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14.疑惑、喝破すべし

 隆哉は饒舌だった。

 その面には勝利の笑みが浮かび、この後に続くであろう美少女らからの称賛の声を想像して、最高の気分に浸っていた。


「お前は身動きも出来ない程の満員電車の中で、うちのクラスの柴山のスカートの中に手を突っ込んできたらしいじゃないか……本当なら柴山は、こんな恥ずかしいことを公にするのはかなり嫌だった筈だ……けど彼女は勇気を出してくれた。これ以上、お前の卑劣な犯行の犠牲になる子が出てくる前にな」


 隆哉には勝算があった。

 事実など、どうでも良い。

 要は目の前の神岡義零に、冤罪でも何でも良いから疑惑の目を突きつければ、それで良いのである。

 世間の目が義零を疑えば、自然と彼の周辺に居る美少女らも距離を置いて遠退いて行くだろう。その後にゆっくりとひとりずつ、隆哉が自身の端正な面と優しい言葉で彼女らを落としていけば良い。

 そして多香子も、芝居が随分と上手だった。

 彼女は涙目になりながらも、顔を真っ赤にして義零を鋭く睨みつけている。如何にも、被害者として身を切りながら義憤を全面的に押し出しているといった顔つきだった。

 一方、魅姫を始めとする義零周辺の美少女らは、顔を真っ青にしていた。

 本当に義零が多香子に痴漢を働いていたのなら、これは由々しき事態だ。如何に義零を慕っていたとしても、彼女らとて義零から離れてゆく他無いだろう。

 そしてA組内の一部からは、期待の眼差しが向けられている。あのいけ好かない義零をぎゃふんといわせられるなら、例え他クラスの者であっても構わないといった心境なのだろうか。

 いずれにせよ、状況は隆哉に味方している。

 隆哉自身が考えた策ではあったが、これ程痛快な気分は近年中々味わったことが無かった。


「ふぅん……そうか。身動きも出来ない程の満員電車の中で、俺がそいつのスカートん中に手を突っ込んだって訳か」

「しらばっくれても無駄だ。彼女がはっきり見ている」


 隆哉は傍らの多香子に視線を流した。

 ここからは被害者役の多香子の出番だ。


「ま、間違い無いよ……そいつだよ、痴漢は。ア、アタシ……怖くて動けなかった。そいつ、吊革を掴んだまま何食わぬ顔で、アタシのスカートの中に手を……」

「その時俺は、どんな姿勢だったんだ?」


 ここでいきなり義零が、口を差し挟んできた。その表情には何の焦りも無い。

 どうせ強がっているだけだろう――隆哉は依然として勝利の笑みを浮かべたまま、多香子の応えを待った。

 多香子は、怒りの表情で尚も言葉を繋げた。


「そんなの……普通に立ってただけだよ。自分でやったんだから、それぐらい覚えてるでしょ?」

「ふーん、そうか……俺は普通に、吊革に手ぇかけて真っ直ぐに立ってたんだな」


 その直後、義零やゆっくりと立ち上がった。

 そしてその瞬間、隆哉は喉の奥であっと低い声を漏らした。彼はここで漸く、己の策が失敗していたことを悟った。


◆ ◇ ◆


 魅姫は、立ち上がった義零と、被害を訴えている多香子を見比べた。

 多香子は先程までの威勢を失い、呆然と目の前の巨漢を見上げている。


「で、俺の手はてめーのスカートに届きそうか?」


 義零の190cmを超える長身は、多香子の小柄な体躯と比較すると、その差は50cm近くになる。義零が直立した時の彼の手の位置は、多香子のウェスト周辺だった。

 そこからスカートの中に手を差し込もうとすれば、義零はしゃがみ込まなければならない。

 どう見ても、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の中で義零が直立したままで多香子のスカートに手を入れるのは、まず不可能だろう。


「もう一度訊くぜ。俺は吊革に手ぇかけて、真っ直ぐに立ってたんだな?」

「あ……え、えっと……」


 多香子は完全に色を失っていた。

 恐らく彼女は、義零の長身を全く計算に入れていなかったのだろう。

 魅姫は最初から隆哉と多香子の言葉に矛盾を感じていたが、この場でその疑念が確信に変わった。

 ここで義零は隆哉に面を向けた。


「てめー、名前は?」

「宇津木隆哉だよ」


 答えたのは、魅姫だった。

 隆哉は間違い無く、義零に冤罪を吹っかけて彼の人生を滅茶苦茶にしようと企んでいたのだろう――少なくとも魅姫はそう考えた。

 だからこそ彼女は何の躊躇も無く、隆哉の名と素性を明かすことにした。

 義零に、鉄槌を下して貰う為に。


「おい宇津木……てめー、俺に喧嘩売る以上は、覚悟は出来てんだろうな?」

「え、あ、いや……お、俺はただ、クラスメイトの為を思って……」


 完全に勢いを失った隆哉は、恐怖に引きつった顔で僅かに後退った。

 すると義零はその場でがくがくと震えている多香子の面を、その巨躯を覆い被せる様な格好でずいっと覗き込んだ。


「じゃあ喧嘩を売りに来たのは、てめーの方か。俺は相手がオンナだろうがガキだろうが、舐めた奴は容赦しねーぜ。覚悟は出来てんだろうな?」

「ち……違うの!」


 ここで多香子は漸く、悲鳴の様な声音を搾り出した。


「ア、アタシは、宇津木君にいわれて……宇津木君の命令で、神岡君を罠にかけようっていわれて……!」


 その瞬間、隆哉は脱兎の如く逃げ出していった。多香子を置いて、ひとり身の安全を確保しようとした訳だろうか。

 するとそこで里琴がやれやれとかぶりを振って立ち上がった。


「あいつは、近衛家が手を廻しとくわね。神岡君は何もしなくて良いわよ」

「そうか。んじゃあ、任せる」


 義零は再び、自席へと腰を下ろした。

 その彼の前に、紗璃菜と渚沙が足早に駆け寄って深々と頭を下げた。


「御免なさい、神岡君……私、一瞬でも貴方のこと、疑ってしまいました……」

「ウチも、御免……神岡、絶対そんな奴じゃないって分かってる筈なのに、ウチ、一瞬あいつのこと、信じかけた……」


 すると義零は、何事も無かったかの様にフンと鼻を鳴らした。


「あの野郎の言葉を見極められなかったから、申し訳ねぇってか? ふん……てめーら如きが俺と同じ境地に立てるなんざぁ、十年早いぜ」


 未熟者が騙されるのは当然だ――その義零の辛辣なひと言に、紗璃菜も渚沙も心底申し訳無さそうに、ただ頭を掻くばかりだった。

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