5.女、探求心を抱くべし
魅姫には全く、理解不能だった。
ここ最近、義零が特定の女子と懇意にしている様に見えるのだが、その相手が地味オブ地味を体現したかの様なクラスメイト女子、紗璃菜だったのである。
過日、紗璃菜が一部のギャル女子に絡まれていたところを、義零が腕力で排除して助けてやったという噂を耳にした。
その際に義零が取った手段は明らかに暴力である筈なのだが、どういう訳か教職員からの呼び出しも無く、被害に遭ったギャル女子の方からも何故か抗議の声が上がらなかったという話だった。
一体何が起きているのか――魅姫にはまるで分からないことだらけだったが、それよりも何よりも、休み時間や昼休みになると義零が毎回、紗璃菜の席へ歩を寄せていって隣の椅子に座り込み、ふたりで小声で言葉を交わし合っているのがどうにも解せなかった。
(あ、あたしにはあんな態度なのに、どーしてあんな地味子に……!)
それが何より、許せなかった。
誰がどう見ても自分の方が美人だし、イケてるし、人気もあるし、キラキラしている。なのに義零は紗璃菜の様などこにでも居る様なモブ女に御執心だ。
それともこれは、当てつけだろうか。小学校の卒業式、当時太っていた義零に対して魅姫は相当な罵詈雑言を叩きつけた。
逆に今の義零は、冴えない女子とやたら親密な姿を見せている。自分は見た目や雰囲気で相手を差別したりしないということをアピールして、魅姫を煽ってやろうという魂胆なのだろうか。
かといって、下手に紗璃菜へ突撃をかますと義零からどんな報復が飛んでくるか分からないから、おいそれと手出しも出来ない。
(う~……何であたしが、こんなもやもやした気分でイラつかなきゃなんないのよ……マジ、一体何だっつーのよ!)
この日も義零は、紗璃菜の隣の席に陣取り、額を突き合わせるぐらいの距離にまで顔を寄せて何やら語り合っている。
ところがここで、驚くべき事態が生じた。
義零自席の隣に座っていた里琴までがわざわざ移動していって、義零と紗璃菜の会話に加わっていったのである。
義零と里琴が隣同士なのは知っているし、あのふたりが何かと言葉を交わし合っているのも、これまで何度も目にしてきた。
その里琴が、義零と紗璃菜にまるで当然の様に声をかけ、会話の輪に加わったのである。
これは一体どういうことであろう。
(うわ……マジでちょっと、ムカついてきた……)
どうしようもない敗北感、孤独感、虚脱感を覚えながら、魅姫はあの三人から面を背けた。
全てはあの日――義零をキモデブだと斬り捨てた時から始まっているのか。それが未だに、魅姫の人生に汚点となって尾を引いているのか。
もう何もかも分からなくなってきて、魅姫は放課後を迎えた教室を飛び出した。
◆ ◇ ◆
当初里琴は、義零と紗璃菜の急接近には然程興味を示してはいなかった。
義零とて、矢張り男だ。女子に対してはそれなりに、異性としての心が動いたのだろう。最初はその様に思っていた。
ところが義零は或る時、紗璃菜に対して彼の頑健な体躯を拳で突かせる様な指示を出していた。そこから、これは何かが違うと思い始めた。
(あら……男女の関係でふたりの仲が縮まった、って訳ではないの?)
これは少し、新鮮だった。
正直なところ里琴は、義零が例のギャル女子らを力で捻じ伏せたことについては余り感心していなかった。しかし放っておくと面倒なことにもなりかねないと考え、近衛財閥の権力を駆使して彼の身を守ってやった。
結果、学校側からは何のお咎めも無かったし、件のギャル女子が被害を訴えようとした声もしれっと握り潰すことに成功した。
里琴としては、そこで義零への関心を斬り捨てるつもりだった。
しかし義零が今、紗璃菜相手に差し出そうとしている手は男女間の感情ではなく、どちらかといえば上司と部下、或いは師匠と弟子の様な関係性を匂わせていた。
(彼は一体、何をしようとしているのかしら)
こうなってくると、もう里琴の興味は止まらない。
彼女は遂に居ても立ってもいられなくなり、或る日ふたりが言葉を交わしているところに自らも突撃を仕掛けていった。
「ねぇあなた達……変わった組み合わせね。何のお話してるのかしら?」
「心技体についてだ」
義零からの簡潔な応えに、里琴は思わず耳を疑った。
クラスメイトの男女が語り合うにしては、やけに硬派過ぎたのだ。普通、年頃の男子と女子が、そんなことで真剣に言葉を交わし合うものなのだろうか。
「えぇと……どういうことかしら?」
「私、強くなりたいんです」
紗璃菜の妙に訴えかける様な顔つきに、里琴は更に好奇心を刺激された。
目の前の地味子がクラスのギャル女子に良い様にカモにされている光景は何度か目にしてきた。きっと彼女はそういう学生生活を甘んじて受け入れるのだろうと、そんな風に思っていた。
ところが紗璃菜はその運命を拒絶し、義零に鍛えて貰おうとしているという訳だろうか。
「ちょっと御免なさい……何か微妙に頭の中がバグっちゃってるんだけど、それって要は刈倉さんが神岡君の弟子となって、スパルタ教育を受けようっていう話?」
「何か文句でもあんのか?」
てめーには関係の無い話だ――義零は言外にそんな意図を匂わせていたが、しかしここであっさり引き下がる里琴ではない。
少なくとも義零を裏で守ってやったのは自分なのだ。関わる権利ぐらいはあるだろう。
「文句は無いけど、わたしも一枚、噛ませて貰って良いかしら?」
この瞬間、里琴は今まで想像していたJKの高校生活という世界から、逸脱した方向に進みつつあることを密かに自覚した。
何か、面白いことになりそうだ――そんな予感が、むくむくと湧き起こってきていた。