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ご主人さま探偵譚  作者: 榊 謳歌


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四章 一幕

 神降悠、翼王道沙良羅、巻島半兵衛に私こと紅井菜穂子を加えた四人は、本館の食堂に揃っていた。

 先ほどまで私は独りで館の周囲を(そぞ)ろ歩いていたが、今は此処に居た。屋敷の中は、今朝のように殺気立った喧騒に比べれば幾分かは落ち着いていた。

 それでも、べた付くような粘性の不吉さが憑き纏う。それを感じていたのか、ここにいた誰もが口を閉ざしたままだった。


「…………」


 どれほどの間そうしていただろうか。いつの間にか、窓からは夕陽が差し込み始めていた。昼が就寝の準備を始め、夜が目を覚ます直前の、束の間の夕暮れ時の空だ。この希少な黄金色の黄昏は、この異界にいる私たちに、何をもたらすのだろうか。

 私たちが食堂でこうやって寄る辺無く時間を浪費している間、その他の面々が何をしていたかというと、似たり寄ったりとしか言えない空虚なモノだった。

 順一と佐知代は自室で篭城をしていて、秀鷹はキャンパスに齧り付いていた。城山は、そんな秀鷹の傍を離れない。東も半ば仕事を放棄して、自分の部屋に引きこもっている。勿論、鏡花は未だに物置の中だ。


「…………」


 あくまでも、鏡花以外の全員の自己申告でしかなかったけれど。

 本当のことなんて、理解できているのはいつもその片鱗程度なのかもしれない。

 だって、今までがずっと、そうだった。


「誰か…誰かいませんかああっ!」


 何の脈絡もないままに、大声が食堂内に飛び込んで来た。

 その声には、一片(ひとひら)の余裕もない。


「どうしたんですか、城山さん」


 その声に反応したのは悠だ。というか、コイツのレスポンスは早すぎる。普通、こういう状況なら反応ももっと鈍るはずだけれど。

 …コイツは本当に、ワタシたちと同じ人間なのか?


「ここに居られるのは…あなた方だけなのですか?」


 息を切らした駆け込んで来たのは、城山忍だった。


「ええ、そうですけど。少し、落ち着かれたらいかがですか?」


 見かねたように、悠が着席を進める。これまでずっと楚々(そそ)としていた使用人の城山が、額に汗を流すという粗相(そそう)をしていた。


「落ち着いてなどいられません、だって、だって…またあの『人形』が出て来たんだからぁ!」


 ここで言う人形とは、『告示』でもある。ダレカの死を、告げるための。

 …それなら、パニックにもヒステリックにも、なるはずだ。


「それは…本当なのですか?」


 巻島半兵衛も、その表情で驚きを表した。この反応こそが普通だ。


「こんなことで冗談なんて言えるわけがないでしょ!ただでさえ、私はそういうのには疎いんだからぁ!」

「分かりました。では、ゆっくりでいいのでお話ししてもらえますか?」


 悠が、丁寧に城山を促した。

 コイツは本当に、対応を間違えない。


「申し訳ございません…取り乱してしまいました」


 城山は、力んでいた表情から、少しばかり力を抜いた。そして、深呼吸をしてから続ける。


「そろそろ夕食の準備を始める時刻だったのですが、時間になっても東さんがキッチンに現れなかったのです。なので、私は東さんの部屋に行きました…けど、そこには、『人形』がいたんですよ」


 …つまり、次の『三人目』は東正門ということに、なる。

 本当に、節操のないことだ。

 そして、私たちは、他の面々にもこのことを伝えて回った。


「東が殺されたっていうのは本当なのか!?どうなんだぁ!」


 開口一番に情けない声で叫んでいたのは、肥満中年・御雅来順一だった。唇の端からは、露骨に口角を飛ばしている。見ていて気持ちのいいものでは、ない。


「まだそうと決まったわけではありませんよ」


 悠がそう言ったが、大した効果はなかった。

 純一は、脂ぎった額から粘度の高い汗を滴らせながら叫ぶ。


「殺されとるに決まってる!絶対にそうだ!ワシには分かる…犯人は、この家の者を皆殺しにするつもりなんだぁ!」


 こいつが言う絶対ほど当てにならないものはないのだが、『人形』が出たということは、つまりは、そういうことになる。

 それはもはや、暗黙の了解だった。招かれざる惨劇は人形と共に訪れ、本人の魂を攫って行く。


「とりあえず、行きましょうか」


 神降悠を先頭に、翼王道沙良羅、巻島半兵衛、私が続き。後ろからは、御雅来佐知代、御雅来順一、御雅来秀鷹、城山忍が付いて来る。霧雨鏡花は、物置の中でお留守番だ。

 …しかし、やれやれ。けっこう減ったものだ。

 無言のまま目的地である東正門の私室を目指し、歩を進めて行く。廊下の照明はまだ灯されておらず、窓枠から差し入れられる夕陽だけが光源だった。中途半端な光源の所為で、そこは薄気味悪さに満たされていた。


