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第3話 素晴らしきかなEカップ

「だって、さっきから自分のことを人って言ってたし。猫なら自分をきちんと猫って言うでしょ。それと語尾に、にゃあとつけないのも怪しいわ」


 こいつ、本気で言ってんのか?


 ただのアホの可能性も高そうだし、きっと真面目に質問してんだろうな。段々とかわいそうになってきたぞ。


「ふぎゃっ! どうして、いきなり叩くんだよ」


「なんか、腹立ったから」


「そんな理由で人を叩くな!」


「ほら。また人って言った」


 そんなのを気にしてんのか、こいつは。だったら最初にも言ったが、人間の言語を話す点とかを、もっと真剣に考えるか驚いてほしいもんだがな。


 適当に喋って切り抜けることもできるが、任務のためには、可能なら助けてくれる人間が欲しい。それも女性なら大助かりだ。なんせ条件付きの処女の人妻を探さなきゃいけねえしな。


「正確には前世が人間だったんだよ。今は猫に見えるが、妖精だ。少しは驚いたか」


 得意げに胸を張ってやったのに、俺を両手で掴んでいる女はあろうことか、露骨にがっかりしたような顔をしやがった。


「妖精ってさ。もっと可愛いものじゃないの? あ、わかった。貴方だけ不細工なのね」


「残念だったな。皆、似たような感じだ。俺も可愛らしい感じがイメージにあったんだが、実際はご覧のとおりだ」


「夢が壊れるわね」


「妖精になりたいのか。三十歳まで処女なら、なれたのにな」


 三十歳を過ぎて処女なら妖精。童貞なら魔法使いになる。


昔からよく言われてたな。俺が言えるのは、三十歳にならずに童貞のまま死んだ男のひとりが、妖精に生まれ変わった事実を一例だけ知っているということくらいだ。


「それなら、あと七年ね。きっと長いようでいて、短いのよね」


「ほう。お前、処女なのか……って、ちょっと待て。ついさっき、旦那様がどうとか言ってなかったか?」


「言ったわよ。私、結婚してるもの」


 なるほど、なるほど。つまりこの女は、旦那様がいる処女の二十三歳ということになるな。はっはっは。


「目の前に処女の人妻がいたんじゃねえか!」


「えっ! 一体どこにいるの!? 私にも教えて」


「やかましいっ! お前のことだよ、お前の!」


「なーんだ、期待して損しちゃった。え!? 私って処女の人妻だったの!?」


「自分で言ったんじゃねえか!」


 本気で驚いた顔をするアホ女に、正直なところ殺意さえ覚える。


 本当のことを言ってるならラッキーだが、頭の中身が他人より足りなさそうなので、妄想世界の話をしているというトンデモな展開も考えられる。


「大事なことだ。きちんと言え。お前は処女で、結婚してるんだな!?」


「どうしよっかなー、教えよっかなー、やめよっかなー」


「話が進まねえんだよ!」


 くねくねする相手の腕を振りほどき、空中でドリル回転をして女に突撃する。鳩尾にキツい一撃を食らわせるつもりだったが、狙いがズレちまった。


 おおお、このふにっとした感触は、まさかアレですか。世の男どもが触れたくて、揉みたくてたまらない、あの魅惑の果実ですか。


 柔らかく揉みしだく練習を部屋でしておきながら、結局インターネットで画像を見るだけで終わった素晴らしきふくらみ……!


 感動に打ち震えている真っ最中だったのに、強烈にどつかれて俺は甘美な夢から覚めるしかなくなった。


 こうなれば夢よもういち……ど……?


 ひいっ! こ、この女、なんていう殺気を放ってやがる。悪鬼羅刹も顔を青ざめさせて、裸足で逃げ出すぞ。


 というわけで俺も逃げよう。


 この場に留まっていたら危険だ。確実に抹殺される。


「あら、どこにいくのかしら。旦那様のものである私の胸に顔を埋めて、幸せそうにハーハー言ってたド変態猫ちゃんは」


 怖い、怖すぎる。


 どうしてそこで笑顔になる。しかも目は全然笑ってねえし。


 やめろ、バッグを振り上げるな。とりあえず俺の話を聞け。恐怖のせいで震える唇をろくに動かせないが、お前ならきっと俺の心の声を聞けるはずだ。


 さあ、精神を集中させろ!


 願い空しく俺は踏み潰された。


 さすがにあんまりだろ。愛すべき猫を足蹴にするのは。まあ、猫じゃなくて妖精だけどよ。


 もぞもぞと動いて、背中に乗せられた女の足から逃げる。残念ながらと言うべきかどうかはわからないが、虐められて喜ぶ属性は俺の中にない。


「とりあえず、素直に謝っておいてやろう。聞きたいこともあるしな」


「おっぱいならEカップよ」


「確かにあれだけのふくらみと弾力があれば頷ける。そう、あれは思い出すも素晴らしい――じゃねえんだよ!」


「何よ。愛する夫にしか触らせるつもりがなかった私の胸の感触が、素晴らしくなかったと言いたいの」


「極上だったに決まってんだろ――って、胸を触られたことに激怒してたくせに、サイズとかは簡単に教えるんだな」


 女は胸の前で腕を組み、軽く肩を上下させて笑う。


 いい女ぶってる感じが、なんだか妙にムカつく。いや、実際かなりの美人なんだけどよ。背中くらいまで伸ばしている長い黒髪も似合ってるしな。


 肌は雪のように白く、切れ長の目はクールさを演出する。そこへ抜群のスタイルも加わる。俺でなくとも、見た男はほぼ全員がいい女だと口にするだろうさ。


「私、過去はあまり気にしない主義なのよ。怒ったところで、別にどうにもならないしね」


「そのわりには、ずいぶんと激しく俺を甚振りやがったけどな」


「私の胸に顔を埋められた代償と考えれば、たいしたことないでしょ。お礼を言ってほしいくらいだわ」


「確かにそのとおりだ。ありがとう」


「あら。素直じゃない」


 意外だといったような顔を女がする。


 当たり前だ。俺にだって、目的というものがある。


 ただの頭がイカレたパープー女なら無視するに限るが、三年かかっても見つけられなかった条件の女なら話は別だ。

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