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ご主人さま探偵譚  作者: 榊 謳歌


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29/34

七幕

「本物の砂鳥さんは、入り口すぐのあの広間の中にいたんだ。人形のフリをして、ね」


 神降悠は、語る。

 真相と虚構が、仲良くラインダンスを、踊る。

 …沈黙、するしかなかった。

 沙良羅も半兵衛も私も、この地下室も。

 私たちが沈黙していたから、悠がまた口を開いた。


「今朝のカラクリはこうだよ。食堂で砂鳥さんの殺害を匂わせるメッセージを見つけたボクたちは、砂鳥さんの離れに駆けつけた。そして、離れに入ったボクたちは広間で砂鳥さんの人形を発見した。けど、あの砂鳥さんの人形は、人形のマネをしていた本物の砂鳥さんだった。彼女の部屋に鍵はかけられてなかったから、砂鳥さんは広間までは行くことができたんだ」


 砂鳥の離れは、入り口の広間と砂鳥の自室の二つが連なる形で構成されている。

 本来なら使用人の東正門が砂鳥の部屋を外から施錠するのだが、昨夜はその鍵がかかっていなかった。なので、砂鳥は自室の外に出て入り口の広間にも行くことができた。

 悠は、そこで呼気を整える。

 沙良羅や老執事が追い着いてくるのを、待つように。


「そして、ボクたちは粗忽(そこつ)にも入り口の広間にいた砂鳥さんを人形だと思い込んでしまった。前日にも、夜彦さんという『前例』を見ていたからね」


 …そう、だった。

 私たちが最初に広間で見た砂鳥を人形と判断したのは、御雅木夜彦の時と同じ手順を踏んでいたからだ。

 悠はまた呼気を整え、また延々と語り始める。

 この場は、悠の支配下にあった。


「けど、広間で見かけた人形の砂鳥さんこそが、砂鳥さん本人だったんだよ」


 悠は語った。

 砂鳥は、何も語らない。

 天秤は、未だ不均衡なままだ。


「そして、ボクたちが広間の先にある砂鳥さんの自室に向かっている間に、人形を演じていた本物の砂鳥さんは、自身と人形を入れ替えた。人形は、外のニワトリ小屋にでも隠していたんだろうね」


 つまり、そこで生者と死者が入れ替わっていたことに、なる。

 止めて欲しいところだけどね、簡単に世界の摂理を覆すのは。


「そんなことにも気付かなかったボクたちは、砂鳥さんの自室で首切り死体を発見し、そこで砂鳥さんが殺されてしまったと考えた。そっちこそが本物の人形だったのにね」

「入り口の広間にいたお人形が、本物の砂鳥さんで、あのお部屋で亡くなっていた砂鳥さんが、お人形…」


 沙良羅は呟くだけだった。

 いや、白く、手折(たお)れてしまいそうだった。

 やり場のない寂寥(せきりょう)感だけが、地下室の中に広がっていく。何が本物で何が偽物なのか。何が装飾で何が虚飾なのか。悠の言葉が、この場を(わずら)わせていく。


「さっきも言ったけど、砂鳥さんたちはそのためにインプリンティングを仕掛けていたんだ。前日、夜彦さんの工房に向かう前に、ボクたちは夜彦さんの形を発見している。その後、工房でボクたちは本物の夜彦さんの他殺体を発見した。それで、ボクたちにはある種のイメージが刷り込まれていたんだ。人形が出てきたら、次は本物の死体が出て来るっていう、連鎖のイメージがね」

「人形が出てきたら、次は、その人間の死体が出てくる…」


 私も、知らず知らずのうちにそれが暗黙の了解だと思い込んでいた。

 …そんなルールなど、あるはずがないのに。


「だからボクたちは、砂鳥さんの首なし死体を発見した時も、あれが人形だと全く疑わなかった。その直前に、砂鳥さんの人形の姿を見ていたから、次は砂鳥さんの死体が出て来るぞと、思い込んでいたんだ。しかも、それだけじゃない。入り口の広間にいた砂鳥さんの人形だって、本当は人形なんかじゃなくて本物だったのに、ボクたちはその砂鳥さんを人形だと、頭ごなしに決めつけていた」


 それは、まさに刷り込み。

 パブロフの犬以外のナニモノでもない。


「ボクたちにそうした錯覚を起こさせるために、砂鳥さんたちは、最初にわざわざ夜彦さんの人形を見せしめに使ってから、次に本物の夜彦さんの死体をボクたちに見せつけたんだよ」


 人形から人間へ。

 ホントの意味は、意図的に隠されていた。


「これで、砂鳥さんと東さんと砂鳥さんが共犯関係だってことが分かってもらえたかな?東さんの協力がなければ、御雅来砂鳥殺害偽装計画はうまくいかなかった」


 悠は泰然とした語調で語り尽くす。

 この場所は、最も約束された彼の狩り場だ。


「理解は、できました。ですがユウ様、それならどうして…三人目の犠牲者が東様なのですか」


 一つの密室の謎が開いても、まだ密室の扉は残されていた。

 だから、まだ終われない。

 まだ、終わらせてなんか、やれない。


「その理由をボクに聞くのは間違っているよ。ボクに答えられるのは、どうやって東さんが密室の中で死んでいたのかっていう質問だけだから」


 悠は、そう言った。そして、また語り出す。

 ここで、ふと思った。人生って、ここまでキツイものだったっけ?


