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15.営業、励むべし

 会社帰り、由梨は久々に駄菓子屋『わかざき』へ足を延ばそうと思った。

 最近は店主の若崎源次郎とも顔馴染みとなっており、畳敷きの小上がりにお邪魔させて貰って、色々と世間話をするのが楽しく思える様になっていた。

 それに何といっても店主の源次郎といい、アルバイトの義零といい、揃ってイケメンマッチョである。眼福なこと、この上ない。

 義零はまだ高校生である為か、接客の際には若干表情に硬さが残っているだが、源次郎はいつも穏やかな笑みで由梨を迎えてくれる。その包容力が堪らなく眩しく感じられた。

 そして今日は義零が店先に立っていた。

 夕闇が差し迫る中で黙然と佇む若いイケメンを眺めるのも、中々乙な物であった。


「こんにちはー、神岡君。今日は店主さん居ないんだ」

「何かの会合があるとかいうて、留守にしてます」


 義零は会釈を返しながら、どうぞと畳敷きの小上がりを勧めてくれた。

 由梨はサイダーと幾つかの駄菓子を購入してから、何人かの子供達が奥の方で遊んでいる小上がりの一角に軽く腰を下ろした。

 と、ここで由梨はふと、変な好奇心が湧いた。

 義零は結構な確率でこの駄菓子屋で働いているのだが、学校での彼はどんな風に生活しているのだろう。

 そんな意味のことを訊いてみると、彼は予想外の返答を口にした。


「同級生の女子を鍛えています」

「……え? どゆこと?」


 一瞬、意味が分からなかった由梨。

 ならばということで義零は、Gパンの尻ポケットから取り出したスマートフォンに二枚の写真を並べて表示して、それを由梨に見せてくれた。

 片方は野暮ったい地味な黒縁眼鏡女子で、もう片方は洗練された髪型にシルバーフレームの眼鏡がよく似合うびっくりする程の美少女だ。


「この二枚、同一人物です」

「……へ?」


 由梨は自分でも情けないと思う程に、物凄く変な声を出してしまった。

 しかしそれぐらい、義零が放ったひと言は余りに衝撃的だった。この二枚の写真が本当に、同一人物なのだろうか。確かに鼻から下の顔立ち部分はまったく瓜二つだが、目元や髪型、そして全体から放たれる雰囲気はまるで別人だった。


「ヘアメイク、眼鏡、スクールメイク、立ち居振る舞い、全部俺が指導しました」

「嘘……それ、マジでいってる?」


 未だ信じられない思いで問い返した由梨だったが、義零は臆面も無く静かに頷き返してきた。

 それから再び、由梨はスマートフォンに視線を落とす。劇的な程のビフォーアフターに、それ以上の言葉が続いて出て来なかった。


「ね……も、もしかして、他にも、居たり、する?」

「居ますよ」


 半信半疑で訊いてみたが、義零はしれっと、当たり前の様に答えてきた。

 一体何者なのだこの青年は――由梨は喉の奥で思わず唸ってしまった。

 この後、義零は更にふた組の美少女らの写真を見せてくれた。

 一方は最初から相当な美少女だったが、それでも義零指導の改善後には、更にその美しさが際立つ様になっていた。

 そしてもう一方は見た目にも分かり易いギャル系の女子で、改善前はその辺に居そうな普通の容貌が、改善後にはカレシが何人居てもおかしくなさそうな美少女へと劇的な変化を遂げていた。

 一体何をどうすれば、これ程の指導が可能になるのか。

 しかし義零は、彼女らを強くする為には自分も相当に勉強したと、いつもの無表情な能面で静かに答えた。


「俺は技術習得には結構真剣に取り組む方だと自負しています。それが例え女子のメイク術であろうとも、やる時は徹底してやります」

「私、ちょっと君のことを侮ってたかも知れない……」


 由梨はただただ、感心した。

 同時に彼女は、或る希望を抱いた。もしかしたら自分も、義零に色々教えて貰えたらもっとイイ女になれるのではないか、と。

 社会人の自分が男子高校生に、コスメ方面で教えを乞うなど余りに馬鹿げた話であったが、しかし三人の劇的な変化を遂げた美少女らの姿を見せられてしまうと、もう大人のプライドなどどうでも良くなってしまった。


「あ、あのね、神岡君……その、もし可能だったらで良いんだけど……私にも、その、色々教えてくれない、かな……駄目?」

「いや、別に構いませんが」


 義零は、何をそんなに遠慮しているんですかといわんばかりの表情で、軽く頷き返してきた。

 すると由梨は急に嬉しさと恥ずかしさが込み上げてきた。本当に自分は、目の前のイケメンマッチョに綺麗にしえ貰えるのかと、妙に心がざわついてしまった。

 しかし義零は全く真剣な表情で、是非やりましょうと身を乗り出してきていた。


「まずは坂井さんの現状を知るところから始める必要があります。色々リサーチさせて貰えますか」

「え? あ、あぁ、そりゃそうだよね……うん、是非、お願いします」


 どうせ駄目元だ。

 相手は十歳も年下の男子高校生だが、それでも由梨にとっては師匠と呼ぶべき存在へとなり得る――そう、心の中で確信していた。


◆ ◇ ◆


 あれから約一カ月が経過した頃。

 由梨は驚く程に忙しくなっていた。


「坂井さん、最近凄く綺麗になったよねぇ」


 社内の女性社員から、そんな言葉がたびたび聞かれる様になった。実際由梨は、自分でも相当に自信が漲っていることを自覚している。

 今までは仕事に追われ過ぎて、己の美容をないがしろにしている部分があった。

 ところが義零の指導を受けて改善に着手して以降は、色々な方面から声がかかる様になった。

 更には営業先からも贔屓にしてくれることが多くなった様に思う。由梨の美容改善が大きく寄与していることは、疑いの余地が無かった。

 その結果、営業成績もぐんぐん上昇し、今では同期の誰にも負けない程の数字を叩き出している。

 由梨の進化に、一部は戸惑い、一部は驚きながらも歓迎の意を示していた。


(仕事がこんなに楽しく思える日が来るなんて、思っても見なかったなぁ……)


 営業に出かける寸前、会社の玄関脇にある姿見に己の全身を映し出しながら由梨はそっと微笑を浮かべた。

 それもこれも全て、義零のお陰だと思っている。

 あのスーパー男子高校生に全てを委ねた結果、今の自分があることは間違い無かった。


(今度、御礼に行かなきゃ)


 由梨は義零が何度も口走っていた『気合入れて強くなって下さい』という言葉の意味を、漸く理解した様な気がした。

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