幕間:束の間の休息
(最終ラウンドのゴングが鳴り響いた後、スタジオの照明が少し落とされ、張り詰めていた空気がふっと和らぐ。司会のあすかがにこやかに退出し、対談者たちもそれぞれ、深い疲労と、奇妙な達成感が入り混じった表情で席を立った。スタッフに案内され、彼らはスタジオ隣の控え室、兼休憩室へと足を踏み入れる。)
(その部屋は、彼ら四人の生きた時代と個性を反映した、不思議な調和を見せる空間だった。一方の壁際には、ルートヴィッヒの城の一室を思わせる、深紅のベルベットが張られた豪奢なソファと、ゴブラン織りのタペストリーの一部が掛けられている。その隣には、芥川好みそうな、落ち着いた色合いの書斎コーナーがあり、使い込まれた文机の上には硯と筆、そして数冊の和綴じの本が置かれている。窓際には、ニーチェが愛したであろうアルプスの風景を描いた大きな油絵が飾られ、その前にはシンプルなデザインだが上質な革張りのアームチェアが一つ。そして部屋の中央には、ナイチンゲールが好みそうな、清潔感のある白いテーブルクロスがかかった円卓があり、そこには美しいティーセットと、焼き菓子などが用意されていた。壁の一部には、統計図表をモチーフにしたモダンなデザインの壁紙が貼られているのがユニークだ。全体として、様々な要素が混在しながらも、奇妙に落ち着く雰囲気を醸し出している。)
ナイチンゲール:(部屋に入るとすぐに、慣れた手つきでティーポットを手に取り)「皆さま、お疲れ様でした。よろしければ、お茶はいかがですか?少し頭を休めませんとね。」
ルートヴィッヒ:(一番豪奢なソファに深く身を沈め、疲れたように目を閉じ)「ああ、頼む、ナイチンゲール嬢。…それにしても、疲れたな。あのような俗な言葉で魂の内を語るのは、骨が折れる。」
芥川:(書斎コーナーの椅子に腰かけ、ナイチンゲールに小さく会釈する)「…本当に。私は、自分の内臓を衆目に晒しているような気分でしたよ…。」
ニーチェ:(窓辺のアームチェアに腰を下ろし、腕を組んで窓の外を眺めながら)「フン、私はまだまだ語り足りんがな。だが、まあ、凡俗の議論に付き合うのも、たまには悪くない刺激だったかもしれん。」
ナイチンゲール:(微笑みながら、それぞれに紅茶を注いで回る)「ニーチェ先生も、お疲れでしょう?口ではそうおっしゃっても、一番熱弁を振るわれていましたわ。」
ニーチェ:(少しバツが悪そうに咳払いをする)「…当然のことを述べたまでだ。」
(しばし、紅茶をすする音と、窓の外の(架空の)景色を眺める静かな時間が流れる。最初に口を開いたのは、意外にもルートヴィッヒだった。)
ルートヴィッヒ:(目を開け、芥川の方を見て)「…芥川君、だったかな。君の言う『ぼんやりとした不安』というのは、私には完全には理解できんが…君の紡ぐ物語には、どこか…そう、ガラス細工のような、儚い美しさを感じるな。特に、あの…蜘蛛の糸、だったか?あれは、なかなか…悪くない。」
芥川:(驚いて顔を上げる)「え…陛下、私の作品を…?」
ルートヴィッヒ:「うむ。この奇妙な場所に呼ばれてから、少しだけ予習させられたのでな。君の言葉は、暗く、苦悩に満ちているが、その奥に、一条の光にも似た、繊細な美意識が見え隠れする。それは、私の求める美とは違う種類のものだが…心を惹かれるものがあった。」
芥川:(頬を赤らめ、恐縮したように)「…もったいなきお言葉…光栄です、陛下。陛下こそ、その美への徹底した情熱…恐れ入りました。私には、とても真似のできない…」
ニーチェ:(横から皮肉っぽく)「フン、美だの不安だの、感傷的な話ばかりだな。だがまあ、芥川君。君の言うように、苦悩の中からしか生まれない表現がある、というのは、ある意味では真実かもしれん。私の『ツァラトゥストラ』も、決して安楽な精神状態から生まれたものではないからな。」
芥川:「…ニーチェ先生。実は、先生の著作は、学生時代から…密かに拝読しておりました。『悲劇の誕生』や、『ツァラトゥストラ』の言葉には、何度も心を揺さぶられ…また、打ちのめされもしました。」
ニーチェ:(少し意外そうな表情で)「ほう?君が、私の本を?それは…まあ、見る目があると言っておこうか。どのあたりが、君の心に響いたのだね?」
芥川:「それは…やはり、既存の価値観への鋭い批判と、個として立つことの厳しさ、でしょうか…。先生の言葉は、あまりに苛烈で、私には眩しすぎましたが…同時に、どこかで憧れも感じていたように思います。あの…『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』という言葉は、今でも忘れられません。」
