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第6話 全部もろもろイエスで

「何を言ってるのよ。こんなに美人で巨乳の私に、手を出さない男なんていると思う?」


「思う? じゃねえんだよ! お前が! 自分で! ついさっき! 処女だっつったんだろうが!!!」


「怒鳴って、まあ怖い」


 口に手のひらを当てて、怖がる仕草を見せる女の姿に頭を抱えたくなる。ある意味で怖いと言いたいのは、こっちの方だよ。


 こいつ、本当に日本人か。俺の言葉は通じているか。幻だったりしないか。


 いっそ幻だったら、逆にありがたいかもしれないな。どうして俺は、こんなのに引っかかっちまったんだ。


 とっとと帰りたいが、本当に処女の人妻で、しかも条件に合致していたら困る。三年かかって、ようやくひとり目の候補者に巡り会えたんだ。


「頼むから真面目に答えてくれ。こっちは本気なんだよ!」


「まあ、失礼ね。私はいつでも本気よ」


 背筋を正して女が答える。本気で誰にでも同じような態度で接しているなら、それはそれで問題だ。きっとこいつの旦那は、さぞかし苦労してるんだろうな。


 いや。類は友を呼ぶっていうし、下手したら似たような性格の男かもしれねえな。目の前の女が二人いるような感じになるのか。


 ……うおっ。想像したら寒気がしてきたぜ。くわばらくわばら。


「何よ、その目は」


「生まれつきだから、気にするな。外見は猫だし、目つきが悪いのは仕方ねえだろ。そんなことより、お前の話だ。処女かどうかをはっきりしてくれ」


「そんな、恥ずかしい。こんな場所で、とても言えないわ」


「くねくねすんじゃねえよ! 俺の記憶が確かなら、堂々かつしれっと言ってたけどな! そろそろ話を先に進めてえんだよ!」


「私が処女かどうか確かめて、どうするつもり!? さては……逞しくなった妖精の槍でひと突きにするつもりね。駄目よ! 乙女の証は、旦那様へ捧げるためのものなの。どうか許してぇ」


 芝居ががった口調と仕草でご苦労さん。もう、あれだな。なんていうか、そうだな。ひと言でいうと、関わりたくねえって感じだな、うん。


 妖精の槍はお前の中の世界にだけ存在するんだよ、とか言って帰りてえ。妖精に痛い奴扱いされるんだから、この女も大概だよな。


「で、気は済んだか」


「ノリが悪いわね。遊んでくれないと、教えてあげないわよ」


「お前は子供か! いいからさっさと答えろよ!」


「今度は羞恥プレイ? 本当にスケベな妖精ね。頭痛がしてくるわ」


「俺はさっきから、頭痛がしっぱなしだよ! 悶絶したくてたまらねえよ。気持ち悪くもなってきてるしな。この場で吐くぞ、こんちくしょう!」


 食らえとばかりに吐き真似してやると、飛び退くように女がブランコの後方へ移動した。


 ざまあみろと思う暇もなく、汚物を見るような視線をプレゼントされる。


 ありがとうよ、くそったれ。任務なんてなけりゃ、こんな女と我慢して会話する必要もねえのにな!


「吐かねえからブランコへ戻れよ。話の途中だ。正確にはまだ始まってもいねえけどな!」


「え? だいぶ進んだでしょ。小太りでパンチパーマの中年女性が好みの貴方は、妖精界での奥さんとの暮らしに満足できず、人間界へやってきたのよね。理由は元人間だから。前世の記憶だけならまだしも、狂った性癖まで持ち越してしまったのね。かわいそう。私にできることがあっても、協力してあげないわ。気持ち悪いから」


「……重要なのは、夫と一年以上の時をともに過ごしながら、いまだ性行為の経験がない人妻だ。さすがに、なかなかいないからな。三年間も苦労してるわけだ」


「さらっと無視をしてくれたわね。泣いちゃうわよ」


 今までなら、ここで泣きてえのは俺なんだよ、とツッコミを入れていたところだ。だが、そろそろ俺も大人になるべきだ。疲れてきたしな。


「違うなら違うで他をあたるから、もうイエスかノーで答えてくれ。羞恥プレイでも何でもねえからよ」


「じゃあ、イエスで。全部もろもろ」


「そうか、そうか。全部もろもろイエスか。そいつは好都合――何?」


 一瞬時間が止まったぞ。心臓まで止まったらどうしてくれる。


 いやいやいや。まだ喜ぶな。性格の悪いこの女のことだ。適当に言ってるだけとも考えられる。今こそ慎重になるんだ。


「お前さっき、知り合いにはいねえとか言ってただろ」


「言ったわよ。知り合いにはいないもの」


 なるほど。友人や知人の中にはいないという話であって、自分は含めていなかったわけか。こいつはとんちがきいてるね。一本取られたぜ。はっはっは。


 笑いごとじゃねえんだよ、ちくしょう。


 今までのやりとりは何だったんだよ。最初から、こいつ本人に聞いとけばよかったんじゃねえか。


「ということは、だ。お前は結婚してから、一年以上も処女を守り続けてるのか」


「そうよ。心から愛する旦那様が相手でも肌を晒すのは恥ずかしいの。乙女だから」


「二十三歳にもなって、目をキラキラさせてんじゃねえよ。三歳ちょいの俺から見りゃ、立派なババアじゃねえか」


「帰っていい? あ、その前に蹴って、踏んで、埋めるね」


「待て! 今のは俺の失言だった。凄みながら近寄って――ああぁぁぁ」


 腕力などないに等しい今の俺では、相手が女性でも直接戦闘では敵わない。だからこそ、地球の窮地を救うために、わざわざ人間に頼まないといけないんだけどな。


「少しは反省した?」


 公園の砂場に連行された俺は、首以外をすべて埋められてしまった。きっと傍目には、生首を晒してるように見えてるんだろうな。


 しかし、埋められて初めてわかったが、意外にあったかいんだな、これ。今が日中で、太陽が出ている影響もありそうだ。いい湯だなって、鼻歌でも歌ってやろうかな。


「なんだか余裕がありそうね」


「まあな。ちなみにその角度で立っていると、お前のロングスカートの中身が丸見えだぞ。俺の目線はかなり低くなってるからな。処女なら純白のショーツをはけ。ショッキングピンクはやりすぎだろ。生地面積も少ないしな」


「それが遺言ね。私のショーツをありがたく目に焼き付けて、黄泉への旅路のお供にしなさい」


「反省しました。許してください。助けてください。妖精界の家には、妻だけじゃなく娘もいるんです」


 心からの反省ではないが一応は通じたのか、ズボっと砂から出してもらえた。


 これでようやく手足が自由になった。せっかく助かったんだから、砂に埋まって暮らすのも楽しそうだなと思ってたのは内緒だ。

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