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ラウンド4:「孤独の“価値”」- 肯定か?克服か?

(ラウンド3の激しい議論が残した緊張感がスタジオを支配している。モニターには最終ラウンドのタイトル『ラウンド4:孤独の“価値”-肯定か?克服か?』が荘厳な音楽と共に表示された。あすかは、これまでの議論を噛みしめるように、ゆっくりと口を開いた。)


あすか:「創造の源泉であり、破滅の淵でもある孤独。他者との繋がりを求めながら、同時に拒絶してしまう心。社会の中で連帯しながらも、個として立たねばならない瞬間…。私たちは今、この『孤独』という、人間存在の根幹に関わるような、複雑で多面的なテーマの核心に近づいているように感じます。」


(あすかは、対談者一人ひとりの顔を順に見つめる。)


あすか:「さあ、いよいよ最終ラウンドです。これまでの議論を踏まえ、皆さまは最終的に、『孤独』というものをどう捉え、それにどのような『価値』を見出すのでしょうか?それは、人間が目指すべき、あるいは受け入れるべき『肯定』されるものなのか。それとも、乗り越え、克服し、そこから脱却すべきものなのでしょうか?皆さまの人生哲学、その根幹に関わるお考えを、最後にお聞かせください。…まずは、常に孤独を『強者の証』と主張されてきた、ニーチェ先生からお願いします。」


ニーチェ:(待っていたとばかりに、深く息を吸い込み、力強く語り始める)「よかろう!私の最終的な答えを述べよう!孤独とは!断じて肯定されるべきものだ!いや、それどころか、人間が真に人間として生きるための、最高の価値であり、不可欠の条件なのだ!」


(彼の目は燃えるような輝きを放っている。)


ニーチェ:「思い出してみるがいい!我々は何のために生きているのか?ただ安楽に、家畜の群れのように、他人の価値観に従って生きるためか?断じて否!我々は、自らの意志で価値を創造し、自己を超克し、より高次の存在…すなわち『超人』へと至るために生きているのだ!」


あすか:「自己超越、そのために孤独が必要だと?」


ニーチェ:「そうだ!自己を超えるためには、まず、既存の価値観、社会の常識、他人の評価といった、我々を縛り付けるあらゆる鎖から自由にならねばならん!群衆の中にいては、同調圧力に屈し、安易な道へと流されるだけだ!真の自己、内なる『力への意志』の声を聞き、それに従うためには、自ら群れを離れ、荒野に立つ孤独が必要不可欠なのだ!」


(彼は拳を握りしめる。)


ニーチェ:「そして、その孤独の中でこそ、我々は『永劫回帰』という深淵なる真理と向き合うことができる!この人生が、喜びも苦しみも、すべて寸分違わず永遠に繰り返されるとしたら?それでも汝はこの生を肯定し、一瞬一瞬を全力で生きることができるか?この問いに『然り!』と答えること、これこそが『Amorfati』、運命愛だ!そして、この運命愛に到達できるのは、他者の評価や来世の救済といった欺瞞から完全に解き放たれた、絶対的な孤独者だけなのだ!」


ルートヴィッヒ:(ニーチェの言葉に頷きつつ)「…運命愛、か。面白いことを言う。」


ニーチェ:(ルートヴィッヒを一瞥し)「孤独とは、弱者が憐れみを乞うための隠れ蓑ではない!それは、強者が自らの運命を引き受け、この大地にしっかりと根を張り、自らの価値を天に向かって宣言するための舞台なのだ!孤独を恐れるな!孤独を愛せ!孤独を引き受けよ!そこにしか、人間の真の偉大さと尊厳はないのだ!克服?馬鹿馬鹿しい!孤独こそが、我々が目指すべき頂なのだ!」


(ニーチェは言い切り、満足げに深く息をついた。その圧倒的な肯定論に対し、あすかはルートヴィッヒに視線を移す。)


あすか:「ニーチェ先生、ありがとうございました。孤独こそ人間の目指すべき頂、という力強い宣言でした。陛下は、いかがですか?先生の意見に賛同されますか?」


ルートヴィッヒ:(優雅に足を組み替え、微笑を浮かべる)「ふふ…ニーチェ先生の言葉は、いささか熱に浮かされたような響きもあるが、核心の部分では同感だ。孤独は、肯定されるべきものだ。ただし、私の場合は、理由が少し違う。」


あすか:「と、おっしゃいますと?」


ルートヴィッヒ:「私が孤独を肯定するのは、それが『美』に仕えるための、唯一絶対の道だからだ。」


(彼の表情は、陶酔にも似た輝きを帯びる。)


