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ご主人さま探偵譚  作者: 榊 謳歌


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26/34

四幕

「悠君………………あなたが殺したの?」


 聞いてはいけないことぐらい、解かっていた。それくらいの分別は持ち合わせている。

 それでも、私はそう問いかけていた。

 夜の中で舞い散る桜が、私にそうさせたのかもしれない。


「ボクじゃないよ」


 悠は気分を害した様子もなく否定した。

 ただ、私が意地悪をしたかっただけだ。

 …それぐらいしなければ、正気を保てなかった。


「確かにボクの技術を使えば、密室の中の人間だって殺害することはできる。それこそ、赤子の首を捻るよりも簡単だ。だけど、その場合、被害者には外傷はないんだ。神降が殺すのは、肉体ではなく精神なんだ。わざわざ肉体を損傷させる必要なんて、神降にはないんだよ」


 神降悠は、そう言った。

 だから、だから?

 私は、泣いていた。

 この場所では、三人もの人間の命が失われた。

 …命って、そんな簡単に消えていいものじゃないだろ?

 だから、私は泣いてやった。

 ざまあみろ。

 これで、私が人形ではないことが、立証された。


「私…………死ぬつもり、だったんだ」


 私は、口走っていた。

 ずっと、心の中で抱えていた十字架を。


「死ぬつもりだった?」


 悠は、それでも泰然としていた。

 紅井菜穂子、一世一代の告白だったというのに。


「私は、自殺する、つもりだったんだよ…最初に会った時のコト、憶えてるよね?あの山道で出会った時…あの時、私、死に場所を探してたんだ。山奥の奥の方で、誰もいない場所で、首を吊ろうかなって、そのための縄もね、ずっと隠し持ってたんだよ」

「でも、どうして自殺なんて?」


 自殺という陰惨な言葉を聞いても、神降悠の声は、それでも変わらない。

 …もう少しくらい驚け、腹立つなぁ。


「死にたかったから…ううん、生きているのが、嫌だったから、かな?ううん、それも少し違うのかな」

「死にたいわけじゃなくて、生きてるのが嫌だっていうわけでもないのに、それでも死のうとしたの?」


 悠は小首を傾げていた。私の懊悩(おうのう)がまるで理解できないんだ。

 というか、本当になぜ、こんな話を始めてしまったのだろうか。コイツに話しても暖簾(のれん)に腕押しになることは分かっていたはずなのに。


「私は、父一人子一人の家庭で育ったんだ…」


 けど、私は、気付いたら語り始めていた。

 これまで、誰にも話さなかった胸の内を。


「お母さんは、私が物心つく前に、死んじゃってた…」


 神降悠は、黙って聞いていた。私の話に同情するわけでもなく、物笑いの種にでもするでもない。

 だから、これは私の独り言だ。箸にも棒にもかからない、ただの与太話だ。そう思えば、少しだけ楽になれた。


「それなりに不自由はあったよ。けど、それでも何不自由なく育った方じゃないかな…お父さんはね、一人でも私を立派に育てるんだって、口癖のように言ってて、そして、私の為にずっとずっと、寝る間も惜しんで働いてくれていたんだ」

