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3.部活、断るべし

 翌日以降も、魅姫は何かと声をかけ続けてきた。

 義零はもういい加減うんざりしてきて、最近では胡乱な眼差ししか返していない。


「てめぇが喋りたくねぇっつったんだろーが。自分のいったことぐらい、しっかり守れよな」

「だからぁ~……あれは、ホラ、小学生の時の話じゃん? あたしってツンデレだから、ああいって突き放しただけなんだって」


 自分で自分をツンデレ認定する時点で相当にイタいのだが、義零は馬鹿馬鹿し過ぎて、まともに相手にする気も失せ始めていた。

 そんなこんなで入学後一週間程が過ぎたのだが、隣の席では相変わらず里琴が、変に意味深な笑みを湛えてじぃっとこちらを見つめていた。

 この日は新入生恒例の体力測定が実施された為、義零は体操服とジャージという姿で自席に腰を落ち着けていた。


「見てて、おもしれーか?」

「えぇ、面白いわ」


 里琴の妖艶な程に色気を漂わせる微笑と息遣いは、他の男子ならば一発で心を奪われているかも知れない。

 しかし恋愛を敵だと認定した義零にとっては、里琴の艶めかしい表情に感情を動かされることは無かった。


「ねぇ神岡君……あなた、体力測定では新記録のオンパレードだったんだって?」

「さぁな。俺はいちいち数字なんて覚えてねーよ。気になるんなら、記録員にでも聞いてくれ」


 義零は学校での測定数値などには全く興味が無かった。

 彼が過去三年間で積み上げてきた鍛錬は、並みの高校生の測定基準では到底、推し量れない。

 こんなところで出されてくる数値など、参考記録にすらならないのである。


「男子って、あれだけ騒がれたらもっと自慢するものじゃないの?」

「んなことして何の得があるんだか、俺には分からん」


 義零の素っ気無いひと言に、里琴は幾分目を丸くしていた。

 実際、義零は勉学と知識吸収の為に、高校へと入学した。それ以外には何の興味も無い。それ故、未だこの教室内では友人と呼べる存在は居なかったが、それでも全然構わないと思っている。

 と、そこへまたもや魅姫が体操服姿で早足に近づいてきた。


「義零君、すっごかったよ! さっき記録表見てきたんだけど、全部一位じゃん!」

「それならさっき、隣の奴からも聞いた」


 何故か自分のことの様に喜んでいる魅姫に、義零は渋い表情を返した。

 と、ここで里琴が余裕の笑みを浮かべて、興奮気味の魅姫にそっと声をかけた。


「あなた、宮園さんだったかしら? 神岡君、迷惑そうにしてるから、その辺にしておいたら?」

「え? そんなことないよね? 義零君、幼馴染みだし!」


 あっけらかんと笑う魅姫に、義零は内心でイラっときた。

 幼馴染みであろうがなかろうが、相手の表情ぐらい読めないものなのだろうか。それとも、分かった上でやっているのだろうか。

 いずれにしても、そうとう(タチ)が悪い。

 これ以上この場に居るのは精神衛生上宜しくない為、義零は一旦腰を上げた。


「あれ? どこ行くの?」

「便所」


 それだけいい残して、義零は教室を出て行った。


◆ ◇ ◆


 近衛里琴は、日本国内でも指折りの名門財閥『近衛グループ』の総帥の孫娘である。

 将来的にはグループ内の幾つもの組織を引っ張ってゆく立場として、着実に成長を遂げることが大いに期待されているのだが、今の彼女にはそこまでの自覚も気負いも無い。

 桃円高校に入学したのも、祖父が一般市民の生活を知って市井に馴染んで来なさいという指示を出した為ではあったが、里琴自身は変なお嬢様学校に放り込まれるよりも、桃円の様なわいわいと賑やかに過ごせる学校の方が余程に気楽だった。

 そんな中で彼女は、そのうち面白そうな生徒と巡り会えればラッキーぐらいに考えていたのだが、入学早々、かなり興味を惹かれる人物と出会うことが出来た。

 それが、隣の席の不愛想なイケメン巨漢、義零だった。


(彼は相当、他とは一線も二線も画している逸材ね)


 そんな義零とは是非、お近づきになりたいと本心から思った。

 入学してから既に何日か経過し、授業中の所作や表情をじっと観察してきた里琴だったが、強面な外観とは異なり、随分と丁寧で優しい人物である様にも思えた。

 確かに態度は非常にがさつで粗っぽく、令和の今どきにはあり得ない様な俺様オラオラヤンキー気質な部分もあるのだが、ひとに頼まれたことは基本的にはきっちりこなすし、授業も真面目に聞いている。

 口が悪く態度も大きい為、多くのクラスメイトらがやや敬遠がちに距離を置いているのだが、こうしてすぐ隣で接している分には、然程に怖くない。

 実際彼は里琴に対し罵倒したり大声を上げたことは、一度も無かった。ただ不愛想で笑顔も全く見せず、やたらぶつぶつとボヤいているばかりだった。


「神岡君は、部活には入らないの?」

「興味ねぇな」


 その応えに、正直勿体無いと思った。

 彼ほどの身体能力ならば、どんな体育会系でもすぐにトップを狙えるだろう。実際、幾つかのクラブから勧誘の声が届いていたが、義零はそのひとつひとつに断りの応答を返していた。


「神岡君、モテモテね」

「ちっとも嬉しくねーや」


 体力測定を終えた日の放課後、ハンドボール部からの勧誘を丁寧に断ったところで声をかけてみた里琴。義零は流石に疲れた様子だった。


(凄く乱暴でがさつな態度だから、もっと喧嘩腰で断るかと思ってたけど)


 里琴はそんな風に思っていたのだが、実際は違った。

 義零は各部活から勧誘に訪れた上級生に対し、その都度、


「今はその気が無いので、大変申し訳ありませんが、今回はお断りさせて頂きます」


 としっかり敬語を駆使して頭を下げていた。

 その態度に、勧誘に訪れた上級生らも決して気分を害すること無く、仕方が無いと苦笑を浮かべて去ってゆく者ばかりだった。


(割りと上下関係を大事にするひとなのかしら?)


 ワイルドな風貌からは想像もつかなかったが、義零という男に対して抱いたギャップが、里琴の更なる興味を惹いたのは間違い無かった。

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