ルートヴィッヒ:「この世界を見たまえ。どこもかしこも、醜悪なものばかりではないか。権力欲、金銭欲、嫉妬、裏切り…人間の作り出す現実は、あまりにも汚らわしい。そんなものに、私の魂を触れさせるわけにはいかないのだよ。真の美とは、この世の汚れを知らぬ、純粋で、高貴で、そして儚いものだ。それは、孤独という、清浄な空気の中でしか呼吸できないのだ。」


芥川:(苦しげに)「…しかし陛下、その美のために、現実の責務や、人々の生活を犠牲にすることは…」


ルートヴィッヒ:(芥川を冷ややかに見下ろし)「犠牲?何を言うか。美の前では、現実の些事など、塵芥に等しい!国庫がどうなろうと、臣下が何を言おうと、知ったことか!私の使命は、この地上に、束の間でも美の王国を築き上げることだったのだ!そのためには、どんな代償も厭わん!世間の無理解?誹謗中傷?それはむしろ、私の選ばれし者の証だ!私の城が、私の愛した芸術が、永遠にその価値を語り継いでくれるならば、それで十分ではないか!」


(彼は恍惚とした表情で続ける。)


ルートヴィッヒ:「孤独は、美を守るための盾であり、美を育むための揺り籠だ。私は、その静寂の中で、美の女神の声を聞き、その姿を追い求めた。最期にあの湖に沈んだのも…あるいは、この醜い現実から、永遠の美の世界へと旅立つための、私自身の選択だったのかもしれんな。ふふ…孤独よ、汝こそが我が真の王国、我が永遠の恋人なのだ!」


(ルートヴィッヒは陶酔したように語り終えた。その徹底した耽美主義と現実逃避の肯定に、スタジオは異様な空気に包まれる。あすかは、深呼吸を一つして、芥川に向き直った。)


あすか:「陛下、ありがとうございました。美のための孤独…ある意味、究極の選択かもしれませんね。…芥川先生。ニーチェ先生と陛下の、ある意味で非常にポジティブな孤独観を聞かれて、先生は最終的に、ご自身の孤独をどう捉えられますか?」


芥川:(力なく首を振る)「…肯定、などという言葉は、私にはとても使えませんな…。孤独は、やはり苦しい。暗く、冷たく、救いがない。できることなら、逃げ出したかった。克服できるものなら、したかった…それが偽らざる本音です。」


(彼は、しかし、続ける。)


芥川:「ですが…同時に、こうも思うのです。もし、私がこの孤独を知らなければ…この『ぼんやりとした不安』に苛まれなければ…私は、何かを書くことができただろうか、と。」


あすか:「孤独が、創作の…源泉であった、と?」


芥川:「源泉、と呼べるほど立派なものかどうか…。ただ、私の書いたものの多くは、この孤独の闇の中から、這い出てきたようなものばかりです。人間のエゴイズム、心の弱さ、救いのなさ…そういったものを描かずにはいられなかった。それは、私自身が、その闇の中にいたからです。明るい、幸福なだけの人間には、おそらく書けなかったでしょう。」


(彼は、遠い目をして呟く。)


芥川:「芸術というものは、あるいは、そういうものなのかもしれません。作者の傷口から流れ出る血のような…美しいものでも、肯定されるべきものでもない、ただ、そこにある、痛々しい現実。孤独は、私にとって、芸術を生み出すための…必要悪、だったのかもしれません。肯定もできず、克服もできず…ただ、その中で、何かを書き残すことしかできなかった。それが、私の人生だった…。」


(彼の声には、深い諦念と、しかし、わずかな誇りのような響きも感じられた。)


芥川:「ですから…価値、ですか?分かりません。ただ、私の遺したものが、後世の誰かの心を、ほんの少しでも揺さぶることができたなら…あるいは、この苦しい孤独にも、ほんの僅かな意味があったのかもしれない…そう、願うばかりです。」


(芥川の繊細で痛切な告白は、多くの共感を呼ぶだろう。あすかは、その言葉を重く受け止めながら、最後にナイチンゲールに問いかける。)


あすか:「芥川先生、ありがとうございました。その葛藤、痛いほど伝わってきました…。ナイチンゲールさん。孤独を肯定するニーチェ先生、陛下、そして肯定も否定もできずに苦悩された芥川先生。これらのお考えを踏まえ、ナイチンゲールさんの最終的な孤独観をお聞かせください。」


ナイチンゲール:(背筋を伸ばし、揺るぎない口調で)「皆さまのお話、非常に興味深く拝聴いたしました。それぞれの孤独の形、そしてそこに見出す価値観があることは理解できます。しかし、私の結論は変わりません。孤独は、あくまで『克服』され、最終的には『繋がり』へと昇華されるべきものです。」


