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第9話 時給は一万円を希望

 本来ならこの場に放置して帰るとこなんだが、とぼとぼ探し続け、これだと思う女に夜道で話しかけては悲鳴を上げられて三年。


 ようやく見つかった適合者だ。この機会を逃せば、次の人間に出会えるまでさらに三年以上かかるかもしれない。


 下手したら探し出す前に地球が侵略され終わって、俺の責任問題に発展する可能性もある。


 冗談じゃねえぞ。労働条件もへったくれもない過酷な環境下で、しかも薄給で働かせられた挙句に責任だけ押しつけられてたまるか!


 本気で殴りたいが、全力で我慢だ。変身ブローチと一緒に、責任もこの女にくれてやる。


 失敗したら翔子のせい。俺は関係ない。


 任務を果たしたあとは、妖精世界で悠々自適に暮らすだけだ。せっかく生まれ変わったんだから、妖精ならではの楽しみってやつを堪能してやるぜ。


 ……あればの話だけどな。


「敵と戦うことになった愛妻をサポートしてともに戦ってくれる夫……という展開もなかなか素敵だと思うぞ。どうだ」


「えー? ありきたりだわ」


 くそったれ。俺に力があれば、アホ女をボコボコにしてやるものを。


 あ、今の凄え悪役っぽい。なんか、徐々に悪に堕ちる奴の気持ちがわかってきたな。翔子と話すのが、試練に思えてきたぞ。


 こいつ相手に平常心でいられたら、賢者にもでなれそうだしな。


「世の中では、それを王道っていうんだよ。奇をてらったような展開なんぞ、疲れるだけだろうが」


「浅はかね。昼下がりの主婦は、刺激的なストーリーを求めてるのよ」


「はいはい、わかったよ。俺が求めてるのは、お前の変身だよ。昼ドラ制作しに来てんじゃねえんだから、さっさとしてくれよ」


「だから時給次第だって言ってるじゃない」


 俺の話は簡単にスルーしたがるくせに、そういう話はきっちり覚えてやがんのか。うやむやにしてやるつもりが、きっちり元に戻ってんじゃねえか。これ以上、誤魔化すのは無理そうだ。


「残念ながら、給料なんて出ねえよ。その代わり地球を救った名誉が得られるぞ。誇りに思え」


「はあ? またまた、何を言ってくれちゃってんのよ。お金にならない名誉なんてものに、価値があると本気で思ってるの? お笑いだわ!」


 こいつ……とんでもねえ発言をしてくれやがったな。


「女は現実思考なのよ! 名誉なんていらないから、お金を払いなさい。夢や誇りで生活していけるほど、現実は甘くないのよ!」


「世知辛え世の中だよな。俺の元の家も、大概貧乏だったけどよ」


「そうなの?」


「ああ。毎月どんどん小遣いの額が減っていくんだ。俺が事故死する月なんて、五百円だぞ! 一軒家を維持するのに苦しいって言うから、可能な限り協力したさ」


 涙ながらに語ってやってるのに、翔子は興味なさそうに「ふうん」と言うだけだ。薄情な奴め。


「ご両親は仕事してなかったの?」


「親父は大手食品メーカーの営業で、お袋は看護婦だったな。妹は当時まだ中学生だ」


「だとしたら、貴方の小遣いを下げ続けたのって、財政問題じゃないと思うわよ」


「な、何だって!?」


 今、明かされる衝撃の事実。しかも俺の実家とはまったく関係のない人物によってだ。


 でたらめだと騒ぐのも可能だが、どうにもしっくりくるから不思議だった。


「少し考えればわかるでしょ。引きこもりクソニートを外へ出すための作戦よ。小遣い欲しさでもいいから、働いてくれるのを願ったのでしょうね。本当にクソニートは社会のクズだわ」


「あ、そういえば人間に渡す報酬を決める権限は俺にあるんだった。すっかり忘れてたぜ」


「家の中に誰かがいてくれるからこそ、他の人は安心して仕事に出かけられる。自宅警備員という言葉があるけど、ニートも立派な職業のひとつよ。そうだ。これからは守護神と呼んで崇め奉りましょう」


 金が絡んだら態度を一変させやがった。こいつ、正真正銘のクソ女だな。


 っていうか、もしかして旦那の給料が足りねえのか?


「お前の旦那は何の仕事してんだよ」


「サラリーマンよ。大手企業ではないけれど、家族のために一生懸命働いてくれてるわ」


「なるほど。一生懸命頑張って家族を守ってくれてるわけだな。じゃあお前はお礼として、地球を守るんだ」


「さらっと話をまとめようとするんじゃないわよ。いいから早く時給の話をしなさいよ。ちなみに私は一万円希望ね」


 ぶっ! 一万って――。


「――ふざけんな! 一日三時間で三万円。二十日働いて六十万になるじゃねえか。そんな高給なパートの仕事なんて、どこにあるんだよ!」


「ここに。貴方が紹介してくれるの」


「できるかっ! 一日千円の月三万円で我慢しろ。敵が現れなければ仕事はねえんだしな。その代わり、二十四時間待機で頼むぞ」


 最大限に譲歩した俺の提案を、今度は翔子が「ふざけないで」と却下した。


「そんな濃厚なブラック企業で、一体誰が働くって言うのよ。寝言は寝てから言ってよね」


「俺だって三年間休みなしで働いてんだよ。人間の家にもぐりこめば家賃はいらないわよねって言われて、月の生活費は小遣い含めて五万円だ! それでも働き続けてきたのは元人間として、地球の危機を見過ごせなかったからだろうが! なのにようやく出会ったヒトヅウーマン候補の女は、超がつくぐらいの変人ときてやがる。俺が一体、何をしたっていうんだよ。もう少し報われてもいいじゃねえか。お前だってそう思うだろ!?」


「だから! 鼻水垂らしながら、私に迫ってこないでよ!」


 動物愛護精神の欠片もない女の後ろ回し蹴りが、腹部へまともに命中する。


 地球を侵略しようとする奴より、この女をなんとかするべきだって。絶対。

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