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第4話 梅干し

 排水溝に落とされて汚れた体も乾いてきたところだ。多少におっているのは気にせずに、話をしよう。ここで失敗はできない。


「大事な話がある。まずは俺の質問に答えてくれ」


「じゃあ、私の質問にも答えてくれる?」


 まるっきり予想してなかった返しだな。機嫌を損ねるわけにはいかないので、とりあえず女の質問とやらを聞くことにしよう。


「何かあるんなら、先に質問してくれていいぞ」


「まず、貴方の名前は」


 そうくるよな。やっぱり名前は知りたいよな。この女の性格を考えるに、あまり言いたくないんだが、仕方ないか……。


「……ウメボシだよ」


「好物じゃなくて、私が知りたいのは貴方の名前」


「だからウメボシだっつってんだろうが!」


 そう。俺の名前はウメボシだ。元日本人らしく漢字も使えば梅干しだ。


「本当にそれが名前なの? ぷっ! 不細工な三毛猫の名前が梅干しって! あははは!」


 意味をよく知らない妖精界の連中ならともかく、梅干しをよく知ってる日本人には爆笑されると思ってたよ。ああ、予想どおりの反応だよ、ちくしょうめ。


「何でそんな名前になったのよ。ご両親が梅干し好きだったの?」


「まあな」


「それなら子供の頃は、毎日のように梅干しを食べらせられたでしょ。一種の共食いね」


「うるせえよ! 残念だが、妖精の牡ってのは特殊でな。生まれた翌日には、この世界で言うところの成人になるんだよ。だから、子供の頃なんてほとんどねえんだ」


 さすがの女も、俺の説明に目を丸くする。


「冗談でしょ。どこの世界に、生後一日で一人前になる人がいるのよ」


「人じゃねえけど、妖精界の俺がなったよ。生まれた翌日に一人前――つまり、今と同じ姿にな」


 俺だって最初は信じられなかったさ。だが現実なんだから仕方がない。妖精に生まれ変わっちまった以上、人間とは違う点も受け入れる必要がある。


 こうして考えると、俺もなかなか懐が深いというか、順応性の高い人間だよな。今世では人間じゃなくて妖精だけど。


「なかなか……にわかには信じられないわね」


「だろうな。自分で言ってて、俺もかなり胡散臭い話だと思うが事実だ。新たな生を受けたと思ったら、その翌日だぞ。貴方は妖精として一人前になりましたって、やたらデケー猫に言われてよ。ま、そいつが大妖精っつー、俺らのトップだったんだけどな。けど、考えられるか、普通。人間だったら、生後一日で成人だぞ。どうなってやがるんだ、妖精ってのは」


「それを私に言われても困るんだけど」


「いいから聞けよ。最初に質問したのはお前だろ。で、わけもわからんまま与えられたのが今の任務ってわけだ。冗談じゃねえっての。おまけに、いつの間にか既婚者になってるしよ。地球へぶち込まれる前日にひとり……じゃねえな。一匹の猫? いや妖精だ。牝妖精? ま、そこらはどうでもいいか。とにかく、いきなり現れて貴方の妻ですって言いやがった。俺は耳がおかしくなったかと思ったね。ついでに相手の頭もな!」


「じゃあ貴方、既婚者なの?」


 これまでにないくらい、女が驚きを露わにする。きっと驚きがどんどん女の中で積み重なっているんだろうさ。話してる場面に、実際に遭遇した俺もそうだったからな。


「そのとおりだ。しかも赤子まで抱えてんだから、これいかにだぜ。人間と違って妖精は数が少ねえから、産まれた直後に採取した細胞を使って妊娠させるんだと。恋愛結婚なんてありゃしねえ。相性がいいって理由だけで、上が勝手に生涯のパートナーを決めるわけだ。生まれ変わったおかげで、俺は童貞でありながら既婚者になったんだよ。ハハハ! まったく嬉しくねえけどな!」


 あ、しまった。勢いでつい童貞なのを暴露しちまった。これ、絶対に笑われるよな。


 うん。やっぱり笑われてるわ。腹を抱える全力の笑いを、女が披露してくれてるね。ちくしょう。悪かったな、童貞で。


「妖精でも童貞とかの定義ってあるのね。牝もすぐいわゆる大人になるの?」


「俺が元人間だから、そうした情報を知ってるだけかもしれねえけどな。それと、質問の答えはノーだ。生後の翌日に一人前になるのは牡だけなんだと。働く期間を多く得るために、牡は若年期と壮年期が長えんだ。俺はどこの戦闘民族だっつーの」


「最後の発言については、ノータッチを宣言させてもらうわ」


 ああ、是非そうしてくれ。


「色々と話してくれたけど、全部本当なのよね。だったら、貴方は一体何歳なのよ」


「三歳と少しだな。地球に来てから、三年が経過してるし」


 何が不満なのか、俺の返答に女は呆れるような顔をしやがった。


「三年も日本にいるの? それなのに、目的の処女の人妻を見つけられてないの? フッ……無能ね」


 むっかー。確かにそのとおりだが、声に出して、しかも見ず知らずの女に言われると、とてつもなく腹が立つ。


「お前に言われたくねえよ! だったらお前も、このブラック企業で働いてみろよ。妖精界という名前は綺麗かもしれねえが、実態はえげつない強制収容所も同然だからな!」


「それって……仕事のできない無能な貴方に限った話でしょ」


 バッサリと切って捨てられた。一刀両断とはこのことだな。


 傍目から見ればそうなるのかもしれないが、俺にだって言い分はある。妖精界とはまったく関係ない人間の女だが、元同胞ということで遠慮なくぶつけさせてもらう。

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