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12.男、並ぶべし

 登校して自席に就いたところで、渚沙はいきなり目の前に差し出されてきた紙袋に、思わず目を見開いた。

 地元で有名な洋菓子店のロゴが入った可愛らしいデザインが、目と鼻の先で踊っていた。

 紙袋を差し出してきたのは、義零だった。

 彼はただひと言、


「食え」


 とだけいい放ち、そのまま自席へと戻っていった。

 受け取った渚沙はしばらくぽかんと口を開けていたが、左右から美沙絵とちよが驚きと歓喜の入り混じった黄色い声を垂れ流してきた。


「え、マジ? これってさ、確か、最低でも二時間は並ばないと絶対に買えないっていう、あそこのタルトじゃん!」

「へー、イイじゃんイイじゃん! 早く食べよーぜー!」


 ふたりのギャル女子は何の考えも無さげな調子で騒いでいるが、渚沙はただただ驚くしかなかった。

 何故、あの義零がこんな素晴らしいプレゼントを贈ってくれたのか、さっぱり分からなかった。


「えーっと、ちょい待ってて。何かさ、間違いとかだったらイヤだし……」


 早く食べようとブーたれる美沙絵とちよを尻目に、渚沙は幾分慌てて義零の席へと急行した。

 その義零は同じ洋菓子店で買って来たらしいクッキーやら何やらを魅姫や紗璃菜、或いは里琴などに配って歩いていた。


「ちょちょちょちょっと神岡、アレ、一体どーしたのさ? 何でウチに?」

「てめー、一昨日が誕生祝だったそうだな。これも何かの縁だ。二日遅れだが遠慮無しに食え」


 どうやら昨日、わざわざ買ってきてくれたらしい。

 しかも美沙絵がいう様に、あのタルトを買う為には販売している洋菓子店で、焼き上がりの時間に合わせて長い行列に並ばなければならない筈である。

 それを義零が、渚沙の為だけに、自ら足を運んで並んでくれたというのだろうか。


「へぇ……神岡君、あのお店の行列に並んだんですか? 大変だったじゃないですか?」


 義零から受け取ったクッキーを嬉しそうにポーチへと収めながら紗璃菜が訊くと、義零は凄まじく不機嫌そうな顔で彼女の美貌を睨みつけた。


「俺があの程度で大変に感じただと? てめー、俺を舐めてんのか? 72時間のサバイバル訓練を耐え抜いた俺が、たかだか2、3時間程度並んで突っ立ってただけで、疲れたとでも思ってんのか?」


 どうやら紗璃菜は義零の地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 彼は他人から労われるのが大嫌いな性格だということを、渚沙もここ最近漸く理解し始めていたのだが、紗璃菜はどうやらすっかり忘れていた様だ。

 その義零に凄まれて、紗璃菜は幾分顔を青ざめさせながら、今のは取り消すから忘れて欲しいと乾いた笑いを返していた。

 ともあれ、先程のタルトである。

 矢張りあれは間違いでも何でもなく、義零が渚沙の為に自ら足を運んで買ってきてくれたものの様だ。

 そして彼が配り歩いているクッキーは、ついでに試し買いしたものを神岡党の女子らに試食させようという魂胆なのだろう。

 実際彼は、


「礼なんざ要らねぇ。美味いか不味いかだけ教えろ」


 と、釘を刺していた。恐らく、彼が時々アルバイトに入っている駄菓子屋のライバルになり得るのか、リサーチしようとしているに違いない。

 渚沙は、当たり前の様に誕生日プレゼントとしてあの有名な洋菓子店のタルトを、自分の為だけに買ってきてくれた義零の心遣いが嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。

 最初の邂逅が暴力的で最低だっただけに、この場合どう対応すれば良いのか自分でもよく分からなかった。


「えっと、その……ど、どうも、ありがと……」

「良いからさっさと食うか、鞄の中に仕舞うかしろ。あんなもんを堂々と出しっ放しにすんじゃねぇ。没収されちまうぞ」


 確かにその通りだと、渚沙は慌てて自席に戻った。

 美沙絵とちよは今すぐにでも味見したそうにしていたが、渚沙はひとまず通学鞄の中にそっと仕舞い込んだ。彼女は後でじっくり、味わいたかった。


◆ ◇ ◆


 渚沙が自席に戻ったところで、魅姫がにこにこと笑顔を浮かべて近づいてきた。


「義零君、並んであげたんだ……じゃあさ、あたしもお願いしてイイ? 誕生日、知ってるよね?」

「てめーは夏休みの真っ最中だろうが」


 素っ気無い義零だが、しかしふたりの自宅はすぐ近くなのだ。遊びに行けば、いつでも顔を合わせることが出来る。


「えー……あたし、義零君のオムライスがイイなぁ」


 その時、真っ先に反応したのは里琴だった。


「ちょっと待って……神岡君、オムライスなんか作れるの?」

「うん。義零君、小学校の頃から自分で色々料理してたよ。あたしにもご馳走してくれたし。そん中でもオムライスがサイッコーに美味しいんだよね」


 何故かドヤ顔で里琴に胸を反らせる魅姫。

 しかし義零が、


「その所為で俺はデブになった」


 と、身も蓋も無い台詞を放ったものだから、魅姫は大いに慌てた様子で必死に取り繕う姿を見せた。


「へぇ……そうなんだ……神岡君が、料理を……」

「だからいってるだろーが。それが原因で俺はキモデブになったんだぜ」


 里琴は尚も感心した様子で、何やらぶつぶつ呟いていた。

 そして魅姫は、キモデブという表現に何らかのトラウマを抱いているのか、もう勘弁してと必死の形相で拝んでいる。


「神岡君が……女子が好きそうなスイーツの行列に並んだり、フライパンでオムライスを……何だか全然、イメージ湧かないんだけど」

「別にどうってこたぁねぇぜ。普通に並んだし、普通にフライパン握るだけだが」


 一体何を、そこまで不思議がる必要があるのか。

 義零にはさっぱり分からなかった。

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