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第29話 勝利

 我ながら決まったと思っていたのに翔子の野郎、この状況下でいきなりケラケラ笑いだしやがった。一体何だってんだ。


「アホ猫が恰好つけてる。超面白い」


「よし。上司を笑ったという理由でお前は減給だ。働きぶりを評価する権限が、上司の俺にあるのを忘れんなよ」


「もう、いつも素敵なウメボシ様ったら、そんなふうに言わなくてもわかってますよ、きゃは♪」


「うっわ。気持ち悪。いい歳した女が、はしゃいでんじゃ――ぶごっ!」


「いつどこから、形になったままの黄金が飛んでくるかわからないから、気をつけてね」


 よく言うよ。笑顔のお前が、俺に向かって全力でぶん投げたんじゃねえか。減俸決定だ。この野郎。


「よくも私の上司を傷めつけてくれたわね。絶対に許さないわよ!」


「ええっ!? 彼に危害を加えようとしていたのは、主に貴方と彼の元奥さんとかいう方だったでしょう。私は何もしていませんよ」


 うむ。そのとおりだ。悪役なはずのアクダマンから、攻撃された記憶はない。俺が全身に負ったダメージの大半は人でなしの部下から受けたものだ。この恨み、いつか必ず晴らしてやる。


 胸の谷間に顔を埋める……のは断崖絶壁だから無理だな。仕方ないから、胸に回るはずの栄養までぶんどって、無駄にデカくなった尻で勘弁してや――ぶごっ!


 今度は悲鳴も上げられずに倒れる。またしても俺の顔面に、硬い黄金がぶつかってきたせいだ。


「ごっめーん。アクダマンを狙ったのに、うっかり手が滑っちゃった」


 手が滑っただとこの野郎。アクダマンがいるのは、俺と真逆の方向だろうが。よく手が滑ったとか言えたな。


「はっはっは。それならしょうがねえな。手が滑るってのは、誰にでもあり得ることだからな。そう、誰にでもだ!」


 前世が引きこもりのニートだったからって甘く見るなよ。一日中部屋で過ごしてただけに、暇があれば野球も見ていたりしたんだよ!


 振りかぶり、勢いをつけて手に持った黄金を投げつける。全身を使った俺のダイナミックなフォームに魅了されながら、黄金の一撃を食らうがいいさ。


 予想では翔子の額にぶつかり、泣き顔を見られるはずだった。しかし妖精の肉体では、プロ野球選手のような速度で黄金を放るのは難しい。俺から投げられた黄金を正面から見据えながら、翔子はニヤリと笑う。


「その程度で私をどうにかできると思うなんて、所詮は面白猫型妖精! 甘すぎるわ!」


「えっ!? あっ、ちょ、ちょっと!」


 驚きの声を上げたのは自転車アクダマンだ。無理もない。いきなり翔子が奴の体――つまり自転車を片手で持ち上げたんだからな。


「ヒトヅウーマンとして能力上昇中の私が、絶好球を討ち損じるわけがないでしょ! 一発で仕留めて、ホームランよ!」


 振り回した自転車アクダマンのサドルに当たり、投げつけたばかりの黄金が勢い三倍増しで跳ね返ってくる。


 いや、お前。これはホームランじゃなくてピッチャー返し……って、何で自転車までこっちに放り投げて――。


「――うぎゃあああ!」


 今日だけで何度上げたのかわからない悲鳴を、公園内に響かせる。哀れな俺は、部下のせいで自転車アクダマンの下敷きだ。潰されてくたばるかと思ったぜ。


 ピクピクと足を震わせたのち、這いつくばるようにして自転車アクダマンの下から出る。なんとか脱出した俺を見下ろすのは、部下で正義の味方なはずのヒトヅウーマン翔子だ。


「もう一回戦……イっちゃう?」


 言葉だけ聞いてるとエロいが、翔子の浮かべている笑みは極悪さ満点だ。是非、お願いしますなんて、間違っても言っちゃいけない。


「遠慮しとく。その代わりに、お前の給料をイカせてやるよ。俺は優しいからな」


「懲りてないみたいね。優しくてセクシーな私がもう一発、出させてあげるわ。悲鳴をね……って、あら? なんだかぐったりしてる」


 俺もぐったりしてるが、翔子が言ったのはアクダマンの方だ。投げつけられた影響か、ハンドルも元に戻って、力なく横たわっていた。持ち上げてもろくに反応がなかったので、翔子も疑問に思ったんだろう。


「どうすんだよ、これ。敵だっつーのに、見せ場もなく終わってんじゃねえか。しかもこっちだって、正義の味方らしい必殺技も使ってねえしよ」


「現実なんてこんなもんでしょ。特撮やアニメじゃあるまいし」


「夢も希望もないこと言ってくれんなよ。これでも最初に地球へ飛ばされた時は、妖精としての自分に戸惑いながらも、多少はワクワクしてたんだからよ」


 わけわからん条件のせいでヒトヅウーマン候補を探すだけで三年もかかり、やっと見つけたと思ったら翔子だったがな。やれやれ、ため息が止まらなくなりそうだぜ。


「ま、とりあえずは倒したわけだしな。本部に連絡して妖精界へ運んでもらうか。ちょっと待ってろ」


 携帯電話を取り出してエダマメに連絡を取る。元嫁から金を取り戻せたかも気になるしな。


「ウメボシ君か。先ほどのアクダマンはどうなったのかな」


「無事に倒したから安心しろ。それより、俺の元嫁はどうなった。六億は回収できたのか?」


「彼女はいまだ気絶中だ。取り調べは起きてからになる。身柄は確保できたのだから、そう焦る必要もないと思うよ」


 六億の借金を無断で背負わされた俺に、焦るなって言うのか。仕事できそうなのは外見だけで、こいつも前任者同様に無能そうだな。


「コリー君のことは、我々に任せておいてくれていいよ。それと君の離婚届の処理も終わった。危ないところだったよ」


「危ないところ?」


「実はどういう仕組みかわからないが、毎月君の名義で口座から一定の金額が彼女の口座へ振り込まれるようになっていたんだ」


 マジか、あの牝。離婚届を出さないと、取り返しがつかなくなるって言ってたのはこのことか。金を持ち逃げした以上、さっさと縁を切りたかったろうしな。とはいえ、ここまでするかって感じだが。


 本当に俺との相性は最高だったのか? 計算したコンピューターを問い詰めたい気分だぜ。


「そちらの解除もしておいたから、問題はないよ」


「そりゃ、どうも。ああ、ちょっと待ってくれ。なんだかチリンチリンうるせえから、もう少し大きな声で言ってもらえると助かる」


「要するに問題は何もないという話だから、改めて説明することもないよ」


 あとは六億を取り戻すだけか。そうすりゃ借金もなくなるし、改めて妖精の生活ってやつを楽しめるな。


「ウメボシ君の質問が終わったのなら、最初の話に戻るよ。倒したというアクダマンの処遇についてだ」


「それならここにあるから、さっさと運ぶための妖精を派遣してくれ」


「ここに? どこの話だい? 何も見えないよ」


「何もって、そんなアホな。俺のすぐ後ろに――って、影も形もねえ!」


 何だ、こりゃ!? 神隠しにでもあったのか!?


 いや。よく見りゃ、翔子の野郎もいねえじゃねえか。まさかアイツ……あの自転車に乗って帰ったんじゃねえだろうな!?


「もの凄く驚いてるみたいだけど、まさか……」


「あ、すいません。急用を思い出したんで失礼します」


 相手に有無を言わせず電話を切ると、そのまま電源をオフにする。これでしばらくは時間を稼げるはずだ。

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