オープニング:静かなる討論のはじまり
(舞台は近未来的な要素も取り入れた、シックなデザインのスタジオ。コの字型に配置された重厚なテーブルには、それぞれの時代を象徴するような装飾が微かに施されている。中央奥には巨大なモニターがあり、今は静かに番組ロゴ「歴史バトルロワイヤル」を映し出している。照明が落とされ、スポットライトがスタジオ中央を照らすと、ふわりと風が舞うように一人の女性が現れる。若草色の軽やかなドレスを纏った、司会のあすか。)
あすか: (カメラに向かい、柔らかな笑顔で)「歴史という名の深遠なる森に迷い込んだ、親愛なる魂の探求者の皆さま、ごきげんよう。今宵も、時空の狭間に忘れ去られた『物語の声』に耳を澄ませる時間がやってまいりました。『歴史バトルロワイヤル』、あなたの案内役、あすかです。」
(あすかの言葉に合わせるように、スタジオ全体がゆっくりと明るくなり、壮大かつ少しミステリアスなオープニングテーマ曲が流れ始める。モニターには、様々な歴史的風景や人物のシルエットがめまぐるしく映し出され、最後に番組ロゴが再び大きく表示される。)
あすか: 「さて、人間が人間である限り、決して逃れることのできない感情…それは喜びや怒りだけではありません。ふとした瞬間に心を覆う、あの、どうしようもない感覚…。そう、今回のテーマは…『孤独』です。」
(テーマ『孤独を考える』がモニターに表示される。BGMが少し静かになる。)
あすか: 「一人でいることの静けさ、誰にも理解されないという痛み、自ら選んだ孤高、あるいは、望まずして陥った孤立…。『孤独』は、時に私たちを深く苛み、時に私たちに特別な力を与えてくれます。歴史に名を刻んだ魂たちは、この複雑で厄介な感情と、一体どのように向き合ってきたのでしょうか? 今宵は、それぞれの時代で強烈な『孤独』を生きたであろう、四つの魂をお呼びいたしました。さあ、時空を超えた魂の対話、その幕を開けましょう!」
(優雅な仕草で下手側の席を示す。)
あすか: 「まずご紹介するのは、この方! 壮麗なる夢の城を築き上げ、ワーグナーの音楽に魂を捧げた、バイエルン最後の”メルヘン王”! ルートヴィッヒ2世陛下!」
(スポットライトがルートヴィッヒを照らす。彼は黒いビロードの豪奢な衣装に身を包み、少し神経質そうに、しかし優雅にテーブルの縁を指でなぞっている。視線はやや宙を彷徨いがちだ。)
ルートヴィッヒ: (軽く顎を上げ、あすかに一瞥をくれる)「…ふん。このような俗な場所に呼び立てるとは、無粋なことだ。だが、美について語るのであれば、少しは我慢してやろう。」
あすか: (微笑み返し)「ようこそお越しくださいました、陛下。陛下の追い求めた美の世界、その源泉にはどのような孤独があったのか、ぜひお聞かせくださいね。」
(次に、ルートヴィッヒの隣の席にスポットライトが移る。)
あすか: 「続きましては、近代日本の文学に、鋭利な知性と繊細な感性で新たな地平を切り拓かれた、この方! 『羅生門』『鼻』『蜘蛛の糸』、そして晩年の『歯車』…作品の数々で人間のエゴイズムや心の闇、そして”ぼんやりとした不安”を描き続けた文豪、芥川龍之介先生です!」
(芥川は、着慣れた和服姿で背を丸め、少し神経質そうに咳払いをする。手元の原稿用紙のようなものに目を落としがちだ。)
芥川: (伏し目がちに)「…ご紹介、痛み入ります。ですが、孤独などというテーマは…正直、あまり語りたくはない。私の書いたものなど、所詮は作り話。そこに真実があるとお思いなら、それは買い被りというものです…。」
あすか: 「ご謙遜を、先生。先生の紡いだ言葉の裏には、きっと先生ご自身の魂の叫びが隠されているはず。私たちは、その声を聞きに来たのですから。」
(あすか、今度は上手側の席を示す。)
あすか: 「そして! こちらには、19世紀のヨーロッパに思想の爆弾を投下した、孤高の哲人!”神は死んだ”と高らかに宣言し、”超人”たれと呼びかけた、フリードリヒ・ニーチェ先生!」
