え込むように口髭に手をやり)「…難しい問いだな。私が批判するのは、主に『ルサンチマン』…すなわち、弱者が強者に対して抱く怨念から生まれた、偽善的な道徳や同情心だ。それは生命の力を減退させる。だが、例えば…高貴な精神を持つ者が、自らのあふれる力の発露として、他者に何かを与えることはありうるかもしれん。ただし、それは決して『憐れみ』からであってはならん。あくまで、自らの価値を高めるための、自由な精神の戯れとして、だ。」
あすか:「ふむ…深いですね。ありがとうございました、ニーチェ先生!」
(あすかは次に、優雅にソファに座るルートヴィッヒに視線を移す。)
あすか:「続きまして、ルートヴィッヒ陛下にお伺いします。陛下は『美のためならどんな代償も厭わない』とおっしゃり、そのために孤独を選ばれた、と。しかし、一国の王として、現実の政治や国民の生活に対する責任もおありだったはずです。その責任よりも『美』を優先されたことを、今、後悔されてはいませんか?」
ルートヴィッヒ:(一瞬、表情に翳りが差すが、すぐにいつもの超然とした態度に戻り)「…後悔?私の辞書に、その言葉はない。言ったはずだ、美こそが至上の価値なのだと。王としての責任?それは、臣下どもが勝手に私に押し付けたものだ。私の真の使命は、この醜い地上に、美の理想郷を、たとえ束の間でも打ち立てることだった。そのために国庫を傾けようが、国民がどう思おうが、それは些末なことだ。」
あすか:「では、あの孤独な城の中で、陛下は本当に幸福だったのでしょうか?誰にも理解されず、一人で過ごす日々は…。」
ルートヴィッヒ:(遠い目をして)「幸福…そうだな、あれは幸福だったのだろう。少なくとも、宮廷で偽りの笑顔を浮かべ、退屈な政務に明け暮れるよりは、遥かに。城の窓から見る月、湖面に映る星々、壁に掛けられたローエングリンの絵画、そして、頭の中に響き渡るワーグナーの音楽…。それらに囲まれている時、私は確かに満たされていた。たとえ、それが幻であったとしてもだ。現実の幸福など、私には必要なかったのだからな。」
あすか:「…そうですか。ありがとうございます。…少し、聞きにくい質問かもしれませんが、陛下のご最期は謎に包まれています。もし、何かお話しいただけることがあれば…」
ルートヴィッヒ:(ピシャリと遮るように)「それ以上は、聞くな。私は『永遠の謎であり続けたい』のだ。それでいいだろう?」
あすか:(少し驚きつつも、微笑み)「…失礼いたしました。承知いたしました、陛下。」
(あすかは、次に痛ましげな表情の芥川に向き直る。)
あすか:「芥川先生…。先生のお話は、多くの人の胸を打ちました。その『ぼんやりとした不安』…もし、先生が現代、つまりこの番組が放送されている時代に生きていらっしゃったら、何か状況は変わっていたと思われますか?例えば、現代の医学やカウンセリングのようなもので、救われた可能性は…?」
芥川:(力なく首を振り)「…さあ、どうでしょうな。時代の違い、医学の進歩…。それらが、私のこの…根源的な不安を取り除いてくれたかどうか…。分かりません。もしかしたら、少しは楽になれたのかもしれない。あるいは、形を変えただけで、結局は同じ苦しみを抱えていたのかもしれない…。ただ…」
あすか:「ただ?」
芥川:「もし…もし、この苦しみを、もう少し客観的に見つめ、言葉にし、誰かと…専門家のような人と、共有することができたなら…あるいは、あのような最期を選ばずに済んだのかもしれない、とは…少し、思いますね。当時は、ただ一人で抱え込むしかありませんでしたから。」
あすか:「…そうですか。先生は、芸術のためには苦悩が必要悪だったかもしれない、ともおっしゃいました。それでも、やはり、あの結末を後悔するお気持ちは…?」
芥川:(深く目を伏せ、長い沈黙の後、か細い声で)「…後悔、しているのかもしれません。…分かりません。ただ、もし、もう一度人生をやり直せるとしても…やはり、書いてしまうのでしょうな。そして、同じように苦しむのでしょう。それが、私の…業、なのでしょうから。」
ナイチンゲール:(静かに)「芥川先生…。」