「それは、いいお父さんなんじゃないのかな」


 悠の言葉に、私は頷いた。いい父親だった。それは間違いない。でなければ、あの父を否定することになる。


「じゃあ、別にナオちゃんが自殺する必要性なんてないんじゃないかな」


 悠はそう言ったが、私は悠の言葉を無視するように話し続ける。


「今年、私は大学に受かったんだ。順風満帆とまでは言えないけど、それなりに努力したら、それなりの結果が出たよ…」


 一年の浪人期間があったが、それでも、それなりの大学に合格できた。


「それなのに、死のうとしたの?」


 悠は尋ねた。こちらの心情になど、まるで頓着していない。

 ただ、悠は、自分の知っている『人間』という役柄を演じているだけだ。

 けど、私は、答えた。おそらく、沙良羅が相手ではこの話はできなかった。感情がない悠が相手だからこそ、この話ができたんだ。


「お父さんが、自殺したんだ…」


 そう、父親が、自殺した。

 自ら、自らの命を絶った。

 私たちが暮らしたあの家の、二人の思い出が染みついた、あのリビングで。

 …床には、たくさんの薬が散らばっていた。


「自殺の理由は?」


 悠の声は、本当にブレない。

 だからこそ、私は話せる。


「それは…正直なところ、私にも分からない」

「分からない?」

「ただ、原因があるとしたら…お父さんが、欝病になっちゃったんだ」


 ずっとずっと、私のために粉骨してくれていた父親は、私の大学合格とともにその緊張の糸が途切れたのか、鬱になってしまった。


「その鬱病のせいで自殺してしまったんだね」


 訳知り顔で、神降悠はそう言った。いや、私の勝手な思い込みかもしれない。どちらでもいい。私はただ、それを否定した。


「………違うよ!」


 私は、激昂していた。ここで悠を怒鳴る筋合いなど、ない。それでも、私は声を荒げていた。

 私の脳裏に、リビングでうつ伏せになっていた父の姿がフラッシュバックした。

 伏せた父の傍には、私に宛てた手紙が、残されていた。

 所謂(いわゆる)、遺書だ。

 …けど、私はその遺書を、読むことができなかった。

 未だに、その封は切られて、いない。


「ナオちゃんのお父さんは、鬱病の所為で死んだわけじゃないの?」

「違う…違うんだよ」


 私は、うわ言のように繰り返した。

 何が違うのか、口にできないまま。


「それじゃあ、どういうことなの?」

「それ、は………………………………………………………………………………」


 私にも、分からない。

 わたしにだって、これっぽっちもわからない。

 だって、わたしはあのてがみを、よんでいないから。こわくてこわくて、よむことが、できなかったから。

 だから、わからない。

 どうして、ちちおやがしんだのか。どうして、しにたかったのか。

 …どうして、おとうさんが、わたしをおいて、いってしまったのか。

 わからないままだ。わたしがそこから、にげたから。


「けど、兎に角……違うんだよ」


 私は、父の死の理由を、説明できなかった。歯痒かった。

 自分の父親だったのに。あれだけ、私のためによくしてくれた父親だったのに。遠足の日は早起きをして、お弁当を作ってくれた父だったのに。風邪の時は、寝ずの番をしてくれた父だったのに。それなのに、私は、父の自殺の理由を、説明できない。

 …今はそれが、口惜しくてしかたなかった。


「それじゃあ、やっぱり欝病が原因だったんじゃあ」


 確かに、悠が言うように、鬱が原因の一端だったのかもしれない。けれど、きっとそれだけではない。なぜか、そう確信していた。いや、盲信だったのかもしれない。負け惜しみだったのかもしれない。

 それでも、父親の死の原因は、それだけではなかったはずだ。人が死ぬということは、しかも、自ら死ぬということは、きっと、そんな一元的なモノではない。

 だからこそ、私も、それを知るために…。


「…………♪」


 突然、場違いに軽快な音楽が悠の胸元から聞こえてくる。悠は、上着の胸ポケットからスマホを取り出した。


「ああ、ケータイのアラームだよ。十時になったら鳴るようにしていたんだ。部屋に戻らないといけない時間だから」


 割と几帳面だ。いや、これも人間を演じるための擬態だろうか。

 悠はスマホを操作してその音を止めた。彼の電話には、小さな人形のストラップが二つも付けられていた。首輪を嵌めた少女と、その首輪から伸びる銀色の鎖を握った少年という、とんでもない絵面の二人組みの人形たちがそこにいた。

 悠が、手に持ったまま、その人形を眺めたまま、動きを止めた。

 …壊れてしまったようにしか、見えなかった。


「ああ、そうか」


 しばらく止まっていた悠の時間が、動き出した。

 そして、言った。


「事件が解けたよ」


 さらりと、悠は言ってくれた。

 茶漬けのように、さらさらと。


「え……………?」


 私は、その言葉の意味が分からなかった。

 …じけんが、とけた?

 事件って、溶けるものだったか?

 いや、違う…解けた、のか?

 ようやくその言葉の意味が理解できた私に、神降悠は薄く微笑む。そして、月光で白く染められた桜に踵を返した。

 桜と悠の距離が広がり、私と悠の距離も広がった。


「待って…ユウ君」


 私は慌てて悠の後を追う。

 それはどこかしら、人形めいたぎこちのない動きだった。

 人形。

 始まりは、人形だった。

 人形が続き。否応なしに続き。飽きることなく続き。万遍なく続いた。

 人里を離れた異世界を舞台にした、虚構よりも悪辣で、虚仮(こけ)にされたように辛辣で、滑稽なほどに調子っぱずれの、人殺し付きのお人形劇。脚本を書いたのが生来の傀儡(かいらい)なら、その舞台で踊るのもまた、操られる為に生まれた、傀儡。

 傀儡ばかりだ。傀儡まみれだ。

 できそこないばかりだ。人間ぞこないばかりだ。

 だが、まだ、この傀儡人形劇は終わりを告げては、いない。

 終わることを躊躇うように。始まることを忘却したように。

 咎人は裁き続け、人形は踊り続けて。

 人形は裁き続け、咎人は踊り続けた。

 そして、人形は…散り続けた。


「始まりは人形、だったんだ」


 悠が、平坦な声で独りごちた。


「夜彦さんの時も、砂鳥さんの時も、東さんの時にも、人形はいた」


 さらに、悠の独白。


「そして、二人だった」


 悠は、悠と沙良羅の人形を、その指で突付いた。


「なら、簡単じゃないか」


 神降悠は、桜の渦の中、気まぐれのように立ち止まった。

 いつの間にか、風も立ち止まっていた。私も歩を止めた。悠は桜を振り返っていた。

 桜は、やはり、散っていた。

 桜も、もしや、知っていた。

 …あの桜の下にいる『彼女』も、もしかすると知っていたのか。

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