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第5話 鬼気迫るオバハン

「条件がキツすぎんだよ。処女の人妻だけならともかく、一緒に過ごして一年が経過したって縛りがはいんだぞ! 一年もともに生活をしてるのに、体の関係がない夫婦っているのかよ。いるなら是非、俺の目の前に連れてきてもらいたいね! っていうか、どうか連れて来てください。お願いします!」


「私に頭を下げられても困るんだけど、そんな知り合いはいないし」


 申し訳なさの欠片もない感じで、さくっと言われたな。そりゃ、そうだ。大体が無理な条件を設定しすぎなんだよ。


「大体、そんな条件の人妻を見つけてどうするのよ」


「戦ってもらうんだよ」


「大家と?」


「どこの大家と戦うんだよ、俺は! っていうか、お前の敵は大家なのか。不当値上げでもされたか!」


「そうじゃないんだけど、私を見る目がエッチなのよね。ほら、私ってばこのとおりだから」


 組んでいる腕を上下に揺すれば、連動するかのように女のふくらみもゆっさぁとする。ウム。実に絶景。素晴らしい。


「私のEカップの胸をじろじろ見ては、貴方みたいに鼻の下を伸ばすのよ。ああ、いやらしい」


 心底嫌がってるかと思えば、どことなく満更でもなさそうな気がするのは何故だ。これが噂のアホ女ってやつか。


 口に出したら、またハンドバッグが飛んでくるだろうから、黙ってるけどな。俺って優し――ぶごっ!


「何でいきなり叩くんだよ!」


「なんか、私の腹立つことを考えてそうだったから」


「そのとおりだよ。お前はエスパーか!」


「ええ、そうなの!? だから敵と戦わせようとするのね!」


「ここで話が戻んのかよ! っていうか、脱線してたの忘れてたぜ! じゃなくて、例えを本気にしてどうすんだよ! さらに、ツッコミどころはひとつに絞ってくれ!」


 この女の相手をするの、マジで疲れる。ひと息で台詞を言っちまったせいで、疲労困憊だよ!


「なんか、貴方って忙しそうよね。ついでにうるさいし」


「誰のせいだよ、誰の!」


「さあ?」


 駄目だ。話がちっとも進まねえ。


 ここで立ち話をしてる間に、一年くらい過ぎちまうんじゃねえのか。


「とにかく! 敵と戦うために、結婚さらには同居して、一年以上が経過している処女の人妻を探してるんだよ!」


「だから紹介してあげたじゃない」


 何だと? いつ紹介――って、さっきのオバハンじゃねえか!


 つーか、あのオバハンも、ずっとスーパーの前で立ってんのかよ。何してんだ、瞑想か。それとも立ったまま眠ってんのか。


 ん? あのオバハン、こっち見てんぞ。もしかして、何を話してるか気になってんのか。


 実は私が貴方の探してる相手、とか言いださねえだろうな。そんな展開になったら俺は逃げるぞ。


 条件に合致してても、あんなのが戦士に変身する姿は見たくない。仮にしたとしても、戦士じゃなくて化物になるんじゃねえか?


「くおっ!? オバハンが近づいてこようとしてんぞ。よく見りゃ、パンチパーマじゃねえか。処女っていうより、あれは完全に女捨ててんぞ!」


「だから処女かもしれないでしょ。それにこっちに近づいてくるのは、貴方が大きな声で喚いてるからじゃないの?」


 言われてようやく気付く。


 この女にペースを握られ、興奮していたせいで周りが見えていなかった。


 今の俺は猫の外見に加えて、背中から羽を出して宙を舞ってる状況じゃねえか。そら、注目を集めるし、何事かと思って近づきたがる人間も出てくるわ。


「よし、とりあえず場所を変えるぞ」


「嫌よ。私は愛する旦那様のために、お買い物をしようとしてる真っ最中だったんだから。専業主婦の忙しさを甘く見ないでほしいわね」


「そのわりには、俺と立ち話をしまくりじゃねえか。いいから、こっちに来いよ!」


「あーれー。猫な化物に攫われるぅ。どなたか助けてくださいィ」


 助けてと言ってるわりには、満面の笑みを浮かべてるじゃねえか。


 この女、ここぞとばかりに、何者かに連れ去られそうなシチュエーションを楽しんでやがる。これじゃ、俺は完全に悪者じゃねえか。


 おいおいおい。オバハンが鬼気迫る表情で走ってくんぞ。正義感に目覚めちゃったりしてんのか!?


 怖え。ものすごく怖え。俺が助けてって叫びたいくらいだよ!


「とりあえず、助けを求めるのはやめてくれ! つーか、全力で走ってくれ。追いつかれでもしたら、あのババアに潰されそうだ!」


「お尻が大きそうだもんね。あれは安産型よ」


「そういう問題じゃねえんだよ!」


「いいじゃない、あのお尻になら潰されても。妖精だから、漫画みたいにぴらっぴらになるんでしょ? で、風に吹かれて飛んでいくの」


「お前、妖精を何だと思ってんだよ! いいから走れっ!」


 きゃーきゃー騒ぐアホ女の手を引っ張り、全力で飛び続けるのはかなり過酷だった。不幸中の幸いは、オバハンに体力がなかったことだ。


 途中で力尽きてくれたので、なんとか女を連れて公園まで移動できた。


 それにしても疲れたぜ。何で俺がこんな目にあうんだよ。単身赴任に加えて、少ない小遣いで頑張ってるのによ。人生――いや、妖生って切ないよな。妖精なだけに。


 ……俺、想ってて自分で悲しくなってきた。職場放棄して、逃げてもいいかな。


「ちょっと。人を公園まで拉致っておいて、何一匹でたそがれてんのよ」


 唇を尖らせた女は、緑豊かな公園にある遊具のブランコに座っている。


 俺は目立たないように、女の足元でお座り中だ。飛んだりしたら、また目立っちまうからな。逃げて来た意味もなくなる。


 とりあえず、状況を確認しておかねえとな……って、考えてみれば、色々と女に質問したかった俺が何ひとつ聞けてねえじゃねえか。どういうこった!


「今度はいきなり怒り出さないでよ。顔がキモくなるから」


「重ね重ね失礼な女だな! まあ、いい。とりあえずは許してやるよ。聞きたいことがあるからな。今度こそ、俺が質問させてもらうぞ」


 この女の反応を待ったりしたら、また話が脱線した挙句に、誰かから追い回される結果になりかねない。というか、なる。ほぼ確実に。


「お前は人妻で処女。間違いないな」

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