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第32話 演出

「それにしても、君が外で放置されている時は驚いたよ。我が同志!」


 ……聞き間違いか? 翔子の旦那、自転車アクダマンを同志とか言いやがったぞ。チラッと翔子を見てみたが、きょとんとしてるじゃねえか。一体、どうなってんだ。


 わけがわからないまま、とりあえず覗き見を続行する。この際、褒められた行為じゃねえなどと言ってる場合じゃないしな。


「翔子が自転車を貰ってきたと言った時は驚いたが、まさか仲間だったとはね。偶然とはいえ、保護できてよかった。しっかり修復してあげるよ。そうでなければ、腐った世の中を平和に導けないからね」


「ありがとうございます。地獄に仏とはこのことです。よもや、我々のサポートをしてくれている人間の方に出会えるとは。しかも幹部とは驚きです」


 翔子の旦那と自転車アクダマンの会話で、次々と驚愕の事実が明らかになる。


 まだ不明点も多いが、ひとつだけ確信できたことがある。それを教えるべく、俺は翔子においと話しかけた。


「何よ」


「どうやらクライマックスみたいだぞ。よく時代劇とかで、こんな展開があるだろ。悪代官と越後屋が、聞いてもないのに自分たちから勝手に悪事を喋り出すシーンだ」


「どうしてそんなに喜んでるのよ。大体、クライマックスって意味不明なんだけど。私としては現実問題を処理したくてたまらないわ」


 そう言うと翔子はしゃがみ体勢から立ち上がり、勢いよく自宅のドアを開けた。

「ただいま、あなた。自転車なんかと何を会話してるのかしら」


 にっこりと笑ってはいるが、どことなく威圧感を覚える。正面にいるのが俺じゃなくてよかったと、心から思う今日この頃だ。


「翔子!? ずいぶんと早かったね。また買い物袋を持ってないみたいだけど……」


「あっ! そうだったわ。私、夕飯の材料を買いに行く途中だったんじゃない! すっかり忘れてたわ、ごめんなさい」


「あはは、翔子はそそっかしいな。でも、そういうところも魅力のひとつだけどね」


「まあ、あなたったら……ぽっ」


 ぽっ、じゃねえだろ。さっさと本題に戻れや。


「じゃあすぐに買ってくるわね。今夜も美味しい料理を作るから、期待して待っててね」


「ね、じゃねえんだよ、アホかお前は! あっさり話題を逸らされてんじゃねえか!」


 ジャンピングパンチで後頭部を叩いてやったおかげで、ようやくアホ女が正気に戻ってくれやがったぜ。あのままだと、謎が謎のまま終わっちまう。俺ひとりだけ残されても、戦闘になればろくに役に立てねえからな。


「君、失礼じゃないか。人の妻を叩くなんて」


「そりゃ、悪かったな。しかしお前、外見はまんま猫の俺が喋っても、まったく驚かねえんだな。慣れてるみたいだぜ」


「あはは。喋る自転車を見たあとじゃ、猫が人間の言葉を話してもさほど驚かないよ。そう思わないかい?」


「すっとぼけんのも大概にしとけ。お前とアクダマンの会話は聞かせてもらったんだ」


「じゃあ、そうしようかな」


 さらにとぼけるかと思いきや、予想外にも翔子の旦那は俺の言葉を受け入れた。


「同志から事情は聞いたしね。妖精界側が人間界にちょっかいを出してるのは知っていたけど、まさかこんな近くにいたなんてね。それも僕の妻を正義の戦士にするとは驚きだよ」


