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ご主人さま探偵譚  作者: 榊 謳歌


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28/34

六幕

 薄暗い電灯の光がまばらに降り注ぐ地下室に、不揃いな役者たちは、不揃いながらも揃い踏んだ。

 この場所は、誰からも忘れ去られていた、過去の遺物だ。

 その忘却の舞台で、アヤツリ人形劇の最終章が始まろうとしていた。

 中心にいるのは、神降悠というロミオと、御雅来砂鳥というジュリエット。

 他の者たちでは、口を挟めない。動くことも喋ることも禁じられ、生きることも死ぬことも取り上げられた、ただの木偶人形と化していた。

 …私には、お似合いの配役だった。


「なぜ、砂鳥様がこちらに、いらっしゃるのですか?砂鳥様は、あの時に…あのお部屋でお亡くなりになられたはずでは?」


 老執事が、問う。

 なぜ、あの人形姫が、今頃になってこんなところに現れるのか、と。


「本当に砂鳥さんが死んでいたなら、此処にはいませんよ。砂鳥さんが実は双子だったとかいう、チープなオチを除けば、ですけれど」


 悠だけが、この零落(おちぶ)れた人形劇のラストを垣間見ている。その景色は、いかようなものか。

 真相が分かったと口にした悠は、佐知代に人が隠れられそうな場所が敷地内のどこかにないかと尋ねていた。最初、佐知代はそんな場所はないと口にしたが、話の途中でこの地下室のことを思い出したようで教えてくれた。

 そして私たちは、御雅来家の誰しもが忘れ去っていたこの場所に訪れた。

 次は、沙良羅お嬢さまがご主人さまに問いかける。


「ですが、ユウ様…なぜ、砂鳥さんは生きておられるのですか?」

「なぜ、と聞かれたら、こう答えるよ」


 悠は、そこで小さく息を吸った。

 …部屋の中の息苦しさが、少し増した。


「砂鳥さんが、黒幕だったからだよ」


 それは、模範解答だったのかもしれない。

 しかし、最も壊れ易い解答でも、あった。


「砂鳥さんが…黒幕?」


 沙良羅の瞳は、揺れていた。

 だが、悠の台詞を無言のまま否定も拒絶もしない砂鳥を見ていると、『嘘』という言葉を口にすることも、できなかった。

 本当に…この白い少女が犯人だったのか?

 御雅木夜彦を殺し、東正門を殺したのか?

 そして、自分自身をも殺した、のか?

 …そんなに殺して、飽きないのか?


「そうだね。先ずは砂鳥さんが死んだ時の、いや、砂鳥さんが死んだと思われていた時の種明かしから始めようか」


 ご主人様の態度には、何の変化もない。可愛げがないくらいに、動じていない。

 沙良羅お嬢さまは、こんなにも狼狽しているというのに。


「そ、そうです、砂鳥さんは、確かにあの時…砂鳥さんの、お部屋の中で」


 死んでいた。はずだった。にもかかわらず、目の前では、その砂鳥がこうして生きている。

 …頭がおかしく、なりそうだった。


「だから、死んではいなかったんだよ、サラ」

「で、ですが、ユウ様…今朝、わたくしたちは砂鳥さんの遺体を…」


 砂鳥の部屋で、目撃していた。

 けれど、悠は語る。あまりにも平然と。


「ボクたちが砂鳥さんの部屋で見たあの首切りの遺骸(いがい)は…意外なことに、人形だったんだよ」


 人形だった、と。悠は、そう明かした。

 これまでの現実をそっくりそのまま、引っ繰り返した。


「人形…………しかし、砂鳥さんのお人形なら、砂鳥さんのお部屋ではなく、その一つ手前の広間にいたはずではないですか?」


 死んだはずの砂鳥が、生きていた。

 死んだはずの砂鳥が、人形だった。

 どちらが現実で、どちらが虚構か。

 お好きな方を選べとでもいうのか。


「広間に残されていた砂鳥さんも人形だったけど、砂鳥さんの部屋で発見した死体も人形だったんだよ」

「どちらも、人形だった………?」


 沙良羅でさえ、まだ困惑の渦中から抜け出せない。

 当然、私のような凡人は穴の底の底だ。


「そう、両方とも人形だったんだ」


 神降悠は、ダメ押しのように念を押した。対して、沙良羅や私、半兵衛は沈黙していた。悠の語る虚像めいた真相を、胸の中で咀嚼するために。


「そして、砂鳥さんの部屋にいた首を切られた亡骸も、人形だった。だから、東さんはあの砂鳥さんを埋葬する時もビニールシートに包んでボクたちの目に触れないようにしていたんだよ」


