17.幼馴染み、割り切るべし
桃円高校一年A組の遠足先は、都内の某有名テーマパークだった。
各班は六人ひと組で編成されるが、その男女比はいずれかがひとりだけという形にならなければ自由である。つまり二対四、もしくは三対三の男女比であれば自由に班を組んで構わない。
幹都が混ぜて貰った神岡党の面々はもともと、男子は義零がひとりで、それに対して女子が魅姫、里琴、紗璃菜、渚沙の四名だった。そこに幹都が加わって六名、男女比で二対四となる格好である。
移動には専用のリムジンバスがチャーターされ、この車内でも班毎で集まって座席を取る形となっていた。
その往路では、幹都の隣には渚沙が席を取った。
「ねーねー、瀬島ー。アンタってさ、絵、上手いんだって?」
出発してしばらく経ってから、いきなり渚沙がそんなことを問いかけてきた。彼女はどうやら冒険ラブファンタジーの名作ライトノベルの大ファンらしく、サブカルチャーにもそれなりに造詣が深いらしい。
幹都には全く予想外で、且つ意外でもあった。
渚沙はどう見ても陽キャなギャル女子で、その容貌も幼馴染みの紗和などより遥かに洗練され、綺麗に整っている。それ程の美少女が幹都の趣味嗜好に興味と理解を示してくれたのが、少し嬉しかった。
「ウチもさ、ちょっと前まではラノベ好きってこと、隠してたんだよね」
渚沙がはにかんだ笑みを浮かべながら、ワンサイドアップに纏めた茶髪の上から頭を掻いた。
しかし今では堂々とラノベ好きを友人の間でも公言しており、逆に信者を広げようと布教活動に勤しんでいるというのである。
「後ろの刈倉も同じ作家さんのファンだよ。あと、神岡も結構どっぷりハマってるから、ウチらの間じゃこーゆー話、フツーに飛び交ってるんだよね」
「へぇ……羨ましいな」
幹都にとっては驚きの連続であった。
神岡党といえば、一年A組でも屈指の美少女集団であり、彼女らを束ねる義零は超強面のイケメンマッチョということから、もっと陽キャなパリピ集団に近い立ち位置だと思っていた。
ところが実際は、そうでもなかった。
中でも特に驚いたのが、義零が女性の美容について異常な程に詳しいという点だった。
「神岡君は、どうして、その、女子向けのコスメとかに詳しくなったの?」
ここで話のついでだとばかりに、里琴が訊いた。
すると義零は、
「最初の切っ掛けは、こいつにキモデブといわれたからだ」
と、自身の隣に座っている魅姫を無造作に指差した。
魅姫はぎょっとした表情で、義零の精悍な面を真横からまじまじと眺めた。
「義零君……それ、ずっと引きずるんだ……」
「訊かれたから正直に答えただけだ。嘘はいってねーぜ」
渋い表情の義零に対し、魅姫はその美貌を心底困り果てた色に染めた。
「キモデブっていわれたから、外見を気にする様になったってこと?」
「そうだ。単に肥満痩身だけじゃ解決しねぇだろうから、肌の基礎、メイクの基礎、ヘアアレンジの基礎なんかを中学ん時に学んだ。その基礎があったから、刈倉を鍛えた時にも追加の技術習得程度で済んだって訳だ」
そしてそれらの技術を魅姫や渚沙にも伝授したのが、つい最近の話だったという。
幹都は目から鱗の気分で義零の説明に耳を傾けていた。
どう見ても硬派な強面マッチョな彼が、サブカルチャーや女子の美容に詳しいなどとは、誰が想像出来るだろう。世の中、分からないものである。
「瀬島さぁ、SNSのアカウント教えてよ。もう神岡には教えたんでしょ?」
「あ、うん……でも、僕なんかので良いの?」
幹都は未だに信じられない思いで訊いた。幼馴染みの紗和からは馬鹿にされ、嘲笑される様な趣味を、紗和を上回る美少女の渚沙からは当たり前の様に肯定され、更にはフォローさせろとまでねだられている。
こんなことが起きようなどとは、少し前までは想像すら出来なかった。
「瀬島君、私にも教えて。神岡君がすっごく褒めてたから、私も気になってたの」
座席の間から、紗璃菜も自身のスマートフォンを差し出してきた。
今や彼女は一年A組内ではトップ3に数えられる程の美少女へと変貌を遂げており、一部の男子達からは高嶺の花扱いされているのだが、その彼女の方からフォローしたいと申し入れてくれた。
ここまでくると、幹都にとっては驚天動地の連続といって良かった。
ただ、少しばかり申し訳無い気もした。
神岡党の美少女らは全て、義零の息がかかっていると考えた幹都。そんな彼女らと、義零本人の前でこんなにも仲良くして良いものかどうか。
後で義零に殴られやしないだろうか。
「あ、神岡君のことなら気にしなくて良いわよ。彼、恋愛とかはもう一切しないっていい切ってるから」
紗璃菜からのID交換の申し入れに迷っていると、里琴が苦笑を浮かべて小さく肩を竦めた。
一体どういうことなのか――幹都は訳が分からない上に、本当に信じて良いのかという疑念を抱いて里琴に視線を返した。
里琴は、義零のプライベートな部分の話だからこれ以上はいえないと断りを入れつつも、神岡党の女子が義零以外の男子と付き合うことになっても、義零は絶対に怒らないであろうという意味の台詞を返してきた。
幹都には、俄かには信じられなかった。これではまるで、義零は神岡党の女子らの父親的存在ということになるのではなかろうか。
「まー、そうね……少なくとも刈倉さんは神岡君のことを師匠って呼んでるから、それに近いんじゃない?」
里琴が笑うと、紗璃菜は何ともいえぬ複雑そうな面持ちで変な苦笑を浮かべていた。
ともあれ、里琴がその様にいうのだから、神岡党の女子らと友人になることについては、別段問題は無いということなのだろう。
「でもさー、ウチらと仲良くなったらさ、国吉とかがメンドーなことになんない? 確かさー、瀬島の幼馴染みなんだよね?」
渚沙の問いかけに、幹都は幾分沈んだ表情で頷いた。
確かに紗和のことが気にならないといえば、嘘になる。しかし今の彼女は、もう幼かった頃に仲が良かった、あの紗和ではない。
であれば、今更何を気にすることがあるだろう。
「紗和ちゃんのことは、もう良いよ。僕、嫌われてるみたいだし……」
「ふーん、そうなんだ……じゃー、ウチらが瀬島とダチになっても、文句いわせなきゃイイよね」
渚沙は車窓の外を眺めている義零にちらりと視線を流した。
いざとなれば、あの強面の守護神が何とかしてくれるだろうという訳か。
いずれにしても幹都は、もう紗和とは修復不可能な関係に陥っていると判断した。
であれば、神岡党の女子らと仲良くすることに対して彼女が何をいってきても、全てシャットアウトする以外にない。
(もう、あの頃には戻れない……んだよね?)
同じバスの別の座席に陣取っている紗和に、ちらりと視線を流した幹都。
彼女の目は、もう幹都に向けられることは無さそうだった。