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第7話 コレステロールじゃねえんだよ

「仕方ないわね。特別に許してあげるわ。それじゃ、私はこれで。お買い物もしなきゃいけないし」


「そうだな。ずいぶんと話し込んで、時間を使わせて――って、待てい!」


 結局、キレのあるツッコミを披露してしまったが、背中を向けてどこぞへ行こうとする女を振り向かせるのには成功した。


「心配しなくても教えてあげるわ。私は八ツ橋翔子よ。次に会えた時は、連絡先を教えてあげるわ。オマセな猫ちゃん」


「そうか。ではその時を楽しみに――じゃねえよ! 似たようなツッコミを二回もやらせんじゃねえよ! 俺の用件は終わってねえんだよ!」


「たった今、ナンパは断ったじゃない」


「頼むから俺の話を真面目に聞いてくれよ! ナンパじゃねえんだよ! 頭がイカレてるわけでもなく、本気で妖精界から地球を救いに来てんだよ!」


「わかったわよ。耳元でぎゃーぎゃー騒がないで。またブランコに座ればいいのね」


 誰のせいでぎゃーぎゃー言うはめになってんだよって文句はともかく、立ち去られるのだけは阻止した。


 とりあえずはそれでよしとして、本題へ入ろう。早く入ろう。何としてでも入ろう。じゃないと、また胃がキリキリする展開になっちまう。


「実は今、地球にとんでもない危機が迫っている。地球と妖精界は意外と近い存在。そこで俺みたいな牡妖精が派遣された。だが問題もある。まずは妖精の存在を大っぴらにできない点だ。どこの世界にも悪い人間はいるからな。妖精界の場所を判明させ、人間たちが攻めてこないとも限らない。これは俺じゃなくて、指導者連中の総意だ。そのため、政府に協力を求めたりもできねえってわけだ」


 本当に厄介な話だよな。


 普通なら妖精界のトップから人間界のトップに話を通して、政府から条件に合う人員を探してもらう、もしくは戦士になれるアイテムを提供すればいい。


 人間にだって文明はあるんだから、アイテムを解析して量産するだけじゃなく、改造を加えて普通の人間でも戦士に変身させられるようになるかもしれねえからな。


 もっとも、妖精界の指導者連中はそれを恐れてるんだろうけどな。妖精の知識を技術を手に入れた人類が、新たな力で侵攻してくる。実現したら、確かに最悪のシナリオだ。


 妖精界側が頼まれてないのに地球を守ろうとするのも、似たような理由かもしれないな。地球を征服した連中が、次の標的を妖精界に定めるというのもこれまた最悪なパターンだ。


 人間に妖精の存在を必要以上に知らせず、上手く利用して地球の敵を撃退し、あとはのほほんと人間だけで生活してもらう。それが一番だと、妖精界側は判断してるんだろ。


 そのための兵士として働かせられる俺はたまったもんじゃねえけどな。


 こんな形で、ブラック企業でこき使われる人間の気持ちを知ることになるとは思わなかったぜ。愚痴っても仕方ねえんだけどよ。


「さっきから、何をひとりでぶつぶつ言ってんのよ。私への説明が途中になってるんだけど」


「そうだったな、すまん、すまん。ざっくり言うと、地球を狙う外敵から守るための手段を与えてやるから、しっかり戦えよ人間どもって話だ」


「本当にざっくりと説明を終えたわね」


「まあな。妖精界の事情を長々と話しても興味ないだろうしな。で、人間でも外敵と戦えるようにするために――」


「――ちょっと待って」


 眉間に軽く人差し指で押さえる翔子が、いきなり俺の台詞を中断させた。確か、説明が途中になってると俺を急かしたのはお前だったよな。


 ……とは言えず、仕方ないので「何だ?」と聞いてやる。繰り返すが、やはり俺はとても優しい男――今は妖精だから牡だな。


「ちょっと聞いたような気もするけど、そもそも地球を狙う敵って何? 宇宙からの侵略者とか? だったらどこかの国の軍隊にでも任せなさいよ」


 宇宙からの侵略者かどうかはともかく、どこかの国の軍隊に撃退を任せたいというのはもっともな意見だ。実際に敵が大挙して押し寄せれば、遅かれ早かれそうした状況になるのは間違いない。


「俺も同意見なんだがな。うちのお偉いさんが、それを望まないわけよ。裏で手を組む奴が出てきても困るしな。敵さんもおおっぴらに活動せず、地道に侵略してるみたいだしよ」


「地道にね。ところで、その敵ってどんなの?」


「敵の総称はアクダマンだ。わざわざ他の時空から、やってきてるんだと」


 生まれ変わってすぐに地球へ送り込まれたので、詳しい事情は俺も知らない。地球へ俺を移動させる担当者から、受けた説明がすべてだ。


 この驚くべきいい加減さも、ブラック企業たる所以のひとつだ。妖精界をブラック企業と呼んでるのは俺だけかもしれないが。


「理解できたわ。こちらはゼンダマンに変身して敵を倒すのね」


「コレステロールじゃねえんだよ!」


「じゃあ、何に変身するのよ」


「ヒトヅウーマンだよ」


 聞いた途端、翔子が露骨に嫌そうな顔をする。


「何それ、ださい。だから単身赴任なんてさせられるのよ」


「単身赴任は関係ねえし、そもそも俺が名称を決めたわけじゃねえんだよ。文句は上に言ってくれ、上に!」


「言う方法ないから、貴方に言ってるんでしょ」


「くう……これが下っ端の辛さか」


 などと嘆いてる場合じゃない。少しどころではなくかなり変な女だが、条件に合致しているなら翔子をヒトヅウーマンにするしかない。


「というわけで」


「貴方と契約して、魔法少女とかにはならないわよ」


「魔法少女じゃなくて、ヒトヅウーマンだって言ってんだろ。それに契約の必要もねえよ。このブローチをつけて変身してくれればいいだけだ」


 この日のために持っていたブローチを手渡そうとするも、何故か翔子は目を見開いて驚愕する。


「猫が両足で立った! 信じられない!」


 人間みたいな感じで地面に立ち、ブローチを手に持った俺の姿に驚いたらしい。


 ……確か俺、元人間で妖精に生まれ変わったって説明したよな。


 だったら普通の猫じゃないとわかってるはずなんだが。これ、わざとボケてんのか。ツッコミを入れるのにも、そろそろ疲れてきたよ、ママン。


 妖精の牡はすぐ一人前になるので、生まれた翌日には引き離されるけどな。おかげで母親の顔も覚えてねえ。ま、そんなことは今、どうでもいいんだが。

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