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第33話 真実の愛

「そのとおりだよ。誰かが誰かを憎み、危害を加えるなど空しいと思わないかい?」


「ガキの頃、母親に頼んで数人のガキの人生を駄目にさせた張本人の言葉とは思えねえな」


「君は失礼だね。僕は被害者だよ。彼らは自らの境遇を素直に受け入れ、金持ちたる僕を崇め奉っていれば問題なかったんだ。その後どうなっかはわからないし、知りたくもないけど、自業自得じゃないかな」


 どうやらこいつには日本語が通じねえようだ。道理で、翔子みたいな女と波長が合うわけだぜ。


「アクダマンに手を貸すのをやめない以上、人間でも敵だ。とっちめて、妖精界へ連行してやるぜ。そこにいるヒトヅウーマンがな!」


 せっかく見せ場を与えてやったってのに、翔子は動かない。変身する気などないようだ。


「どうしたってんだ、おい!」


「残念だったね。翔子は僕の妻なんだよ。君と僕、どちらを選ぶかなんて決まってるじゃないか」


「マジか。あの男はアクダマンと一緒になって、地球人を洗脳支配するつもりなんだぞ! お前はそれでいいのか!」


 懸命な説得を続けるも、やはり変身ブローチを使おうとしない。


 すると今度は翔子の旦那が口を開いた。


「翔子、僕と一緒に来るんだ。ヒトヅウーマンとして、僕の夢に協力してほしい。誰もがいがみ合うことなく、平和に暮らしていける理想の世界を実現させるんだ」


 言ってることはご立派だが、よくよく考えれば、子供の頃に周囲の平和を乱した元凶はこいつだ。自覚があってとぼけてるならただのクソ野郎だし、自覚がなければたちが悪すぎる。


 いくら翔子でも簡単には応じないだろうと思いきや、即座に夫へ手を伸ばそうとする。潤んだ瞳は、どこまでもついていきますと言っているみたいだった。


 さすがにこれは看過できねえだろ。俺は翔子に対してアホかと叫んだ。


 ゆっくりとこちらに向き直った翔子は、少しだけ悲しげに「そうよ」と言った。


「女はアホなの。愛する男の側を常に歩いていたいの。例えそれが、間違ってるとわかっている道でもね」


 本気かよ。そしてこの空気感も本当かよ。これまでの流れから、どうすればこんなシリアスな雰囲気になるんだ。どっちかっていうと、コントみたいだったじゃねえか。


「嬉しいよ、翔子。さあ、ヒトヅウーマンに変身して、僕の側に来ておくれ」


「はい、あなた」


 俺の制止を振りほどき、翔子は夫に言われたとおりヒトヅウーマンへと変身する。


 こりゃ、ヤべえな。翔子がアクダマン側になったのなら、俺の味方は誰もいねえじゃねえか。


 仕方ねえ。ここはひとまず撤退するか。


 くるりと背を向けて部屋から出ようとしたが、公園での恨みを晴らそうとばかりに自転車アクダマンが立ち塞がった。


「どちらへ行くおつもりですか。せっかくいらしたのですから、もう少しゆっくりなさったらどうです?」


「おいおい。お前は確か、平和を愛する者だろ」


「ですから、平和を乱しそうな人間を矯正したいのです。ああ、失礼。貴方は人間ではなく、妖精でしたね」


 自転車アクダマンに人間の顔があれば、間違いなく薄笑いを浮かべているはずだ。何が平和を愛する者だよ。やっぱり意地汚え侵略者じゃねえか。


 短い時間のうちに翔子の変身が終わり、俺が妖精としての生が終わるのを覚悟し始めたその時だった。


 ポトリと、何かが部屋の床に落下した。


 あれは翔子の乳パッドじゃねえか! 公園で一回外れてたから、取れやすくなってたのか?


 向けた視線の先、変身を終えてヒトヅウーマンになった翔子が何も言えずに立っている。


 彼女の正面に立つ旦那も何も言わない。ただただ呆然と、二人は足元に落ちた二つの乳パッドを見つめていた。


 どのくらいの時間が経過しただろうか。やがて翔子の旦那が視線を上げた。


 そこには見事なまでの断崖絶壁があった。たわわに実っていたはずのものが、奪い取られてしまったかのように荒野だけが広がっている。


 しまったと後悔したところで、時間は元に戻らない。ならばと翔子は意を決したように動き出す。


「ごめんなさい。私は今まであなたを欺いていました。でも愛するあなたなら、これまでと変わらず私を――」


「――ぶっ!」


「ぶっ?」


 吹き出した最愛の夫を、翔子が怪訝そうに見る。


 直後に我慢の限界だとばかりに、翔子の旦那は盛大に笑いだした。誰にも聞いても爆笑だと言うほどの勢いだった。


「な、何もないじゃないか! 女性としての象徴が! 豊かなほど魅力ある女性になるのに、君ときたらすっからかんじゃないか! つるぺたなんてレベルじゃないよ。まな板……いや、それ以下だよ! こ、こんなのを僕に見せてどうするつもりだい? あはは! あはははは!!」


 最愛の夫に笑われて、翔子は泣きそうな顔をする――のではなく、真顔に戻って笑う夫に足をかけた。


「な、何をするんだい! やはりおっぱいがないから、女性としての慎みもないのかな。手を伸ばしてみたけれど、どこが胸かわからないよ! 教えてもらうには、どこへ電話をかければいいのかな? あーはっは!」


 そこまで言うかというくらに、翔子の夫は断崖絶壁ぶりに爆笑する。


「ど、同志よ。いくら奥さんが断崖絶壁でも、少しは言い方があるのではないですか」


 見かねた自転車アクダマンがフォローしようとしたのだが、おもいきり逆効果だった。


「断・崖・絶・壁! あははは! そのとおりだよ! 上手いこと言うね! 僕はたった今、崖から落されてしまったよ。誰か、助けてください! なんてね。あっはっは」


「それなら私が助けてあげるわ。死んじゃえば、断崖絶壁から落ちなくて済むものね」


 真顔で告げた翔子が、倒れた夫のマウントを取る。


 ここで妻の異変に気づいたみたいだが、もう遅い。きっと翔子は今まで夫の前では猫を被ってきたのだろうが、地雷を踏みつけられた挙句、執拗に嬲られてまで清楚な妻を演じる必要はない。


「何をするつもりだい、翔子。僕たちは真実の愛で結ばれ――ぶごっ!」


 うわ。まともに決まったぞ。あの一発で翔子の旦那、ノックアウトじゃねえか?

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