 最初に砂鳥の自室で砂鳥の死体(人形?)を発見したあの時、東は『見るな!』と叫んでいた。それは、砂鳥の尊厳を守るための言葉ではなかったのか。

 地下室の中、神降悠の声はやけに反響していて、その声は、やけに染み込んでくる。


「そう、でした。結局、わたくしたちは、あれが砂鳥さん本人のご遺体だったと、きちんと確認してはおりませんでし…」


 そこまで言って、沙良羅はそこで『引っ掛かり』に気が付いた。無理もないが、どうやら、かなり判断力が鈍っている。


「お待ちください、今のユウ様のお話ですと、まるで、砂鳥さんと東様のお二人は…」

「二人は共犯だったよ」


 悠は、軽く断言した。

 砂鳥の死体(人形)を、私たちの目に触れさせないようにしていた東正門。その彼が砂鳥の味方ではないはずがない。いや、一から十まで、ずっとずっとずっと、東正門は御雅来砂鳥の味方だったではないか。


「え、あの、しかし、ユウ様…砂鳥さんが犯人で、東様が、共犯で?」


 沙良羅の声は、うろたえていた。無理もない。

 三番目の被害者は、その東正門だ。

 その現実が、沙良羅を更なる混沌の坩堝(るつぼ)に叩き込んだ。

 その坩堝から抜け出そうと、沙良羅は足掻く。


「ですが、ユウ様、砂鳥さんと東様のお二人が協力関係にあったとして…砂鳥さんのあのお部屋で死んでいたのが、実は砂鳥さんではなくお人形だったとして、わたくしたちが砂鳥さんの離れに駆けつけた時、砂鳥さんご自身は、一体どこに消えてしまっていたのですか?砂鳥さんはあの離れの建物からは…いえ、砂鳥さんはご自身の部屋からも絶対に出られなかったはずです」


 沙良羅は、箇条書きで尋ねる。ペットとして、必死にご主人様の後ろを着いて行こうと懸命に。けど、沙良羅の指摘は正鵠(せいこく)を射ていた。

 もし、悠が言うように砂鳥と東が共犯関係にあったとしても、砂鳥の部屋は外から錠をかけられていて、自室から外に出ることはできなかった。

 そして、砂鳥の館の入り口にも、外側から錠がかけられていた。

 つまり、砂鳥を捕える鳥籠は、二重のロックが厳重にかかっていたことになる。

 それは、昨夜も同様だった。その状態で、砂鳥は外には出られない。

 離れの外どころか、部屋の外にも、砂鳥は出られない。

 しかし、『砂鳥の部屋に居た砂鳥の死体は人形だった』と悠は断言した。『広間に居た砂鳥も人形だった』と悠は口にした。

 ならばあの時、本物の御雅来砂鳥はどこに隠れていたのか。

 自室からも出られない。

 離れからも出られない。

 では、砂鳥はあの時、どこにいたというのだ。

 そんな場所は、どこにもなかったはずだ。

 そのことを、沙良羅が問う。


「それなのに、あの建物に入った時、中には『砂鳥さんの演技をしていたお人形さん』たちしかいなかったというのは、どう考えても辻褄が合いませんわ…あの時、本物の砂鳥さんはどこに行ってしまわれたのですか?」

「どこにも行っていないよ。あの時、砂鳥さんは広間にいたんだ」

「…………?」

 

 広間にいた砂鳥は、人形だったはずでは?

 悠も、先ほどそう言ったはずだが?

 自分の発言には責任を持つべきでは?


「そうですよね、砂鳥さん?」


 悠は白い少女に問いかけた。だが、白い少女は無表情のまま、何も言ってくれない。私たちの眼前にいるこの少女こそが、もしかすると人形なのではないかと疑ってしまいそうなほど。


