六幕
『犯人が捕まりました』
東将門は、先ほど私たちにこう報告した。
東に指示され、私たちは急いで食堂へと足を運ぶ。
食堂には、御雅来家の関係者全員が雁首を揃えていた。
そして、一人の人物を取り囲む。
その光景に、私は息を呑んだ。
…真相とは、こんな稚拙なのだったのか?
「まさか、あの方が…この犯行を?」
翼王道沙良羅の声は、驚きの所為か擦れていた。
その光景は、確かに意外といえば意外だ。
けど、論外というのなら埒外の論外だった。
御雅来順一、御雅来佐知代、東正門、城山忍、御雅来秀鷹らが取り囲んでいたのは、迷い込んだだけの来訪者…霧雨鏡花だった。
「鏡花さん、本当にあなたが?」
神降悠も、霧雨鏡花に問いかける。
状況だけなら、犯人である鏡花がラストシーンでその正体を暴かれ、追い詰められているように見えなくもない。これだけのことが起こった顛末としては、お粗末と言わざるをえないけれど。
だってこの人、御雅来家とも人形師とも無関係の人でしょ。
「違います!あたしじゃないですよ!」
鏡花さんは、自身の無実を必死に訴える。両足に力を入れ、しっかりと床を踏みしめていた。そうしなければ、膝から崩れ落ちそうになっていたからかもしれないが。
「いや、お前以外に誰がいるというんだ!」
鏡花の訴えを、御雅来順一が頭ごなしに否定した。口角泡を飛ばしながら、血走った瞳で睨みつける。
「ちょっと待ってください。どうして、鏡花さんが事件の犯人ということになったんですか」
神降悠が詳細について尋ねる。私たちとしても、なぜこの人が犯人扱いをされているのか分からない状況だ。
「この小娘がね、うちの帳簿を漁ってくれてたんだよ。腹を空かした野良犬みたいに、がさがさとね」
御雅来佐知代は、面倒くさそうに言った。
「帳簿?」
「そうだよ、ご主人さま。うちに人形制作の依頼に来たお客様方の名前が書かれている帳簿を、その小娘が漁っていたんだ」
「どうしてそんなものを?」
問いかけたのは悠だったけれど、悠でなくともその疑問は浮かぶ。何のために、そんなものを調べたのかと。部外者であるはずの、霧雨鏡花が。
「それは本人にでも聞いておくれよ」
佐知代は、そこでとんとんと面倒くさそうに左肩を叩いていた。いや、実際に面倒くさいのかそれ以上は何も言わなかった。
代わりに口を開いたのは、佐知代の夫である御雅来純一だ。
「これで分かっただろう!こいつが犯人だったんだ!こいつはきっと、どこかから送り込まれてきたスパイか何かだったんだよ!それで親父たちを殺したんだ!」
「違います、あたしはスパイなんかじゃありません!人殺しもしていません!そもそもあたしがあの二人を殺してたとして、一体、どんな利益が得られるっていうんですか」
霧雨鏡花も、自身の身の潔白を主張する。このまま黙っていたら、濡れ衣を着せられるかもしれないと必死になっているんだ。
…いや、濡れ衣なら本当に着せられるかもしれない。
既に二人も殺されていて、誰もが平静でいられる状況ではない。
「ふざけるな!お前以外に誰がこんな馬鹿げたことをやると…」
「順一はもう少し静かにしていてくれ。まとまる話もこんがらがっちまうんだよ」
「なん…だと!」
「あんたは無能なんだから、口を開いても時間が無駄になるだけだっておっしゃってやってるんだよ」
佐知代に凄まれ、順一はすごすごと引き下がった。その瞳は、さらに赤く血走っていたけれど。
「さてと…じゃあ、ご主人様はこの小娘に聞きたいことがあるんだろ?」
「はい、そうですね」
どうやら、佐知代は悠にこの場を仕切らせるつもりのようだ。適任と言えば、確かにそうかもしれない。このご主人さまは、この場において何のしがらみにも縛られないのだから。
「鏡花さん。あなたは、何か目的があってここに来たのではないですか?」
帳簿などをまさぐっていたのなら、きっとそうなのだろう。問題は、何のために彼女がそんなコソ泥のようなことをしていたのか、だ。