ニーチェ:「フン、まだそんな甘いことを言うか。」


ナイチンゲール:(ニーチェを一瞥し、しかし冷静に続ける)「甘い、とは思いません。現実的、かつ人道的だと考えています。確かに、個人の内面的な成長や、特殊な状況下での目標達成において、孤独が一時的に必要となる場面はあるでしょう。私自身も、先ほど申し上げたように、孤独の中で集中力を高め、計画を練り、強い意志を保ちました。それは事実です。」


(彼女は、しかし、きっぱりと言い切る。)


ナイチンゲール:「ですが、それはあくまで『手段』であり、目的ではありません。人間は、本質的に社会的な生き物です。他者と関わり、協力し、互いに支え合うことで、個人としても、社会全体としても、より良く発展していくことができる。それが私の信念です。孤独を賛美し、孤立を深めることは、結局のところ、個人の可能性を狭め、社会全体の停滞を招くのではないでしょうか。」


ルートヴィッヒ:「社会など、どうでもよいと言っているだろう!」


ナイチンゲール:(ルートヴィッヒに向き直り)「陛下、それはあまりにも無責任なお考えです。あなたがその『美の王国』に閉じこもっている間にも、現実の世界では、多くの人々が病や貧困に苦しんでいます。その現実から目を背け、自分だけの世界に安住することが、本当に価値ある生き方と言えるのでしょうか?私には、そうは思えません。」


(次に、芥川に優しい、しかし毅然とした視線を向ける。)


ナイチンゲール:「芥川先生。あなたの苦悩は、お察しするに余りあります。ですが、その苦しみにただ沈潜するのではなく、そこから一歩踏み出し、他者と繋がり、共に何かを成し遂げようとする意志を持つこともできたのではないでしょうか。たとえ完全な理解が得られなくとも、行動を起こすことで、状況を変えられた可能性はあったはずです。」


芥川:(力なく)「…それは…そうかもしれませんが…」


ナイチンゲール:(最後に、ニーチェに真っ直ぐ向き合う。)


ナイチンゲール:「そして、ニーチェ先生。あなたの言う『超人』や『自己超越』も、結局は、より良い人間、より良い社会を目指すという点で、私の目指すところと完全に無関係ではないはずです。しかし、そのために社会から完全に断絶し、他者を『弱者』と断じ、孤独を絶対視する方法が、本当に唯一の道なのでしょうか?むしろ、多様な他者と関わり、議論し、時には対立しながらも、共に未来を築いていこうとする努力の中にこそ、真の『自己超越』があるのではないかと、私は考えます。」


ニーチェ:「フン、理想論だな!現実の人間はもっと醜く、愚かだ!」


ナイチンゲール:「だからこそ、変えねばならないのです!孤独は、乗り越えるべき壁です。その壁を乗り越えた先に、私たちはより強く、より賢く、そしてより人間らしくなれる。私は、未来の世代が、不必要な孤独に苦しむことなく、互いに支え合い、健やかに生きていける社会を築くことこそが、私たちの責任であり、真に価値ある目標だと信じています。孤独の肯定?結構です。ですが私は、繋がりと連帯の価値を、最後まで主張させていただきます。」


(ナイチンゲールの力強い宣言は、スタジオに新たな風を吹き込んだ。孤独の『肯定』と『克服』。二つの対立する価値観が、それぞれの信念と人生経験を背景に、鮮やかに提示された。)


あすか:(しばし、白熱した議論の余韻を味わうように沈黙した後、ゆっくりと話し始める)「…孤独の絶対的な肯定、美のための肯定、芸術のための必要悪、そして克服し繋がりを目指すべきもの…。最終ラウンドにふさわしい、皆さまの魂からの叫び、確かに受け止めさせていただきました。」


あすか:「肯定か、克服か…。もしかしたら、この問いそのものに、唯一の正解はないのかもしれませんね。それぞれの人生の局面で、それぞれの価値観に基づいて、私たちは皆、自分自身の『孤独』と向き合い、その意味を問い続けていく…。それでいいのかもしれません。」


あすか:「ただ一つ言えるのは、今宵、こうして時空を超えて皆さまが出会い、それぞれの孤独について語り合ったこと、そのこと自体が、決して『孤独』な営みではなかったということです。この魂のぶつかり合いが、画面の前の皆さまにとっても、ご自身の『孤独』について考える、何か一つのきっかけとなったなら、案内役としてこれ以上の喜びはありません。」


(あすかは、深く一礼する。)


あすか:「白熱した議論、本当にありがとうございました!それでは、名残惜しいですが、幕間とコーナーを挟んで、まもなくエンディングのお時間となります。」


(最終ラウンドが終了し、番組はエンディングへと向かう。対談者たちは、それぞれの思いを胸に、静かにその時を待っている。)

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