「あの部屋です…廊下の突き当たりが、東さんの部屋なんですよ」


 城山が指を刺した。

 しかし、東の部屋の前では、東がドアにもたれかかっていた。教えてもらう必要など無い。

 最初から、道標が残されていた。

 最初から、墓標が残されていた。

 無音のまま、東に、近づいて行く。最初は薄ぼんやりとしていた輪郭が、近づいていくにつれ、私たちの視覚に、徐々にはっきりと『東』の姿が映り込んできた。

 嫌味の無い長身で。軽装な作務衣で。

 …本人と同じ、姿で。


「東さん…」


 神降悠が、東に声をかけた。

 なぜだか、応答は無かった。


「やっぱり、人形ですよね」


 無作法ともいえるほど遠慮もなく、悠は東の人形に触れていた。そして、悠は城山に尋ねる。


「城山さん、部屋の中はまだ見ていないんですか?」

「え…………あ、はい。とても、そんな余裕はなくて…その、急いで、誰かに知らせなければ、と思いまして」


 要するに、一人で確認することが怖かったんだ。無理もない、私だって怖い。この中を見るのが。今も、鼓動が早鐘を打って止まらない。


「はは…はは…やはり、東は死んでいるのではないか…ははは、ワシが言ったとおりではないカ…カハハ」


 御雅来順一は笑っていた。それが止むと、誰も口を開く者はいなかった。

 パブロフの犬と同じだ。もうしっかりと、この場の面々の脳裏には、インプットされている。この後で、何が起こるのか。そして、私も知っていた。この中で、何が起こっているのか、を。


「取り敢えず、部屋の中を調べてみましょうか」


 悠が独り言のように呟きながら、ドアの前で腰かけていた『もう一人の』東を脇に退かせた。ずっしりとした手応えのそれは、ホンモノのヒガシを感じさせる。そして、悠はドアノブに手をかけたところで動きを止めた。


「鍵がかかっていますね」


 こんなところまで、同じだった。徹頭徹尾、抜かりはない。

 最初の御雅木夜彦、二度目の御雅木砂鳥の時と同じで、扉は閉ざされたままだ。

 けど、ここまできて、誰も驚いたりはしなかった。『ああ、またか』と、辟易(へきえき)するだけだ。

 同じことを繰り返すだけなのだから、劣化コピーでしかない。


「ユウ様、少し離れていてください…」


 沙良羅が、扉の前に立ちはだかった。

 そんな沙良羅に、悠が気遣うように声をかける。


「でも、サラ」

「ユウ様のお役に立つことが…わたくしのお仕事ですわ」


 沙良羅は微笑みを浮かべていたけれど、その笑みは、小刻みに震えていた。

 それでも、悠は沙良羅に言った。


「じゃあ、頼めるかな?」

「わたくしは翼王道沙良羅ですわ。ご主人様にお頼みされて、それに応えられないペットではございません」


 沙良羅は、開かない扉と対峙し合う。しかし、そのにらめっこも数秒間だけのことで、沙良羅は、くるりと反転して回し蹴りを叩き込んだ。

 …鈍い音が、した。

 それは、沙良羅の蹴り自体が鈍かった証左でもあった。一撃では決着(ケリ)がつかなかったのだ。


「こ、のおっ!」


 お嬢様らしくない荒れた言葉使いで、沙良羅は更なる足技を披露していく。何度目だろうか、二桁に達するほどの蹴りをお嬢様が叩き込んだ後、扉は向こう側にゆっくりと倒れていった。なんだか、一生懸命の彼女に同情して、扉の方が自分から倒れてくれたような、どこか気をつかわれた倒れ方だった。


「すみません、ユウ様…少し時間がかかってしまいましたわ」

「お疲れ様、サラ。どこか、怪我とかしてない?」

「はい、わたくしは、大丈夫ですわ…」


 沙良羅は、いつしか涙声になっていた。

 …当たり前だが、このお嬢さまも、とっくに限界だったんだ。

 平然としているのは、コイツだけだ。


「それはよかった。じゃあ、さてと」


 悠は、沙良羅がこじ開けてくれた部屋の中に視線を移した。その瞳に、濁りはない。部屋の中は、傾斜のきつい西日が無遠慮に差し込んでいた。その光が、直接、目の中に飛び込んで来るようだった。だから、眩しかった。そして、その逆光の向こう側で。


 東正門は宙に浮いていた。


 彼には天使の羽は無い。だから、東が飛べるはずなどない。

 だが、東は部屋の中央で、浮かんでいた。水中を漂う藻屑(もくず)のようでも、あった。

 東正門は、部屋の中央、縄で首を吊った状態だった。

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