第28話 価値観の違い
なすすべなく接近を許すアクダマンは、カゴなどを無理やりぶんどられたシーンでも思い出してるのか、逃げもせずに怯えっぱなしだ。
「ま、待ってください。貴方たちは、目も見えないか弱い私を無慈悲に滅ぼすつもりなのですか! 良心は痛まないのですか!」
「え? お前、目が見えないのか?」
俺が質問すると、当たり前のように奴は頷いた。自転車なので、ハンドル部分を上下させただけだが。
「忘れたとは言わせませんよ。そこにいるヒトヅウーマンさんが、私の目を潰したのを!」
ああ、そういや翔子の膝でライトを壊された時に、目がどうとか騒いでたな。すっかり忘れてたぜ。
「思い出してくれたみたいですね。ではここで提案です。私が回復するまで決戦をお待ちくださいませんか。悩む必要はありません。応じてくれるはずです。貴方たちに良心があるのなら!」
「あ、ごめん。私もう、両親いないんだ」
さらりと翔子が言ってのけたので、ここぞとばかりに俺も乗っかる。
「何だ。お前、両親ねえのか。それじゃ仕方ねえな。さくっとぶっ壊しておいてくれ」
「おっけー」
「あっさりと返事をしないでください! 何ですか、その言葉のマジックは!」
憤る自転車アクダマンを、翔子がじーっと見つめる。
不気味に思ったのか、自転車アクダマンが「何ですか?」と声を震わせて尋ねる。サドルに光っているのは、もしかして冷や汗だったりするのだろうか。
「……何で言わないの」
「はい?」
「心外! アクダマン心外! ってどうして言わないのよ!」
「ひいっ! いつお約束になったんですか。こんなことで激怒しないでくださいよ」
ひとしきり悲鳴を上げたあと、話題を変えるべく、面白がって見物中の俺にアクダマンが話しかけてくる。
「約束といえば貴方です。黄金を出したら、帰ってもいいと言ってたじゃないですか」
「最近、物忘れが酷くてな。記憶にないんだよ。悪いな」
「さ、最低ですよ、貴方! ここまで悪逆非道な者を私は見たことがありません!」
「心外、ウメボシ心外!」
「そう。これよこれ!」
はしゃぐ翔子にうんざりする自転車アクダマン。
人々の交流の場として役立つべき公園の状況は非常にカオスだ。元々利用者が少ないのか、誰も来ないのだけが救いだな。
見知らぬ通行人にでも現場を見られた日には、間違いなく通報される。空飛ぶ猫と半壊の自転車、それにレオタード姿の成人女性が怒鳴り合ってるんだからな。
「まあ、そういうわけで、色々考えた結果、お前を帰すという案件は却下された。以上」
「以上じゃないですよ! 人の目まで潰しておきながら、あんまりです」
「心配すんな。お前、人じゃなくて自転車だから」
「そういう問題ではありません!」
「それにお前、目を潰されたとか言ってるけど、周囲の状況をばっちり理解できてるじゃねえか。俺がエダマメと通信してる時もちゃっかり割り込んできやがったしな」
俺の指摘にアクダマンはギクリとし、翔子はそういえばそうねと納得する。
弱った自分をアピールして同情を引いて、見逃してもらおうと思ったんだろうが甘すぎる。俺をそんな簡単な牡だと思わないことだな。
元嫁にはあっさり騙されて、知らない間に六億の借金を背負わされちまってたがな!
「平和を愛する者が嘘をついたら駄目だよな。お仕置き決定。やっておしまい、ヒトヅウーマン!」
「アイ、マム!」
「ちょっと、揃って変なキャラが入ってますよ! こんな状況で戦闘なんてやっていられません。帰らせてもらいます!」
こいつもなかなかの奴だな。だが、これ以上モタついてても仕方ない。妖精だ元人間だの前に、妖精界から雇われて金を貰ってるのだから、アクダマンは退治するしかない。
ヒトヅウーマンの翔子も同意見みたいだし、先ほどの言葉どおりにぶちのめしてもらう。一瞬だけ変なキャラが入っちまったのは確かだが。
「逃がすわけないでしょ。私の月収がかかってるんだから」
「そ、それは私が提供した黄金でまかなっていただければ……」
「できるわけないでしょ! 途中で砂になっちゃうじゃない! あんなのを売ったりしたら、私が犯罪者になるわ。どうしてもって言うなら、貴方が換金してきなさいよ。他の人間の体を乗っ取れば、なんとかなるでしょ」
ちょっと待て、正義の味方。相手が悪者とはいえ、犯罪を教唆してどうする。
「そのやり方だと、自転車野郎が捕まったらお前も共犯というか教唆犯で逮捕されるぞ」
「それもそうか。人間、地道に稼ぐのが一番ね。月五十万の給料のために、アクダマンをバンバン狩っていきましょう」
「ひいいっ! こんな魔女狩りみたいな真似が許されるのですか! 許せません! 平和を愛する者として!」
おおっ。サドルがめちゃくちゃ伸びた。まるでしなる鞭のようだ。振り下ろされる音も完璧だな。
地面が割れそうなくらい、叩きつけられたサドルから盛大な音がする。俺や翔子に当てるというより、威嚇目的の攻撃だったが、強烈な威力なのは十分に伝わってきた。
「こいつは凄いな。鞭を使う職業の人間も驚きの威力だぜ」
「ちょ! こんな時に何言ってんのよ! 貴方、さすがに変態すぎでしょ!」
「何で俺が変態なんだよ。そもそも鞭を扱う職業っていえば、騎手が一般的じゃねえか。お前こそ、どんな想像をしてたんだよ。この変態女が!」
「了解よ! 貴方からぶちのめせばいいのね!」
「そんな指示は出してな――ぎゃああっ!」
俺をボコボコに踏みつけたあとで、改めて翔子が本気を出した感じのアクダマンに向き直る。背中を向けていても攻撃せず、黙って待ってくれていたあたり、やはり根は悪くない奴なのかもしれない。どっちにしろ退治はさせてもらうがな。
「貴方たちが悪いのですよ。本来なら、私は平和的な解決を望んでいたのです。誰もが争わず、生を全うできる世界。どうして拒みたがるのか、理解できません」
「そんなの決まってんだろ。アホか、お前」
アクダマンにやられたわけではないが、窮地に復活する主人公よろしく、よろよろと俺は立ち上がる。
「誰かに管理されて生きる世の中なんて、つまらねえからだよ。アクシデントがあるからこそ、人間は目一杯喜んだり悲しんだりできるんじゃねえか」
「正論ね。アホ猫妖精のくせに、いいとこ持っていくじゃない」
翔子は感心してくれたが、自転車アクダマンはそうじゃなかった。
「私には理解できません。己の意思よりも、世界の秩序を優先すべきではないのでしょうか」
「価値観の違いだな。これ以上の話し合いは無駄だ。お前は俺たちを管理したい、俺たちは管理されたくない。合意するのが不可能なら、時には争いも必要になるだろうさ。褒められた行為ではないがな」




