婚約破棄なんてしなくてよかった
強いヒロインを書くのが不得手なので習作です
「婚約破棄する! 僕はリリアと結婚するんだ!」
平民育ちのリリアの腰を抱き、パーティーホールで高らかに宣言する王太子。
私マリアは呆然と見つめ――そして、はっきり告げた。
「反対します」
私はつかつかと近づいて、リリアの手をぎゅっと握った。
「リリア。もったいありませんわ、あなたほどの方が王太子の婚約者なんて。考え直して」
「え……」
回りが呆然としている。王太子が、宣言したかっこいいポーズのママで固まっている。
「あなたが野心家でガッツがあって、貴族社会に対して必死に成り上がろうとしてるのは分かってたわ。私はそれがかっこよかった。だって公爵令嬢とはいえ親金ですもの。親から貰った金権力地位とコネクションがあって、既得権益側ならば、澄ました顔でいくらでもあなたの揚げ足をとることなんてできる。実際私はそうしてきたわ。でもあなたはめげなかった。どんなに主人公に敗北を喫しても諦めず策を練り悪役の矜持を胸に復讐に燃えるあなたを、私は愛していた。私は、ずっと、あなたを幸せにしたかった……」
「こ、公爵令嬢? 何言ってるんだ?」
王太子は黙っていてほしい。
その思いを込めて、私は更に声を張り上げた。
「あなたを愛しているからこそ! 私はこの婚約破棄を認めないわ! あなたは回りの貴族たちに利用されようとしているの。王太子がポンコツな傀儡で、私がそれを支えるというやり方で今後を成り立たせようとしていたけれど、この男社会で小娘に政治の舵を取らせるわけがないわ。ある程度利用して手駒として面倒な仕事を全部押しつけて、その功績はすべて父か兄が奪うわ。父と兄が権力争いで負けたら、次はそうね、他のおじさんの手駒になるだけだわ。私の上司がすげ替えられるだけ、私は褒められもしないしむしろもっと働けと尻を叩かれる! 同時に別の意味でも尻を叩かれる! 子供を産めってね! 私は子供を産んで、男社会の歯車、女社会の主として活躍できるわ、私ですからね! でもあなたは違う。あなたは私ではないから。あなたは王太子の婚約者になった後、数々の失敗をさせられて、私を宮廷に戻すための窮地に陥れられるでしょう。私をポンコツの王太子ではなくその弟王子の婚約者にすげ替えるため! 現にそこにほら、物陰で弟王子が待機しているでしょう?」
「あっほんとだ」
「彼は都合良く過去の運命の出会いをでっちあげて、私とロマンスに落ちるつもりなのよ。全てを奪われた公爵令嬢に『あんな安っぽい女に尻尾を振るバカ兄なんてどうかしている僕と一緒になってくれ』といってね! しばらくのあいだ辺境伯領の別荘に滞在したのち、貴方がボロを出しまくってボロボロに追い込まれたところで、すっかり慣れない溺愛でメロメロのいいなりになった私を連れて弟王子が凱旋! そして断罪! そういう予定なのよ! あなたはこいつらにとっては! 所詮! 手駒でしかないのよ! がんばりやで顔も可愛くて、一生懸命で陰でノラネコを助けちゃうような、あなたをボロボロにして……そんな連中の中に、わざわざ飛び込まないで! お願いだから!」
「あ、あああなたが今ボロ泣きでぼろぼろじゃない!」
リリアはハンカチを差し出してくれる。私は涙を拭い、更に訴えた。
「私は確かに強い女よ、でも強いとしても『どうせ小娘、ちょっと弱った所に金権力地位をもった男をよこせばすぐにぐらつくだろ』と思われる程度なのよ、皆にとっては! 冗談じゃないわ、そんな色気や恋に惑っているような暇なんてないし、そもそも色恋なんて下賤なものだと令嬢の私に徹底的にたたき込んだのは周りの連中じゃない、私はおかげさまですくすくと色恋に溺れる感情なんて育たずに育ったわ、結婚なんて馬の繁殖と同じで血統存続の為のものでしかないわ、それは承知の上で良き牝馬になりましょうと腹をくくっていたのに、もう! 私ってば甘く見られたものね!」
私は天を仰ぐ。リリアはため息をついた。
「牝馬としての運命を享受する……すごいわ。やっぱり公爵令嬢の格は違うわ」
「ふふ、リリアに褒められると嬉しい」
「色恋なんて下賤で嫌いでも、同性に褒められるのはありなのねあなた」
「ふふ……生産目的ではない情愛は好いていてよ」
興奮して喉が渇いた。
そこに置いてあったグラスをとり、ちょっと煽った上に更に続ける。
「リリア。手を組みましょう、私には貴方が何度生まれ変わっても手に入らない公爵令嬢としての知識と知恵とパワーがある。あなたには私にはない裏社会のノウハウもある。私は私にない魅力の溢れるあなたを愛している。尊敬している。私が公爵令嬢じゃなくなっても、あなたはずっとそばにいてくれるかしら?」
リリアの瞳が揺れる。
「あ、あたしはあんたなんか嫌いよ! あんたたち貴族のせいで、安易な環境対策のせいで、兄さまの産業は、お母さまの特許は……」
「知っているわ! 全て知っているわ! だって奪ったのは父だもの!」
「っ……知っているなら!」
助けてくれたっていいじゃない!
そんな言葉を、私は彼女を抱きしめることで黙らせた。
「ええ、知っているからこのポンコツ傀儡王太子の妻となり、皆から選ばれる都合の良い社会の歯車となり、子供をポコポコ産んでは乳母に任せて次の子作りに精を出し、薬物で体にブーストをかけながら働き続けて権力の頂に立ち、あなたを侍女として傍に迎えたかったの。復讐に染まったあなたの憎しみの瞳に、刃に、全てを穿たれたかったから……!」
「お、お嬢様……!」
「でもまあ、あなたがこうなってしまったのでこのプランはチャラね。私も色々疲れちゃったし、愛しいあなたの手を掴んで何もかもがどうでもよくなっちゃった。王太子とも、第二王子ともベッドを共にするのなんて勘弁だわ、一緒に手を取り合って修道院に逃避行きめちゃって、修道院で面白おかしく国政を揺さぶり続けましょう」
「そんなことできるの? 修道院はほぼ隣国兵や蛮族に対する時間稼ぎの生け贄のようなもので……」
「それは私が生まれる前の話よ。私が生まれてからは全て改革させたわ。私が無垢な幼女のふりをして、各地の修道院にショートステイしたからね!」
「な、なんと……あなた、一体そんなことを幼女のうちから……!?」
「最強の公爵令嬢たるもの、当然のたしなみですわ」
「な、なんてこと」
呆然とする臣下と王侯貴族、全ての人々。
彼らの前で私とリリアは手を取り合い、ステンドグラスを破ってパーティ会場から飛んで飛び出した。
外につけた馬に跨がり、私たちは大笑いしながら城を後にした。
――マリアリリア修道公国、その創始の物語である。
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