「東さんが死亡していたあの密室も、砂鳥さんと東さんが共犯だったからこそ創り上げられた密室だったんだ」


 悠は語った。求められているから、語る。

 先程の説明で、砂鳥と東が共犯だったことの解明にはなった。

 だからこそ、死んだはずの砂鳥が生きていることも理解できる。


「ですがユウ様…それはどういうことなのですか?」


 沙良羅の言いたいことも、理解できる。

 砂鳥と東が共犯だったとして、それで、どうして東正門の遺体が密室で発見されたのか、と。

 

「それはシンプルだよ。主犯は砂鳥さんで共犯者が東さんだった。そして、加害者が砂鳥さんで、被害者が東さんだった。だからこそ、あの現場を密室にすることも簡単だった」


 神降悠は、そこで狂った結論を下した。


「あの部屋の鍵をかけたのは、部屋の中にいた東さん自身だったんだ」


 砂鳥が加害者。東が被害者。あの部屋を密室にしたのは、被害者本人である、東正門…。

 その結論は、シンプルというより、もはや陳腐。

 …だからこそ、それはあの二人にしかできない。

 いや、待てよ。私は、そこで問いかける。

 久方ぶりに、声を発した気がした。


「でも、ユウ君、東さんが砂鳥さんに殺されたっていうけど、東さんが自分で鍵をかけることなんて、できなかったんじゃあ…だって、東さんは、首吊りにされてたよ」


 閉塞された部屋の中、あの東正門は、宙吊りにされていた。身動ぎ一つとして、できない状況だった。


「ボクは、砂鳥さんが東さんを殺したとは、一言も言ってないけど」


 悠が、またも矛盾めいた言葉を紡ぐ。

 そして、言う。いけしゃあしゃあと。


「砂鳥さんは東さんの背中に刃物を突き立てただけの、ただの加害者だよ」

「…ただの加害者?」


 私と沙良羅の声がシンクロしていた。


「砂鳥さんは東さんを刺したその後、刃物を抜いて砂鳥さんはあの部屋を立ち去った。この時点では、東さんはまだ生きていたんだ」

「生きて…いらしたのですか?」


 なのに、御雅来砂鳥は東正門の部屋を出た。

 血を垂れ流していた東正門に背中を向けて?


「そうだよ、サラ。砂鳥さんが立ち去った後で、東さんは自分の部屋を中から施錠したんだ」


 あの部屋は、そうして密室として成立した。

 悠は、先刻からそう言っていた。


「ですが、ソレでは砂鳥さんには東さんを、あの、その…」

「吊るすことはできないって?」

「…はい」


 確かにそうだ。今の説明は、そのことに触れていない。


「元々、砂鳥さんには東さんを首吊りにすることなんて出来なかったと思うよ。東さんは長身だったし、砂鳥さんもそれほど腕力があるようにも見えない。だから東さんは、自分で、首を吊ったんだよ」


 時が、また、止まる。


「…………なぜ、そのような、コトを?」


 自らの命を、粗末にするようなコトを?

 沙良羅の顔つきは、そう物語っていた。


「死ねなかったから、だろうね」


 悠は、あっさりと呟く。


「死ね…なかったから?」

「二人の計画では、砂鳥さんが刃物を突き刺し、部屋を出た後で東さんがあの部屋の鍵をかけて密室にする筈だった。そして、後は東さんが失血死する予定だった。そうすれば、密室殺人が出来上がるはずだった。けど、東さんの傷は思ったより浅かった。あの時、東さんは死に損なっていたんだ」


 死に損ない。それは、生きてもいない。死んでもいない。という、ひどく手狭で狭間の状態。


「けど、それだと都合が悪かったんだ。もし、生きたまま東さんが発見されてしまえば、砂鳥さんにとって何かと都合の悪い展開にもなりかねなかった。だから、東さんは急遽、ロープで首を吊ることを思い付いて、それを実行したんだ」


 砂鳥のために首を吊った東。

 …それって哀しくないのか?

 私には、分からなくなってきた。


「これが、東さんの時の全容だね」


 悠は、そう締め括った。東正門の件については、ここでお仕舞いにした。お仕舞いに、してくれた。

 …私には、触れなかった。

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