「…確かに、あたしはとある目的があってここを訪れました。本当は、迷い込んだわけじゃないんです」
鏡花は、静かに認めた。
観念したように、小さく俯いたまま。
「ほらみろ!やっぱりこいつは…」
またも癇癪を起こしそうになった順一だったが、佐知代の一睨みでおとなしくなった。
黙らされた順一に代わり、鏡花が弁明を始めた。テッド・バンディではないので立て板に水とはいかなかったけれど。
「でも、それは人殺しをするためじゃないんです…人捜しのためなんですよ!」
「人捜し?」
悠と沙良羅の声がユニゾンしていた。高音と低音が、ほどよく混ざる。
「あたしはここに、織部稔彦という男の子を、捜しに来ました」
耳慣れない名を聞かされても、悠や沙良羅たちはキョトンとするしかない。勿論、私にだって聞き憶えのない名だ。
けど、御雅来家の面々はそれぞれに面持ちが変わっていた。その表情に、露骨に影が差している。
「…その織部さんという方がこちらに来ていたのですか?」
悠が当然の質問をした。
「ここに来たことは、間違いないはずなんですよ…だから、悪いとは思いましたけど、あたしは帳簿を盗み見させてもらうことにしました。あの子の名前が載っているかもしれないと考えましたので」
「もしかして、その方は鏡花様の恋人なのですか?」
沙良羅が、その織部何某との関係を鏡花に尋ねる。
「違います…織部稔彦は、あたしの弟です」
「鏡花さんとは名字が違うようですが」
今度は悠が問い掛ける。
「両親が、離婚したんですよ…それ以来、あたしは母方の名字を名乗っているんです。織部は、父の名字なんです…」
「なるほど」
そう頷いた悠の後で鏡花は話し始めた。
「弟は伝統芸能に…いえ、『人形』に強い憧憬を持っていました。そして、将来は自分も節句人形や文楽人形を作る職人になるのだと、小さい頃から言い張っていた風変わりな子供でした。周りの友達の多くは、野球選手やパイロットになりたいと言っていたのに」
鏡花は、どこか懐かしむように呟く。両親は離婚したそうだが、姉と弟の仲は良好だったようだ。いや、血の絆とはそういうものだろうか。
「そんな弟が、どこでどうやって知ったのかは知りませんが、この場所の噂を聞きつけたらしいのです。これは、後に人伝に聞いた話なのですが…」
なるほど、人形に興味のある人間には、ここの人形たちはさぞかし魅力的なことだろう。
「そして、弟はここに行き着いた…らしいのですが、結局、二度と帰って来ることはなかったそうです。あたしは必死に弟の痕跡を辿りました。仕事柄、そういう情報も得やすい立場にいましたから。そして、かなり時間はかかりましたが、なんとかここまで漕ぎ着けたんです」
そして、弟が生きてここに来ていた痕跡を捜すために帳簿を調べていた、ということか。しかし、霧雨鏡花はそのために嘘をついていた。
真っ赤な嘘をついて。白々しい顔をして。まんまとこの館に入り込んだ。
「あの、その織部って人なんだけど…」
長男の秀鷹が口を開こうとしていた。
しかし、その声を遮った者がいた。
「兎に角…私たちとしても、あんたの話を額面通りに受け取るわけにもいかないんだよ」
秀鷹を遮ったのは、御雅来佐知代だった。そして、女帝は続ける。
「だからあんたには…そうだね、しばらくは物置にでも入っていてもらおうか。勿論、鍵は外側からかけさせてもらうよ。あんたにうろうろされると、こちら側としてもおちおち眠れないんでね」
「ですが、佐知代さん」
それでは軟禁…いや、監禁だ。それを悟ったであろう悠は声を出したのだが、佐知代は取り合わなかった。
「この小娘が犯人かどうかなのは分からないが…とりあえず、スパイの真似事をしていたことは間違いない。こちらとしても、監禁のママゴトぐらいしても罰は当たらないだろうさ」
「…分かりました、お好きになさってください。ですが、あたしはやってません。あらゆる意味で、あたしは人殺しなんてやっていませんから」
