第8話 パート感覚で
「はいはい。両足で立った猫は凄いだろ。だからブローチを受け取ってな」
「猫が喋った!」
「はいはい。喋れる猫は凄いだろ。だからブローチを受け取ってな」
「もっと真面目にやりなさいよ! そんなことでお笑い界を救えると思ってるの!?」
「救う気なんてさらさらねえんだよ! てっぺんを取りに行くつもりもな! お前は俺を何だと思ってやがんだよ」
「二足歩行ができて喋る面白猫」
くそったれ。この女、真顔で言いやがった。ブローチ、口の中に押し込んで帰ってやろうか。俺の中で憎悪の炎が燃え上がりそうだ。
「わかったよ。面白猫が来世でお前と漫才コンビ組んでやるから、このブローチを胸につけてさっさと変身しろよ」
「嫌よ」
ここまで来て即却下かよ。まるっきり話が進まねえじゃねえか。
ブランコから降りた翔子は腰に手を当て、もう片方の手でビシッと俺を指差す。
顔もスタイルもいいので、ムカつくがなかなか様になっている。
「大体、こういう時って敵が現れて、か弱い少女あたりを救うために変身するのが王道でしょ!」
「まあ、アニメとかじゃ、よくある展開だわな」
「あら。アニメとか知って……あ、童貞とか言ってたもんね。どうせ引きこもりのオタクだったんでしょ。生まれ変わってイケメン、モテモテハーレム人生を謳歌するぜとか思ってたら、猫みたいな妖精でしたってオチだったから三年が経過した今でも拗ねてるんでしょ」
……どうして、そこまで正確にわかるんだよ。こいつ、本当はエスパーなんじゃねえのか。実際に指摘されたとおりだから、たちが悪すぎだぜ。
「黙ってるってことは図星ね」
「ああ、そうだよ。悪いかよ。俺だってな、こんな猫の化身みたいな妖精じゃなく、もっと格好よく生まれ変わりたかったよ。見てたアニメの転生ものは、大体が勇者系だったじゃねえか。こういう時はテンプレでいいんだよ! 何、これ!? 狙ってやりました系な展開にする必要ある!? 俺に教えてくれよ!」
「ちょっと! 鼻水垂らしてすがりつかないでよ! 私の服が汚れるでしょ!」
鬼のごとき女の翔子は、かわいそうな俺を慰めるどころか蹴りをかましてくれやがった。奴には動物に対する愛護精神はないのか!
「いいじゃねえか。慰めるために、ちょっとぐらいデカ乳を揉ませてくれよ! 前の人生じゃ、妹以外の若い女と会話した経験すら、ほとんどなかったんだからよ!」
「嫌よ! それに妹との会話とか言ってるけど、大半がキモいとか文句言われてただけなんでしょ!」
「……やっぱりエスパー?」
「違うわよ。設定に書いてあったから」
「設定!? 何の!? そんなのあるのかよ!?」
「あるわけないでしょ。現実にそんなメタフィクションみたいな話」
「やめろよ、そういうの……」
しんみりしてる場合じゃねえ。俺の目的は地球の女に変身ブローチを渡し、女戦士になって地球を救ってもらうことだ。
「いい加減に観念して、ヒトヅウーマンになるのを受け入れろよ。きっと人生が楽しくなるぞ!」
「うーん……気が乗らないけど、パートを探してみようかなと思ってたとこだしね」
パート感覚で、地球を救う戦士になるつもりか、この女。
まあ、いい。ブローチを受け取らせ、変身させれば俺の任務はそこで終了だ。
変身と同時にブローチから所有者と認識されるようになるので、以降は譲渡などもできない。クーリングオフ不可能なので、返品に怯える必要もない。
くっくっく。さあ、ヒトヅウーマンへの道を歩みやがれ!
……なんだか俺、悪役みたいだな。
「どうしてもって言うなら、やってあげてもいいけど……時給はいくらなの?」
パートがどうこうの流れから、そういう話になるとは思ってたが、まさか本当に給料の要求をされるとは。こいつ、本物だな。
おっと、いかん。心の中とはいえ、危うく放送禁止用語をぶっ放しそうになっちまったぜ。
侵略者から地球を救う力を与えてやるって言ってんのに、金寄越せって返すんだから、自分の立場ってのをわかってねえよな。
仕方ねえから、心優しい俺が教えてやるか。元人間なだけに、地球の危機は見逃せないしな。
「いいか、よく聞け」
俺が言うと、立ったまま翔子が身をかがめた。どうやら聞くつもりはあるらしい。時給に関する話だと思ってるせいかもしれないが。
「このままだと、地球は侵略者たちのものになるんだぞ。そして俺は妖精だ。基本的にこの大地に住む者じゃない。なのにわざわざ、戦う力をくれてやるって言ってんだ。ありがたく頂戴するのが、真っ当な人間だろ」
「何を言うかと思えば……アホじゃないの」
おいおい。正論だと思ったんだが、あえなく一刀両断にされちまったぞ。
「地球を救おうが、お金がないとお腹はふくれないの。それでなくとも不景気な昨今。旦那様はきちんとお給料を持って帰ってきてくれるけど、将来のために少しでも蓄えておかないといけないの。明日のことを考えるのは大切だけど、十年先を考えるのも忘れてはいけないのよ。わかった!?」
「それはそのとおりなんだが……地球が侵略されると、十年後は存在しないかもしれないんだぞ」
「地球のトップが変わるだけの話でしょ。人間は慣れる生物なんだから、新たな生活にもすぐ順応できるわよ」
いやいやいや。さすがに楽天的すぎるだろ。
的確かつ鋭いツッコミを俺が入れる前に、目の前のアホ女は瞳を輝かせて言葉を続ける。
「それに支配から逃れるために、愛する者とともに死を選ぶというのもありよね。非業の死を遂げる二人。けれどその手は最後まで離されることなく……なんて、キャー!」
……駄目だ、この女。根本的におかしい。色々とぶっ壊れてやがる。
名工だろうと名医だろうと、どうにもなんねえよ。つーか、ぶっちゃけ関わり合いになりたくねえ。ある意味じゃ、侵略者より危険だろ。