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11.指導者、目指すべし

 広い食堂の大きな食卓上に、幾つもの皿や食器が並んでいる。

 近衛財閥の豪邸内には複数の食堂が存在するが、自室を出て里琴が足を運んできたのは、家族専用のプライベートダイニングだった。

 里琴が室内に足を踏み入れると、壁際に待機していたメイドのうちの何人かがそっと近づいてきて、椅子を引いたり紅茶を淹れてくれたりなどして、里琴の為に色々とお世話してくれる。


「ありがとう」


 そんな彼女らにはいつも礼を述べるのを忘れない。

 里琴はこの豪邸に於いては主人の家族なのだから、本来なら執事やメイドに気を遣う必要など無いのだが、誰かに何かをして貰った時には感謝の念を忘れてはならないというのが里琴自身の矜持でもあった。

 そんな彼女に、テーブルの上座で既に朝食を取り始めていた父、近衛劉一郎(このえりゅういちろう)が穏やかに問いかけてきた。


「どうだね、学校は楽しいか?」

「はい、思っていた以上に」


 里琴は淡々と答えたが、実は笑みが漏れそうになるのを必死に堪えていた。

 実際のところ里琴は、桃円高校での学生生活が楽しくて仕方が無かった。当初は祖父である近衛財閥総帥の指示に従って、市井の生活を知る為の勉強の一環として桃円高校に通い始めた。

 そして入学式を終えるぐらいまでの間は、然程に期待もしていなかった。

 ところが今は、違う。

 里琴の予測を遥かに上回る強烈なインパクトの友人が、毎日隣の席で凄まじい程の存在感を放っていた。この友人の一挙手一投足に注目するのが本当に楽しくて、どんなに眺めていても飽きないぐらいだった。


「そうか、それは良かった……ところで、また新しい釣書が届いていたみたいだな」

「はい、存じ上げております」


 嫌な話題を振られたな、と内心で渋い表情を浮かべつつ、表面上は澄まし顔で朝食に手を付け始めた。


「ですがお父様、わたくしはまだ婚約などするつもりは御座いません」

「まぁ、こればかりは通過儀礼の様なものだからな。一応は目を通しておきなさい」


 父の言葉を話半分に聞き流しながら、次々と送られてくる釣書の中の、会ったことも無い男性らの顔を思い浮かべていた。

 彼らには、ひとを動かす何かが感じられない。

 逆に、隣の席の同級生――義零には他者を動かし、そして輝かせる強烈な力があることを、里琴はここ数週間の間に何度も見せつけられてきた。

 義零は冴えない外観の地味な同級生、紗璃菜を驚く程の美人に仕立て上げ、更には彼女の試験勉強にも付き合い、中間テストでは学年トップ10以内に底上げさせる見事な教師ぶりを発揮していた。

 しかも、それだけではない。

 紗璃菜を何かと虐めていたギャル系女子のうちのひとりである渚沙をどうやって改心させたのかは分からないのだが、彼女はいつの間にか紗璃菜と随分仲良くなっており、義零に対してもフレンドリーに接する様になっていた。

 のみならず、渚沙も妙にその外観が洗練され始め、気が付けば以前よりも数段美しくなっていた。おまけに学力も本人がびっくりする程に向上していたらしく、矢張り先日の中間テストではクラスでも上位に入る程の飛躍を見せていたのだという。

 この渚沙の劇的な変貌ぶりにも義零が関わっていたのは、もう間違いが無かった。


(一体どうしたら、あんなにもひとを動かし、輝きを引き出すことが出来るのかしら……)


 そして極め付きは、魅姫だった。

 里琴の知る限り、あの幼馴染みの美少女は義零にとっては最大の仇敵の様な存在だった筈だ。ところが中間テスト後、彼女は補講と追試の際に義零から何らかの手ほどきを受け、見事にリベンジを果たしたのだという。

 しかもその後の魅姫は、更にその美しさに磨きがかかり始めた。

 ここ最近、そのお姫様気質や傍若無人な言動から教室内でも浮き始めていた感のある魅姫だったが、今や義零の傍らで再び輝きを取り戻したらしく、何人ものクラスメイトらとの交友環境を復活させた様だ。


(一体、何があったというのかしら……)


 里琴は義零の言動の全てを、一部始終を完璧に捕捉している訳ではない。

 それ故、彼と魅姫の間に何があったのかまでは捉え切れていなかった。が、魅姫の精神的、外見的な変化は間違い無く義零が絡んでいる。

 魅姫もまた、紗璃菜や渚沙に起きたのと同じ進化を辿っているのだから、この観測に誤りは無いだろう。


(わたしも、負けてられないわね)


 この時、里琴は義零に対して奇妙なライバル心を燃やしていた。

 将来ひとの上に立つ者ならば、自分以外の他者をどこまで磨き上げることが出来るのかという点を重視しなければならないと思っている。

 そういう意味では、義零は最高の手本だった。

 彼は自信皆無の地味子を学年有数の知的な美少女へと変貌させ、その辺に居そうなギャル系女子を美と知力を両立させる稀有な存在へと昇華させ、更には落ちぶれ始めていた美少女を復活させて再びクラスの人気者への階段を上らせ始めた。

 まさに、他者をプロデュースする達人の様な成果を、あのぶっきらぼうな巨漢は易々と成し遂げている。

 だからこそ、余計に燃えた。

 あの男を超えることが出来れば、自分もいっぱしの指導者や司令塔の器を得ることが可能だろう。


(もっと彼を、観察しないと……その為には、いつも隣にいるべきだわ)


 里琴は心の中で拳を握り締めた。下らない釣書などに時間を浪費している場合ではなかった。


◆ ◇ ◆


 教室内では、その一角だけが明らかに空気が変わりつつあった。

 義零の席の周辺には里琴、紗璃菜、渚沙、魅姫といった美少女四人衆が常に華やかな輪を作り、教室内から憧れと羨望の眼差しを受ける様になっている。

 勿論、嫉妬にまみれた視線も少なくなかったが、義零の強面に対してまともに喧嘩が出来る様な男子はひとりも居なかった。

 いつしか、彼の周辺に集まる女子は『神岡党』と呼ばれる様になっていた。

 義零自身は自分の周辺にグループが出来上がっているとは露とも考えていなかったが、四人の美少女らが好んでそのグループ名を標榜し始めたことから、その様に呼ばれ始めていた。


「神岡君、ちっとも嬉しそうじゃないわね」


 里琴が悪戯っぽい笑みを向けると、義零はいつもの強面でふんと鼻を鳴らした。


「どこに喜ぶ要素があるんだ?」


 そういえば、彼は自分自身の恋愛を真っ向から否定しているという話だった。

 だからこれだけ綺麗どころが寄り集まってきても、何とも思わないという訳か。


(贅沢な話ね……)


 里琴は内心で苦笑を漏らした。

 しかしだからこそ、彼の周りにはこれだけの顔ぶれが集まってくるのだろう。その求心力を見習わなければならない――里琴は直接義零にいわれた訳ではなかったが、密かに気合を入れた。

 釣書の相手ではなく、生の強者と直に接するこの機会を無駄にしてはならぬと誓った。

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