(ニーチェは、鋭い鷲のような眼光であすかを射抜き、挑むような笑みを浮かべている。太い眉、豊かな口髭が印象的だ。自信に満ち溢れ、どこか他の対談者を値踏みするような空気がある。)
ニーチェ: (隣の芥川をちらりと見て、鼻で笑う)「フッ、不安だと? 孤独を恐れるのは弱者のすることだ! 真の人間は、自ら孤独を選び取り、その中で自己を超えていくのだ! 聞け! 凡俗ども! 今宵、私が諸君に『本物の孤独』を教えてやろう!」
あすか: 「わお! さすがはニーチェ先生、開始早々、舌鋒鋭いですね! その燃えるような言葉の奥にある哲学、じっくりと拝聴いたします!」
(最後に、ニーチェの隣の席へスポットライトが当たる。)
あすか: 「そして、最後にご紹介するのは、この方なくして現代の看護は語れません。”クリミアの天使”と称賛されながらも、その実像は統計学を武器に旧弊な体制と戦い抜いた、不屈の改革者!”ランプを持つ貴婦人”こと、フローレンス・ナイチンゲールさんです!」
(ナイチンゲールは、ヴィクトリア朝時代の質素だが機能的なドレスを身に纏い、背筋を凛と伸ばして座っている。その表情は冷静沈着で、感情をあまり表に出さない。手元には分厚い資料のようなものが置かれている。)
ナイチンゲール: (落ち着いた声で)「ご紹介ありがとうございます、あすかさん。ただ、『天使』などという感傷的な呼び名はおやめください。私は為すべきことを為しただけです。孤独を感じる暇など、ほとんどありませんでしたわ。目の前には常に、解決すべき問題が山積していましたから。」
あすか: (感嘆の息を漏らし)「…かっこいい! その揺るぎない信念、行動力! その裏にあったかもしれない孤独の影についても、ぜひお聞かせいただきたいです。」
(スポットライトが4人全員を照らし、あすかが中央に進み出る。)
あすか: 「王、文豪、哲学者、そして改革者…。それぞれの時代で、それぞれの立場で、強烈な光と影を生きた四つの魂が、今宵、このスタジオに集結いたしました! 皆さま、拍手でお迎えください!」
(スタジオに大きな拍手が鳴り響く(SE)。)
あすか: 「ありがとうございます! …しかし、紹介の段階からすでに、皆さまの『孤独』に対する捉え方が全く違うことが、ひしひしと伝わってきますね。これは、一筋縄ではいかない対談になりそうです!」
(あすか、いたずらっぽく笑う。)
あすか: 「では、ウォーミングアップといきましょうか。まず最初に、皆さまにとって『孤独』とは、最も端的に表現するなら、どんな言葉になりますか? 一言でお聞かせください。まずは陛下から、どうぞ。」
ルートヴィッヒ: (少し考え、目を伏せ)「…美を守るための、聖なる静寂、とでも言っておこうか。」
あすか: 「聖なる静寂…美しい響きですね。では、芥川先生は?」
芥川: (ため息をつき)「…やはり、底なしの、ぼんやりとした不安…これ以外に、言葉が見つかりませんな。」
あすか: 「ぼんやりとした不安…。胸に刺さります。ニーチェ先生、お願いします!」
ニーチェ: (即座に、力強く)「自己を超えるための、試練であり特権だ! 他に何がある!」
あすか: 「試練であり特権! まさに先生らしいお言葉。最後に、ナイチンゲールさん。」
ナイチンゲール: (迷いなく)「克服すべき、しかし時に必要な、壁です。それ以上でも以下でもありません。」
あすか: 「壁、ですか…乗り越えるべき対象ということですね。ありがとうございます! 美、不安、試練、壁…いやはや、これはもう、序盤からクライマックスの予感しかしません!」
(あすか、両手を広げ、高らかに宣言する。)
あすか: 「さあ、準備はよろしいでしょうか? 時空を超えた魂たちが、『孤独』を巡って真正面からぶつかり合う! 歴史バトルロワイヤル、いざ、尋常に…バトル、スタート!」
(力強いゴングの音(SE)と共に、スタジオの照明が一段と明るくなり、最初のラウンドへ突入する。)