ニーチェ:(満足げに頷く)「ふむ。あの言葉の意味を、君なりに掴んでいるようだ。結構。だが、覗くだけでは足りんのだよ、芥川君。深淵に呑み込まれることなく、その縁に立ち続け、自らの意志で光を掴み取らねばならんのだ!」
芥川:(苦笑し)「…先生には、敵いませんな。」
ナイチンゲール:(お茶を飲みながら、穏やかに)「それにしても、皆さま、それぞれの分野で、並々ならぬ『集中力』と『意志の力』を発揮されてきたのですね。陛下の城の建設にかける情熱、芥川先生の創作への没頭、そしてニーチェ先生の哲学への探求心…。その点は、私自身の仕事への取り組み方と、どこか通じるものがあるように感じましたわ。」
ルートヴィッヒ:「ほう?君のやっていることと、我々の営みが、通じる、と?」
ナイチンゲール:「ええ。もちろん、対象も方法も全く異なりますが、一つの目標に向かって、周囲の雑音を排し、持てる力のすべてを注ぎ込む…その精神的なプロセスにおいては、共通するものがあるのではないでしょうか。私の場合、それは統計データの分析や、病院改革の計画立案でしたが。」
ニーチェ:(意外にも興味を示し)「統計学、か。数字で世界を把握しようという試みは、ある意味では、哲学にも通じるかもしれんな。現象の背後にある法則性を見抜こうとする点で。君の用いた手法について、もう少し詳しく聞いてみたいものだ。」
ナイチンゲール:(少し驚きつつも、嬉しそうに)「まあ、先生が統計にご興味をお持ちとは。よろしければ、後ほど少しご説明しましょうか?死亡率の比較分析や、衛生改善の効果測定など、客観的なデータがいかに重要か…」
ルートヴィッヒ:(あからさまに退屈そうな顔で)「やめてくれ、ナイチンゲール嬢。数字の話は聞きたくない。それより、この部屋のタペストリー、なかなか見事なものだな。どこの時代のものだろうか?」
あすか:(いつの間にか部屋の隅に現れ、にこやかに)「あ、それは17世紀フランドルのものだと言われています、陛下。この休憩室は、皆さまが少しでもおくつろぎいただけるように、それぞれの時代や好みを反映させて、時空修復師さんたちが特別にデザインしてくれたんですよ。」
芥川:「時空修復師…?この『歴史バトルロワイヤル』というのは、一体…?」
あすか:(人差し指を口に当て、いたずらっぽく笑う)「それは、トップシークレットです♪あまり詮索なさらないでくださいね。今は、束の間の休息を楽しんでください。」
ニーチェ:「フン、奇妙な茶番劇だ。だがまあ、こうして異なる時代の人間と直接言葉を交わすというのは、退屈しのぎにはなる。」
ナイチンゲール:「本当に。皆さまのお話は、私の知らなかった世界や価値観に触れる、貴重な機会ですわ。特に、芸術や哲学といった分野は、私には縁遠いものでしたので。」
ルートヴィッヒ:「それはこちらも同じだ。君のような、実務的で…まあ、その、行動的な女性がいるとは、驚きだった。」
芥川:「私もです。皆さまのような、強い信念を持った方々とこうしてお話しできるとは…夢にも思いませんでした。」
(先ほどまでの激しい議論が嘘のように、和やかな空気が流れる。互いの違いを認めつつ、どこか共通の人間性のようなものを感じ取っているのかもしれない。)
ニーチェ:「それにしても、芥川君。君の国の『武士道』というものには、少し興味がある。滅びゆくものの美学、という点では、あるいは私の思想と響き合う部分があるかもしれん。」
芥川:「武士道、ですか…。それはまた、難しいテーマですが…」
ルートヴィッヒ:「日本の芸術はどうなのだ?浮世絵とかいうものは、なかなか異国情緒があって面白いと聞いたが。」
ナイチンゲール:「日本の衛生状況や医療制度についても、機会があればぜひ伺ってみたいですわ。」
(それぞれの興味が交差し、会話は尽きない様子だ。激しい論戦を繰り広げた魂たちが、今は互いの時代や文化への素朴な好奇心で結ばれている。)
あすか:(微笑ましくその様子を眺めていたが、やがて腕時計を見て)「あらあら、すっかり話し込んでしまって。名残惜しいですが、そろそろ休憩時間も終わりのお時間です。皆さま、エンディングの収録がございますので、準備をお願いできますでしょうか?」
対談者たち:(それぞれ少し残念そうな顔をしつつも、頷く)
(彼らは再び立ち上がり、それぞれの表情には、先ほどまでの和やかさに加え、エンディングに向けての新たな決意のようなものも窺える。束の間の休息は終わり、再び「歴史バトルロワイヤル」の舞台へと戻る時が来た。)