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6.女、気合入れるべし

 ゴールデンウィークを間近に控えた、と或る日の朝。

 桃円高校1年A組の教室内に、ちょっとした衝撃が訪れた。


(え? 誰? あの子……?)


 魅姫は突然現れた超絶美少女に、すっかり目を奪われてしまっていた。

 彼女は確かに桃円の制服を纏っているものの、今まで全く見たことが無い程の美麗な顔立ちで、周囲の注目を浴びまくっている。


「おい……誰だよ、あの子、めっちゃ可愛いじゃん……」

「転校生かな? でも、妙に場慣れしてるっぽいよな」


 そこかしこで男子が囁き合い、視線を外すことが出来なくなっている。

 謎の美少女は緩やかにウェーブがかった長い髪を静かに揺らしながら、堂々とした足取りで教室内を進んでゆく。その歩みには何の迷いも無かった。

 細いシルバーフレームの眼鏡はクールな印象の美貌に更なる理知的な色を与え、その凛とした立ち居振る舞いだけで教室内の男子達の視線を片っ端から奪いまくっていた。

 だが何よりも教室内の全員を驚かせたのは、彼女が通学鞄を置いたその席の位置だった。

 そこは、紗璃菜の席だった。

 謎の超絶美少女はさも当たり前の様に紗璃菜席に腰を下ろし、教科書やノートを鞄の中から引っ張り出している。


「う、嘘だろ……あれって、マジで刈倉?」

「いやでも……何か普通に座ってるし、よくよく見たら、何となく刈倉っぽい雰囲気だし……」


 男子達の動揺は、次第にさざ波の如く室内全体へと緩やかに伝播してゆく。

 と、そこへ義零が頭をぶつけない様に少しだけ頭を屈めながら出入り口をくぐって教室内へと足を踏み入れてきた。

 すると、紗璃菜席に腰を下ろしていた謎の美少女はぱっと明るい表情を浮かべて立ち上がった。その笑みだけでも、男子達は一斉に色めき立ち、大半が心を奪われている様子を伺わせた。

 そして謎の美少女は自席に就いた義零の前へと小走りに近づいてゆく。

 教室内の全ての顔が、固唾を呑んでその光景を見守っていた。


「お、おはようございます、神岡君……その……指示して頂いた通り、色々、変えてきました」


 すると義零はのっそりと立ち上がり、鋭い眼光でその美少女の秀麗な面をじぃっと覗き込んだ。


「良いだろう。認めてやるぜ刈倉。その面構えなら十分、戦えるぜ」

「あ……ありがとうございます!」


 その美少女は矢張り、紗璃菜だった。

 昨日までの、目元が隠れる程の前髪と野暮ったいおさげ、そして地味子の特徴ともいえる黒縁眼鏡は完全に姿を消していた。

 どうやら彼女は義零の指南を受けて大人っぽい髪型へとスタイルアップし、前髪を上げて隠されていた美麗な顔立ちを露わにした様だ。

 そして眼鏡も地味な印象を与える黒縁のそれから、細いシルバーフレームの洗練されたデザインのものへと置き換わっている。

 見事な程の変貌ぶりであった。

 彼女がこれ程の美人で、しかもむしゃぶりつきたくなる程の色気を具えていたとは、誰も気付いていなかっただろう。

 魅姫自身も、まったく同様だった。あの地味オブ地味な田舎娘の如き紗璃菜がここまで大化けしようなどとは到底想像出来なかった。


(う……嘘でしょ……あの子が、本当に、あの地味子……?)


 どうしようもない敗北感が襲い掛かってきた。

 どこをどう比べても自分の方が圧倒的に美しく、洗練されていると思っていた。

 それがたった一日で逆転されてしまったのである。

 魅姫は自席の椅子にぺたりと座り込んだまま、もう立ち上がる気力すら失われてしまっていた。

 男子達の目線は、義零の前で嬉しそうに笑っている紗璃菜に釘付けだった。そのすぐ傍らにいる里琴ですら霞んでしまう程の美麗な顔立ちは、もうそれだけでひとつの事件だった。

 ついこの間まで紗璃菜をカモにして虐めていたギャル女子連中は、すっかり顔色を失っている。

 これが義零のプロデュースによるものであることは、紗璃菜自身の言動からも明らかであった。


◆ ◇ ◆


 紗璃菜は、自分自身でもびっくりしていた。

 義零が指示する通りに髪型を変え、彼が用意した細いシルバーフレームの眼鏡に変えた。その姿を鏡の中に見た時、自分でもどきっとしてしまう程の美人がそこに居た。


(わ、私? これ、本当に私?)


 何度も自問し、そのたびに溜息を漏らした。

 朝の食卓に下りていった時には、父も母も信じられない様なものを見たかの如く驚き、そして大絶賛してくれた。どうして自分の娘の美しさに気付かなかったのかと、激しく後悔する言葉すら並べていた。

 しかしこれは、事実だった。現実だった。

 義零が教えてくれたスキンケアとスクールメイクも彼女の美貌にしっかりと馴染み、それまでの紗璃菜とは全くの別人を現出させた。


「俺がてめーを強くしてやる」


 そう語った義零の言葉は、嘘ではなかった。

 家を出て通学の途に就いた時も、周囲から浴びせられる驚きと感動、そして羨望に近しい色の眼差しは、間違い無く紗璃菜にそれまで無かった自信を与えてくれた。


(私、良いんだ……自信を持って、良いんだ……!)


 紗璃菜は嬉しかった。心の底から、幸せを感じた。

 これまで見向きもしなかった世の男性達が、目を見開いて紗璃菜の顔をまじまじと眺めてくる。

 これが、綺麗になるということか――紗璃菜は生まれて初めて、美というものに感謝したい気分だった。

 そして現在、彼女は義零から十分に戦えるとお墨付きを貰えた。

 それが何より嬉しかった。


「てめーには、俺以上に強くなって貰う。気合入れろ」

「は……はいっ! 宜しくお願いします!」


 紗璃菜は舞い上がる様な気分で、最高の笑みを浮かべた。

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