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10.女、地獄を見るべし

 放課後の教室内。

 魅姫はひとりで自席に腰を下ろしていた。

 机の上には、採点済みの答案用紙が何枚も並んでいる。いずれも、散々な点数だった。


(嘘……どうして……)


 確かに勉強は然程に頑張らなかった。授業中も友人とラインで遊んだし、予習や復習もほとんどしたことは無かった。唯一、宿題だけは大体いつも提出していたが、それも大抵は誰かに写させて貰ったものばかりだ。

 だから高校に入って最初の定期考査、即ち一学期の中間テストはそんなに良い点は取れないかも知れないと漠然と考えていた。

 ところが、現実は更に過酷だった。


(あたし……こんなに……こんなにも、馬鹿だったの……?)


 中学の最初の頃までは、もう少しマシだった筈だ。

 あの当時はテストの点がそのまま小遣いの額に直結していたから、割りと頑張ったことを覚えている。

 だがそれも、そう長くは続かなかった。

 必死に塾に通って何とか志望校の合格圏内に滑り込み、それで辛うじて桃円高校に入学することが出来た。

 そして今回。

 まともに勉強してこなかったツケが廻ってきた格好だった。

 結果、魅姫には補講と追試が課せられた。それ程までに酷い点数のオンパレードだったのだ。

 友人らは、誰も助けてくれない。いつも一緒にカラオケやファミレスでお喋りしていた女子らは、魅姫ひとりを置いて帰ってしまった。今頃、どこかで男子らと遊んでいるに違いない。

 そういえばここ最近、魅姫は妙に周りから浮いていることに気付いた。

 時折わざと聞かせようとでもしているかの如く、魅姫を揶揄する声がそこかしこから聞こえてきていた。


「宮園ってさー、最近調子乗ってね?」

「あー、何かお姫様気取ってるよなー。顔はまー可愛いんだけど、オレあーゆーの駄目だわ」

「ちやほやしてくれないとすぐ拗ねるタイプ? ぶっちゃけ、メンドクサイよねー」


 それらの声が日増しに強くなってきているのが分かる。

 いつも仲良くしてるメンツも、裏では何をいっているか分かったものではない。


(あたし……かなりヤバい状態……?)


 今になって漸く、気付いた。

 窮地に陥っても、誰も助けてくれない。

 そういえば、似た様なことは小学校の頃からたびたびあった。昔からちょっと周りから持ち上げられるとつい調子に乗ってしまい、それが原因で友達を失ったことがこれまで何度もあった。

 きっと今回も、同じことが起きているのだろう。


(あー……あたしってばホント、学習能力無いなー……)


 何だか泣けてきた。自然と涙が滲んできた。

 たったひとりで、答案の間違った部分を手直ししている自分が情けなくなってきた。


(そーいえば、小学校の時、どうしてたっけ……)


 ふとそんなことを考え、そして愕然とした。

 魅姫が困った時、いつも助けてくれる友人が居た。どんなに周りから見放されても、常に魅姫の傍に寄り添ってくれていた友達、大切な幼馴染み。


(あ……義零君……)


 そうだ――どんな時も義零だけは、魅姫を見捨てなかった。

 あの太った少年は魅姫がどれだけ癇癪を起こして八つ当たりしても、笑って受け流してくれた。

 今だからこそ、分かる。自分がどれだけ、あの丸々とよく肥えた幼馴染みに助けられてきたことか。どんなに救われてきたことか。


(それなのに……あ……あ、あたし……あんな……あんな酷いこと……)


 三年以上が経った今、漸く理解した。一番大切な存在を、己の浅はかな考えで斬り捨ててしまったことを。

 小学校でも、魅姫が本当に困った時は日頃仲の良いイケメン少年や可愛い女子は誰も助けてくれなかった。誰も彼も、魅姫が調子良く笑っている時だけ、近くに寄ってきていた。

 そしてその状況は、今も全く変わっていなかった。違うのは、あの当時いつでも味方してくれた少年が、今は隣に居ないという点だった。

 魅姫は頬杖をついて、視線を脇に落とした。


(あたし……ホント、最低の大馬鹿だ……どうして今更、気付くのよ……何で今になって、分かっちゃうのよ……もう、全部遅いじゃない……)


 自分で自分に腹が立った。もし時が戻せるならもう一度、小学校の卒業式の日に戻りたい。戻って、自分に告白してくれたあの少年の手を取り、そして抱き締めたい。

 だが、そんなのは不可能だ。

 これから先は、己の浅はかさと馬鹿さ加減によって引き起こした罪を背負って生きてゆくしかない。


(あたしの高校生活……これマジで、詰んじゃったかな……)


 そんなことを考えながら正面に視線を戻し、そして、見上げた。

 いつの間にか、そこに端正な面に厳しい色を浮かべている巨漢が静かに佇んでいた。

 魅姫は呆けた表情のまま、目の前の影――義零の精悍な顔をぼぅっと見つめていた。


「酷い点数だな」

「あ、えっと……」


 魅姫は慌てて涙を拭って視線を落とした。言葉が出て来ない。申し訳無さと、今すぐにでも心から謝罪したいという思いが喉を詰まらせていた。

 そんな魅姫に愛想を尽かせたのか、義零は踵を返して教室を出て行こうとした。

 ところがそんな義零に、魅姫は咄嗟に声をかけて呼び止めた。


「義零君、待って……!」


 その呼びかけに応じ、義零は立ち止まった。正直、応えてくれるとは思っていなかっただけに、義零のこの反応は嬉しいと思うと同時に、意外でもあった。


「どうした?」

「その……義零君は、良い点、取れた?」


 すると義零は肩に掛けていた通学鞄から何枚かの紙を取り出した。答案用紙、それも全て満点だった。

 その圧倒的な頭脳と実力差に、魅玲は再び愕然とするしかなかった。

 彼は学力の面でも、ここまで魅姫に差をつけてしまっていたのか。魅姫はもう、その美貌を泣き笑いに崩すしかなかった。


「どうした。悔しいのか?」

「うぅん、違う……自分の馬鹿さ加減に、腹立ってるだけ」


 魅姫は自嘲の笑みを浮かべた。

 もう、どうにでもなってしまいたかった。

 すると義零は、僅かに身を屈めて魅姫の涙に濡れた美貌を覗き込んできた。


「強くなりてぇか?」


 その問いかけに、魅姫は思わず、はっと面を上げた。義零のそのひと言は、魅玲にとっては何にも代え難い救いの響きを伴っていた。

 魅姫は目を見開いたまま、大きく頷き返した。


「なりたい……あたし……強く、なりたい!」

「良いだろう。今のてめーは随分とマシな面構えだ」


 いいながら義零は魅姫の前の席の椅子を引いて、どっしりと腰を下ろした。


「望み通り、てめーを強くしてやる。追試までの間にきっちり、仕上げるぞ」


 その瞬間――魅姫は涙を滲ませたまま、最高に嬉しい想いが込み上げてきて、つい笑顔が弾けてしまった。

 と、同時に、もう二度と間違えないと自らに誓った。

 義零が差し伸べてくれた手を、絶対に手離すまいと強く決心した。


「いつまでもぴぃぴぃ泣いてんじゃねぇ。俺のしごきは地獄だぜ……気合入れろ」


 その辛辣で厳しい言葉ですら、今の魅姫にとっては最高の贈り物となった。

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