 立ち上がった翔子の旦那が見下ろしてくる。鋭く冷たい目、ではない。人間味溢れる暖かさと優しさが備わっている。


 何だ、こいつ。とてもじゃないが、アクダマンに協力するような奴に見えねえぞ。


「お前、普通の人間なんだよな?」


「そうだよ、僕は人間だ。なのにどうしてアクダマンに協力しているか、だよね。簡単な話だよ。彼らの主義思想に共鳴したからさ」


 自分の思想に酔いしれてるかのように、陶酔しきった表情を翔子の旦那が浮かべる。


「僕は幼い頃、虐めにあっていた。何もしていないのにだよ? 存在が気に入らない。その程度の理由だよ。毎日学校へ行けば無視は当たり前。酷い時には暴力を振るわれたよ」


 当時を思い出しながら話してるせいか、時折奴の言葉に力が入る。俺も虐められた経験があるだけに、気持ちはわかる。


「怪我して帰宅する僕を見かねて、母が学校へ抗議したよ。虐めを認識した学校側は、すぐに虐めていた側を注意してくれた。これで平和な学校生活が送れると安堵したものだよ」


 翔子の旦那の昔話はなおも続く。展開は大体予想できるが、ここは元人間らしく人情ってやつを発揮して、黙って聞いておいてやろう。


「けれど虐めは終わらなかった。今度は母が他の母親連中から無視をされ始めた。ほどなくして、母は精神を病んだよ」


 予想できていたとはいえ、救いようのない胸糞悪い話だ。こういう経験をしていたのなら、確かに争いや虐めのない社会を作りたいのも理解できる。


「あんまりだとは思わないかい? 僕たち家族が何をしたって言うんだ。ただただ実家が金持ちなのを鼻にかけて、事あるごとに君たち貧乏人とは違うんだよと高笑いしていただけじゃないか!」


 おい。ちょっと待て。


「ああ……なんてかわいそうな、あなた。傷ついた心を、私が癒してあげるわ。この巨乳で!」


 お前も待て。


 何だ、このクソ夫婦。真面目に同情してた俺がアホみたいじゃねえか。


「お前はアホか。金持ちなのをひけらかして、貧乏人をからかってりゃ、虐められるに決まってんだろ」


「どうしてだい?」


 駄目だ、こいつ。本気で疑問に思ってやがる。


「虐める側が悪いに決まってるじゃないか! だから母も担任教師や校長の頬を札束で叩いてお願いし、露骨な嫌がらせをさせたんじゃないか!」


 さらに待て。テメエが諸悪の根源じゃねえか。ガキがガキなら、親も親だぞ。


「徒党を組んで対抗してきた身の程知らずどもを懲らしめるべく、母はそれぞれの夫が務める会社に虚偽の事実を吹聴し、減給または懲戒解雇にした。すべては虐めの空しさを教えるために!」


 こいつら母子が一番、救いようがねえじゃねえか。嫌がらせをされたんで皆で協力して対抗したら、ありもしない話を旦那の会社にされて仕事を失ったって話だろ。むしろ虐めをしてたのは、翔子の旦那側じゃねえか。


「つーか、お前の母親、めちゃくちゃ元気じゃねえか。精神を病んでたんじゃねえのかよ」


「どうしてだい?」


 さらっと言いやがったよ、この野郎。


「お前が言ったんだろうが! 母は精神を病んだってな! 昔の事は忘れたなんて言ったら、ぶっ飛ばすぞ!」


 翔子と自転車アクダマンが揃って、お前が言うなみたいな目で見てるが気にしない。俺は常に俺らしくあるべきだからな!


「ああ、あれは演出だよ。その方がよりドラマチックだからね」


「だからね、じゃねえんだよっ! そこっ! わかるわ、的な目で見てんじゃねえ! 恋は盲目って本当だな、おい!」


 アホ夫婦にツッコミを入れすぎて、息が切れてきやがったぜ。何で俺、こんなに苦労してんだ?


 そうだ! アクダマンのせいじゃねえか! そもそもは倒せる直前だったのに、乗って帰宅しやがったどこぞのヒトヅウーマンが悪いんだがな!


「もういいっ! 要するにお前は人間でありながら、アクダマンどもに協力してるってこったな。それに、どうやら幹部らしいじゃねえか!」


 俺の聞き間違いじゃなければ、翔子の旦那と自転車アクダマンの会話で、それらしいことを言っていたからな。

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