霧雨鏡花が、御雅来佐知代の出した条件を呑んだ。そんな鏡花に、佐知代が告げる。聞きようによっては、揶揄するようでもあった。
「随分と物分りがいいね。自分が殺されることはないって知っているからかい?」
「自分の身は自分で護ることができるからですよ…何しろあたし、刑事ですから」
佐知代と鏡花の二人が対峙し合った後、鏡花の背後に東と城山が立った。鏡花を連れて行くつもりなのだろう。だが、その瞬間。
「ピー…ガー…ピー」
また、鏡花の『アレ』が始まった。
鏡花は奇特な音声を出し、危篤かと思うほどフラフラと頭を揺らしていた。
また、あの未来を予知するという『デンパ』だ…。
「お雛様とお雛様…二人並んですまし顔…有象無象の森の中…回り逢いは、回り逢う」
かくかくと頭を揺らしていた霧雨鏡花だったが、この台詞の後は頭の揺れもぴたりと治まり、素の表情に戻っていた。
「……大丈夫かい、あんた?」
思わず、佐知代でさえ心配そうな声をかけていた。
「ええ、大丈夫です…ちょっと『電波』を受信しただけですから」
鏡花は割と平気そうな顔をしていた。
「…なら、いいんだけどね」
初めて『あれ』を見る佐知代としても、どう接していいのか分からなかったのだろう。話をそこで切り上げた。
その後、鏡花は東と城山に連れられて、本館の隅にある物置に入れられてしまった。物置といっても、ただの物置ではない。金持ちの家の物置だ。不衛生なことはなかったし、十分な広さも持っていた。
ただ、勿論そこは、密室だ。
中からは出られないし。外からも誰も入れない。
お誂え向きに、そこは、密室だった。そして鏡花も、「さよなら」は、言わなかった。
こうして何もかも不透明なまま、場は解散となった。
そして、私たちも部屋に戻ろうとしていたのだが、そこに声がかけられた。
「ちょっといいかな、ご主人様…ちょっと内緒話がしたいんだが」
御雅来佐知代だった。
彼女に連れられ、私たちは全員で本館の裏手に場所を移した。内緒話とはいえ大所帯だったので、気密性はあまりない。
そして、御雅来佐知代によって語られた。
三年ほど前、織部稔彦という人物が、この場所に来ていた、と。
その目的は、御雅来家の『人形』制作の秘密を知るためだったそうだ、けれど。
「当然、うちとしては断ったさ。ここの『人形』の作り方は一子相伝で、しかも直系にしか伝えない。いや、理屈とかそういうのを抜きにしても、御雅来の血が濃くなれければ、あの異質な人形は作れない」
佐知代が言うように、あの人形たちは理屈なんて窮屈なもので語れるものではない。そして、御雅来の血をもっとも濃厚に受け継いでいたのが、御雅来砂鳥だ。あの、いたいけな白い少女だ。
「だが、あの織部という男は梃子でも動かなかった。人形の作り方を教えてもらうまでは帰れない、とね」
佐知代は面倒くさそうに小さく息を吐いていた。
そんな佐知代に、悠が問いかける。
「それで、織部さんはどうなったのですか?」
「あの男は、あまりにも人形に対する執着心が強かったんだろうね…砂鳥に接近したのさ」
織部稔彦が、砂鳥に近づいた?
という、ことは。
…ここで、つながった。
砂鳥の部屋に残されていた、あの写真立てと。
「けど、それはうちの旦那の逆鱗に触れる行為でもあった。ある時、うちの旦那が力尽くで叩きだしたらしいんだよ」
そう語る佐知代に、本館の影が伸びてきて、重なる。
「乱暴な話ですね」
悠は、簡素な言葉でそう言った。
佐知代は、あまり気にしていないように続ける。
「ただ、その時のことは私らも知らないんだよ。その時に家にいたのは、旦那と織部だけだった。だから、その話は後になってから聞いたんだ」
「けど、力尽くで後片付けをした結末にはとんでもない『ツケ』が待っていた」
「ツケ?」
「砂鳥が、屋敷に火を放っちまったんだよ」
腫れ物にでも触るように、佐知代は、力を込めずに語った。
白い少女である砂鳥が起こした、白い『本気』を。