「それは、しかし…ユウ様、そんなことは、あり得ないのでは?」

「あり得たよ。というか、これしかあり得なかったというべきなのかな」

「ですが、砂鳥さんはご自分の部屋からも出ることは叶わなかったのですよ?」


 沙良羅は、懸命にそう言った。

 懸命とは、生きている、ということだ。

 人形ではない、ということだ。

 そんな沙良羅に、悠は軽く言った。


「出られたよ」


 悠と沙良羅の言葉が、すれ違う。生と死が交錯する、この地下室で。

 神降悠は、続けた。人間味を感じない声で。


「砂鳥さんはあの夜、自分の部屋からは出ることができたんだ。あの夜は、聞こえなければならないはずの音が、聞こえなかったからね」

「聞こえなければならない…………音?」


 小首を傾げる沙良羅に、悠は答える。

 そのレスポンスの速さは、私が自殺をしようとしていたと打ち明けたあの時と、寸分も変わらない。

 …コイツにとっては、全てが些事(さじ)なんだ。


「砂鳥さんの部屋の鍵が閉められる時の音だよ」


 不意に、私の脳内に、響いた。

 砂鳥の部屋を外から施錠していた、あの南京錠の不快な金属音が。


「あの錠は、開ける時もかける時もかなり大きな音が鳴っていた。けど、昨夜、砂鳥さんの部屋の前ではその音が全くしなかった。それはつまり、東さんが砂鳥さんの部屋の鍵をかけていなかったことの証左だよ」


 御雅木砂鳥と東正門の二人は、共犯だった。

 その証明は、昨夜からなされていた。


「…そういえば、昨夜は、その音は聞いていなかった気がします。それに、今朝、あのお部屋に駆けつけた時も、東さんがあの部屋の扉を開けた時には、あの音が聞こえませんでしたわ」


 沙良羅は納得したようだった。

 しかし、また別の質問を投げかける。


「ですが、ユウ様…確かにそれなら砂鳥さんは自室の外には出られますが、あの離れの入り口である最初の部屋までしか行けなかったのではないですか?」


 砂鳥の離れは、大きく分けて二つの部屋で構成されている。

 離れの入り口である広間と、その奥にある砂鳥の自室だ。

 そして、東が砂鳥の自室の施錠をしていなかったのなら、確かに、砂鳥は部屋の外には出られる。

 けど、そこまでだ。砂鳥が自室から出られたとしても、あの離れの外に出ることはできない。

 離れも、外側から施錠されていたからだ。

 しかも、その施錠をしたのは使用人の城山忍であり、東正門ではない。

 そのことを、お嬢さまは口にした。 


「砂鳥さんの離れの入り口も、外側から施錠されていたはずです。そして、そちらの鍵は城山様が持っていました…まさか、城山様までもが砂鳥さんの共犯だったのですか?」


 さすがにその可能性は低いことは、私にも理解できる。

 もう一人の使用人である城山忍が忠誠を誓っているのは、カノジョが愛する主だけだ。

 神降悠も、城山忍共犯説を否定した。


「いや、離れの外の錠はかかっていたよ。城山さんの錠は、あの音を立てていたからね」

「それでは、やはり砂鳥さんはあの建物の外にまで出ることは、できなかったのでは…?」

「うん、できなかったよ」


 拍子抜けするほどあっさりと、悠は認めた。

 沙良羅は、肩透かしを喰らいながらも続ける。


「ですが…今朝わたくしたちがあの場所に行った時には、砂鳥さんのお人形しか、いなかったのですよね?」


 悠は先程、あれが人形だったと断言した。

 しかし、悠は言った。


「誰がそんなことを言ったのかな?」


 …それでは、矛盾では、ないか。

 悠は続けた。何も悪びれることもなく。


「ボクたちが砂鳥さんの離れに向かったのは、『あのメッセージ』を見たからだ。けど、ぼくたちが砂鳥さんの館に着いた時、砂鳥さんはまだあの中にいたんだよ」


 またまた、悠は矛と盾を振り回した。

 当たったりしたら、危ないではないか。


「え、ですがユウ様…だってあの中にいたのは、砂鳥さんの死体の役目を与えられたお人形と、広間に居た、砂鳥さんの死に目を報せるお人形だけだったのでは、ないのですか?」


 最初に『人形』が死に、次に『本人』が死ぬ。

 それがルールだったはずではないか?

 しかし、砂鳥のケースは両方が人形だったと、悠自身も語っていたではないか。

 それとも、私がおかしくなったのか?

 …もういっそ、その方が楽になれそうだったけれど。


「いや、本物の砂鳥さんは居たんだ。さっきも言ったけど、入り口すぐのあの部屋の中に、砂鳥さんはいたんだよ」


 そして、神降悠は、さらに語る。

 (かた)るように、騙りを語る。


「人形のフリをして、ね」

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