あすか:「…先生、ありがとうございました。最後に、他の御三方のような、ある種の『強さ』…例えばニーチェ先生の自己超越への意志や、ナイチンゲールさんの行動力について、先生はどう思われますか?」
芥川:(自嘲気味に)「…眩しい、と、思います。私にはないものばかりですから。羨ましい、とも思います。しかし…同時に、どこか…人間離れしているようにも感じてしまう。私のような弱さ、迷い、不安…そういうものもまた、人間の一部なのではないか、と…愚考する次第です。」
(あすかは、芥川の言葉を噛みしめるように頷き、最後にナイチンゲールに向き直る。)
あすか:「ナイチンゲールさん。あなたは、ご自身の人生を賭けて、医療改革という大きな目標に邁進されました。その原動力は『神の召命』と『目の前の人々を救いたい一心』だとおっしゃいましたが、ご自身の個人的な幸福…例えば、結婚や家庭を持つことなどを、考えられたことはなかったのでしょうか?」
ナイチンゲール:(きっぱりと)「若い頃には、考えなかったわけではありません。求婚されたことも一度ならずありました。しかし、私にとっての最大の幸福は、神から与えられたと信じる使命を全うすることでした。家庭を持つことで、その使命から遠ざかってしまうことを、私は恐れたのです。もちろん、その選択によって失ったものもあったでしょう。しかし、後悔はありません。私は、自分の信じる道で、多くの命を救い、社会に貢献できたと自負しております。それが、私にとっての幸福でした。」
あすか:「もう一つ、伺いたいのですが、あなたは非常に合理的で、データに基づいた改革を進められた一方で、その動機は『神の召命』という、ある意味では非合理的なものでした。その二つは、ご自身の中で、どのように両立されていたのですか?」
ナイチンゲール:(少し微笑んで)「それは、私にとって矛盾するものではありませんでした。神は、私たち人間に理性と知性を与えてくださいました。そして、この世界をより良くしていくための法則…例えば、衛生の原則や、統計的な法則性も、神がお創りになったものだと私は信じています。ですから、神の召命に応えるためには、感情や思い込みではなく、神が与えてくださった理性を用い、客観的なデータに基づいて、最も効果的な方法を探求することが当然だと考えたのです。信仰と合理性は、私の中では分かちがたく結びついていました。」
あすか:「なるほど…信仰に基づいた合理性、ということですね。最後に、先生は孤独を『管理』するとおっしゃいました。それは、具体的にはどういうことなのでしょうか?」
ナイチンゲール:「孤独という状況は、放っておけば精神を蝕み、行動力を奪いかねません。ですから、私は意識的に、孤独な時間を『計画』に組み込みました。例えば、一日のうちで、人と会う時間、指示を出す時間、そして一人で集中してデータを分析したり、執筆したりする時間を明確に分ける。孤独な作業時間も、目的意識を持って臨むことで、感傷に流されるのを防ぎました。また、信頼できる協力者とは、たとえ離れていても定期的に連絡を取り合い、情報を共有し、精神的な支えを得るように努めました。孤独を、完全に排除するのではなく、目的達成のためにコントロールする、ということですわ。」
あすか:「孤独のタイムマネジメント、といった感じでしょうか。非常に実践的なお話、ありがとうございました!」
(あすかは、全員を見渡し、満足そうに頷く。)
あすか:「いやー、質問コーナー、いかがでしたでしょうか?皆さまの回答によって、それぞれの主張や人となりが、さらに深く理解できたように思います。これで、議論の中で少し分かりにくかった部分も、クリアになったのではないでしょうか。」
あすか:「それでは、名残惜しいですが、質問コーナーはここまでとさせていただきます。皆さま、率直なご回答、本当にありがとうございました!さあ、いよいよ次は、この歴史的な対談の締めくくり、エンディングです!」
(あすかの言葉を受け、スタジオはエンディングに向けての準備に入る。対談者たちは、最後のメッセージを胸に、静かにその時を待つ。)