座敷牢
「待ちぼうけ、いくつ数を数えてもあなたは絶対にやってこない。」
座敷牢の中に着物姿の少女が一人。
彼女は生贄になる為に育てられ、この座敷牢から一歩も外へは出たことが無い。
「壱つ、弐つ、参つ……」
彼女が外へと出るときは、生贄になるその瞬間。
足には鎖。決して壊れることの無い鉄格子。運ばれてこない食事。
彼女は分かっていた。生贄になる瞬間だけ外に出られることと、その瞬間は訪れないことを。
「来ない、決して来ないのよ。そうでしょ?」
彼女は誰に問いかけているわけでもなく、微笑を浮かべながらそう呟いた。
「お母様、貴女は温かかった。その温もり、私は今でも覚えています。」
そっと、自分の唇に手を当てて。
「お父様、貴方の厳しさを私は今でも覚えています。」
妖艶に微笑みながら。
「お兄様、貴方は私と随分長いこと一緒でしたね。でも、今日でお別れです。」
彼女はカプッと上品に、それに牙を立てた。
それ、それは人間のであったもの。人間の一部であったもの。腕という名の肉片。
彼女にとってはそれが最期の晩餐であった。
*
「ねぇ知っていて?山の麓に広がるあの森の奥深くに食人鬼が住んでいるんですって。」
「ええ、その噂なら知っているわ。没落貴族のお屋敷でしょ?生まれた娘は突然変異で人肉しか受け付けず……って噂よね?」
*
人に相応しいものを食べろと、初めて人肉を食べた時にお父様はそうおっしゃった。
初めての肉は女中のモノ。これを食べなきゃ私は殺されるところだった。でも、食べても同じ。私は座敷牢へと入れられ、そこで餓死してしまうまで繋がれるはずだったの。
それを不憫に思ったお母様。お父様を殺して私にくれた。そして、お父様が完全にいなくなってしまうと、座敷牢の中で自ら首を切り、肉片…私の食事になったの。それを見たお兄様は、私を殺そうとした。でもね、勢い余って自分で自分を刺してしまったの。こうして私の食事は増えたわ。
でも、今日で終わりね。
彼女は「餓死」への生贄に。飢えと言う名の死神の手に掛かり死んだ。
けれども牢からは出られなかった。
出してくれる人がいなければ、出られる筈も無いのだから。